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2010年5月 8日 (土)

東阿多駅跡に駅名標

午後から講習会があり、その中で警備会社の社員による護身術の講習もありました。実際に二人組を作って、殴りかかってきたときの避け方としての「後ろさばき」に「前さばき」の練習、片手を捕まれたときのほどき方、両手を捕まれたときのほどき方、羽交い締めにされたときの逃げ方、そして首を絞められたときの撃退法の練習など。

知っているのと知らないのでは大違い。本当にうまく逃げる方法があるものですね。こんなことにならないことが一番ですが、訓練をしておくことは大切だと思いました。何もしないとすぐに忘れてしまいそうなので、時々相手を見つけて復習した方が良さそうです。

会場となった学校の校庭横に蒸気機関車のスポーク動輪が置いてありました。説明板がなく、何の動輪なのかよく分かりませんが、大きさ的にはC12クラスのようです。ひょっとしたら南薩線のC12のものかもしれません。

さて、終了後に新聞で紹介されていた旧知覧線東阿多駅跡に立てられたという駅名標を見に行ってきました。

Dsc_0058

 こんな感じです。廃線後長い間、レールと枕木をはずしただけの状態が続いていましたが、線路跡の払い下げが始まってから、遊歩道を有した公園として整備されました。後ろにそびえている山は金峰山。東阿多駅に停車中の車両の窓から乗客たちは、このような感じで金峰山を望んでいたことでしょう。

 この駅名標は地元の方が、ここに駅があったという証となるものを立てたいということで作製されたものだそうです。それぞれの心の中で南薩線は生きているんだなあと思います。

 裏側には、下の写真にあるように知覧線の歴史などが記されています。

Dsc_0057

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コメント

今から20数年前のことですが、知覧線跡を徒歩で辿ったことがあります。
東阿多駅跡付近の商店で飲み物を買いましたが、出てこられたお店の方に駅のことを訪ねると、嫁いできたときには無くなっていたのであまり知らない言われ少し驚いたことがあります。
その商店の隣にあった木造の元役場も無くなって更地になっていますが、グーグルストリートビューで近況を見ることができました。
元役場の画像はGuy92さんのサイト「ポテトのポ」の中にあります。

投稿: You-enてっど | 2010年5月12日 (水) 13時03分

20数年前でしたら、まだいろいろなものが残っていたのではないでしょうか。いい時期に歩かれましたね。旧役場の建物、木造の好ましいスタイルですね。こんなものがあったことを知りませんでした。

投稿: Nakachan | 2010年5月12日 (水) 23時31分

管理人さんレスありがとうございます。
知覧線跡を辿ったときですが、年末に九州入りして急行日南で南下、日南線と大隈線を通って西鹿児島駅前泊。
次の日、臨時夜行の有明で南下してきた知人と落ち合い谷山まで国鉄で移動してそこからバスで知覧に移動しました。
そこから線路跡を徒歩で阿多→加世田→万世と移動しました。
機会があればそのとき撮影した画像を投稿させていただきます。

投稿: You-enてっど | 2010年5月13日 (木) 12時37分

You-enてっどさん、ありがとうございます。あの頃は国鉄線が網の目のように張り巡らされていて、旅する楽しみが大いにありましたね。機会がありましたら、是非、そのときの画像をお見せください。

投稿: Nakachan | 2010年5月13日 (木) 19時34分

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