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2010年5月24日 (月)

南薩線廃線跡サイクリング記(その8)

先週の土曜日に地元新聞に、またまた赤茶けた蒸気機関車の写真が載っていました。大見出しは「新天地へSL搬出(霧島→薩摩川内)」、小見出しは「長年放置のC56今秋に修復完了」とあります。

ちょうどそれより1週間前の土曜日に大見出し「SL命拾い第二の人生(霧島に長年放置C56」、小見出し「薩摩川内市で修復展示へ」と紹介されていた記事の続報でした。

写真は大型クレーンにつり上げられ、トラックの荷台に積まれようとしている炭水車とガス切断機を使って搬出作業の準備をしている足回りの様子が2枚。日本にこれ以上ぼろぼろの機関車はないというぐらいの状態で、よくぞ購入、搬出、修復という決断をされたなあと思います。

痛みがひどく分解が困難なのか、メインロッドも第1動輪と第2動輪を結ぶロッドもガス切断機で切断されています。

落札から1週間で搬出とは、ことが順調に進んでいることが感じられました。次は修復途中の記事でしょうか。追跡記事が楽しみです。

毎日チェックしているブログに鉄道写真家中井精也氏の「一日一鉄」があります。ほのぼの系の氏の写真は、鉄道写真の新たな分野を広げているようで、一日のアクセスもかなりのもの。女性からの支持が高いのも特徴的。

氏の写真集は出版される度に購入しているのですが、今回、「撮らずにはいられない鉄道写真」という新書版が出ました。

Torazuniha

早速ネット書店で注文しました。楽天ブックスなら価格に関係なく送料無料。どんな本でもネット書店で購入でき宅配してくれるので、田舎に住んでいてもこういう面でのハンディは感じなくなってきました。便利な世の中になったものです。

さて、南薩線廃線跡サイクリング記の8回目です。

永吉駅跡を後にして、ほどなく永吉川を渡る鉄橋跡に到着。

Dsc_0133

手前が南薩線の築堤、そして鉄橋を渡り、対岸の築堤へと続きます。永吉川を渡るために永吉駅からここまで緩い勾配で高度を取っています。それ故、このような立派な築堤が残っています。また、対岸も次の台地へと上らなければなりませんので、そのままの高さで鉄道らしいいい感じの築堤が築かれています。

手前の築堤が終わる部分へ下りてみましょう。

Dsc_0135

築堤の終わりの部分には立派な石積みの橋台が残っています。橋台の左右の法面の石積みとともに当時の様子を偲ばせてくれます。向こう側に見える農家の納屋も時代を感じさせ、いい雰囲気で並んでいます。路面からデッキガーターまでの高さがあまりなく、通行できなかった車両もいたのではなかったかと想像されます。このような道路を跨ぐ低い鉄橋は、伊集院を出てすぐの鉄橋部分でも見られました。

この橋台の反対側はいよいよ南薩線廃線跡のハイライト、永吉川橋梁です。

Dsc_0136

築堤端の橋台から5連の鉄橋で永吉川を渡ります。鉄橋は撤去されましたが、橋台は廃止後25年を経て、このような形で健在です。石積みの風格あるもので、4つ並んだ姿はどこから撮っても絵になります。上流側には水切りが作ってあり、洪水時に水の抵抗を減らしています。実際、上流側にある道路用の石橋は大正2年に洪水で流失したと説明板に書かれていましたので、河口近くとはいえ、ときとしてかなりの水量に見舞われることがあるのでしょう。

この橋台群を永吉駅側の築堤付近から遠望してみるとこんな感じです。

Dsc_0134

この角度から見ると桁は撤去されていますが、桁を受ける台座はどの橋台にも残されていることが分かります。また、橋台の表面には桁やレールのさび色が流れている様子が残っており、年紀を感じます。それぞれの橋台には石がのっているのですが、これは何なのでしょう。ちょっと説明に窮します。

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