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2010年4月30日 (金)

蘇る南薩鉄道の記憶(その2)

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 今日は4月の晦日。こちらに赴任してきて1ヶ月が経ちました。これまでの生活との大きな変化はテレビとの決別。DVD等のモニターとしては使っていますが、テレビ放送とは全く縁を切った生活です。お陰で手持ちのDVDやCDをよく観たり聴いたりするようになりました。随分前に購入した蒸気機関車のCD集。南九州編は封を切って聴いていたのですが、数年ぶりに2枚目の封を切りました。「栄光の超大型急客機C62のすべて」というタイトルのCDです。すべてかどうかは別にして、最初のトラックに登場するC62急行ニセコの添乗録音は圧巻。C62独特のドラフト音やドレインの音、そして2両のC62の力を合わせての壮絶な峠越えが過ぎし日の陶酔に誘ってくれます。他に、常磐線最後のC62、ゆうづる、ていね、安芸など、楽しませてくれます。

 さて、笠沙恵比寿の展示スペースへと歩を進めることにしましょう。

 入り口を入って目を左に向けるとこの企画展のタイトルが大きく掲げられています。万之瀬川鉄橋をゆく丸型キハ100。車両の赤、鉄橋の赤、そして空の青が南薩線らしい色彩的特徴をよく表現していると思います。明治から大正にかけて誕生した南薩線はドイツの技術を導入して敷設されました。機関車にしてもこの鉄橋にしてもドイツ製。後に国産車が登場しますが、最初は舶来の技術でした。暴れ川で知られる万之瀬川。これまでも多くの水害をもたらしてきました。地図を見ると加世田で大きく蛇行しながらその流れを変えてきたことが容易に分かります。他の鉄橋が上路式プレートガーターで造られたのに対し、このように万之瀬川だけは川の実情に対応した形でトラス橋となりました。そのような貴重な橋梁であるのですが、廃線時に刊行した鹿児島交通発行の「奇跡-南薩鉄道70年」にはこの姿は納められていないのは残念です。そのような意味からも今回のタイトル画像として選ばれたこの写真は考えられたものだと思います。

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 さて、右側に目を移すと、今回の企画展へ至る想いが担当者の言葉として語られています。早いもので南薩線がこの世から去って25年。私にとってもあの日から四半世紀が過ぎたのかと感慨もひとしおです。母の実家が南薩線沿線にあり、小さい頃から親しんだ南薩線には特別な想いもあります。風化の進む南薩線の記憶がこのような形で表現されたことには本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 「南薩線」という楽曲があります。そのことがこのコーナーでは紹介されています。携帯でいつでも薄くつながる現代社会とは違い、人と人の生身の深くもはかない人間のつながりのあった時代のよさがこの歌には表現されています。説明文を読みながら、古き良き時代といっては言い古された言葉ではありますが、まさに古き良き時代のよさがストレートに伝わってきます。

 また、ここではHVCCさんの「失われた時間(とき)を求めて」というDVD作品を観ることができます。小さな画面ですが、ちょっとだけ観ようかなというお客様が、ついつい全編を観てしまわれると担当者の方がおっしゃっていました。ここでしか観ることのできないHVCCさんの南薩線探訪記。廃線後も風化だけでなく開発も進み、どんどんその姿を変えていきます。現在の姿とはまた違う、ちょっと懐かしい風景が人の心をつかんでしまいます。

 この映像を見て、ゆっくりと南薩線の廃線跡をたどってみましょう。廃線跡も生きていると言うことを肌で感じることでしょう。

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