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2010年5月23日 (日)

南薩線廃線跡サイクリング記(その7)

昨夕は鹿児島中央駅駅ビルの飲食店で旧交を温める会がありました。旧西鹿児島駅時代の「みどりの窓口」があった辺りのはるか上になるのでしょうか。駅員氏がページをめくるようなあの機械的なマルスを使って指定券や寝台券を発行してくれたのがついこの間のことのようですが、新幹線が来たり、立派な商業施設ができたりと、自分が生きている間にも、こんなに世の中って変わっていくんだなあと目をぱちくりとさせてしまう自分がいます。

戦争が終わったのが昭和20年。私が生まれたのはその15年後。戦争なんて遠い昔の歴史上のことと思っていたのですが、15年なんて人間の感覚の世界でもついこの間という長さでしかないことに今更ながら気づいて驚いてしまいます。

これから15年後、30年後、この鹿児島はさらにどんな風に変わっていくのでしょうか。

朝からまとまった雨。時折、視界がぐっと落ちるような強い雨に見舞われ、外出ははばかれましたが、午後、ちょっと小降りになったので、子どもを連れて屋内に車を駐車できる書店まで行ってきました。鉄道誌のチェックが目的だったのですが、土・日だったからでしょうか、残念ながら一誌も店頭には並んでいませんでした。

ホビーコーナーを覗くと、マイクロエースの新製品、「はやとの風」と「いさぶろう・しんぺい」がショーケースに並んでいました。地元ということで、他の製品より多く入荷しているようです。Nゲージャーでしたら食指が動くのですが、16番を中心にやっているので眺めるだけにしておきました。

時間がたっぷりあったので、じっくり見て回り、新書を2冊購入。

今井芳昭著「影響力 その効果と威力」

前野隆司著「思考脳力のつくり方 仕事と人生を確信する四つの思考法」

さて、南薩線廃線跡サイクリング記の7回目です。

吹上浜を出て最初の駅、永吉駅に到着です。

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永吉駅跡も花が咲き乱れ、この季節ならではの光景を見ることができました。永吉駅跡は島式のホームが一つに、広い構内敷地、そしてかつて駅前商店だった建物が駅があった名残を今に伝えています。島式ホームはいつの頃からか交換設備が撤去され、海側のホームだけが使われていました。駅舎側は土が盛られ、まるでもともと片面のみのホームのようになっていました。現在は土が取り除かれ、かつての島式ホームの姿が再びよみがえっています。

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自転車道は最後まで使われていたサイドのホームに面して延びています。自転車を止めて、ホームに腰掛けて一服というのもよいかもしれません。小さいですが石積みの風格のあるホームです。このホームからは遠くに少しだけですが、東シナ海を望むことができます。

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この写真は今回のサイクリング時に撮影したものではなく、過日You-enてっどさんと訪れた際に出会った光景です。駅敷地は綺麗に整備がなされ、この日はグラウンドゴルフ場として活用されていました。地域の高齢者の方ばかりでしたが、それぞの方に南薩線の思い出があるんだろうなあと思いながら、軽く挨拶を交わすことでした。こうして、形を変えて人が集う場所になったことは、駅が静かに余生を送っているとも考えられ、ほのぼのとした気持ちになりました。藪に覆われている駅跡の多い中、永吉駅は幸せな駅なのかもしれません。

私たちが見ている間に、おばあちゃんがホールインワン!一緒に拍手することでした。

グラウンドゴルフに興じる高齢者の方の右側になにやら水色の看板が…。近づいてみると…

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無造作に仕切用の板として他の雨戸等と一緒にされていますが、金属板でできた立派な観光案内板です。なぜ、こんなところにあるのでしょう。薩摩半島部分を見てみましょう。

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現在地という表示が平川動物園入り口付近よりやや北側になされています。船の航路や航空路線まで書き込まれたこのような看板がどのような場所に掲げられていたのでしょうか。ちょっと謎です。

薄くなっていますが、南薩線も表示されています。大隅半島の方には志布志線と大隅線も表示されています。これで、年代も廃止以前のものであることが分かります。

永吉駅といば駅前商店ですが、商店主の方も高齢になられたからでしょうか。近年店を閉めて、店舗部分を住宅に改造する工事をされました。かつての商店は、下の写真のような様子でした。

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南国の強い日差しを和らげるために、吉利の駅前商店もそうでしたが、葦簀が立てかけられているのが特徴でした。ここのおばあちゃんから話を伺ったこともありました。鉄橋があったので標的にされてグラマンがやってきたこと、行商の人が南薩線と利用して多くやってきたことなど…。そして、いくつか南薩線の思い出の品を見せてもらいました。その中から、当時使っていたゴム印をば…。この駅前商店は鹿児島交通から委託を受けて、発券業務等を行っていたのです。

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年季の入ったゴム印ですね。定期券の発行などで使われていたようです。他にガリ版づりの列車時刻表や運賃一覧表、定期券などを見せてもらいました。また、薄くなって読みづらくなっていましたが、琺瑯製の駅名板もありました。大切に保管されているんですね。

最後に一枚。グラウンドゴルフをしていた広場の横に仲良く椅子が並んでいました。近くの学校で廃棄になった児童用の椅子をもらってきたのでしょうか。風化が進み、このような姿に。鉄板も合板も弱いものですね。昔の児童用の椅子は一枚板を組み合わせたものでした。今作るとなると結構な値段がするかもしれませんが、すぐに痛んだりはしなかったような気がします。職人が作ったものと工業製品との差なのでしょうか。

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