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2010年5月15日 (土)

南薩線廃線跡サイクリング記(その1)

今朝の地元新聞17面の地域総合紙面に赤さびたC56の写真。鉄道ファンならこの写真を見たらすぐに霧島ユースホステルに展示されていた機関車と気づくはず。最近では廃墟として有名になり、廃墟本の中でも紹介されています。このまま朽ち果てるのか、はたまた解体かと思っていたのですが、このたびめでたく修復、そして展示の運びとなったそうです。

ことの顛末は、霧島市がアスベストを除去した後に展示など活用を図ることを条件に入札を行ったもので、日置市の業者が10万5000円で落札したとのこと。それにしても現状を展示状態まで修復するにはかなりの手間がかかりそうですが、綺麗になった姿を再び新聞紙上で見てみたいものです。

新聞によるとこの機関車はC56の99号機で、1937年三菱重工神戸造船所で製造。国鉄越後線を経て、1971年まで山野線で活躍したと紹介されています。

種子島に渡った山野線で活躍した同僚が潮風の影響もありぼろぼろになり、ついに現地でスクラップになり、動輪だけが展示されていることを以前同じように新聞で読んだことがあります。管理、維持していくことにはどこでも困難が伴いますね。

さて、週末の天気は芳しくないという予報だったのですが、今日も明日もよい天気になるといいます。今朝も、窓から差し込む日の光で目が覚めました。せっかくの良い天気ですので、南薩線廃線跡を自転車でたどってみることにしました。

車の荷台スペースに折りたたみ自転車を押し込み、駐車場が十分にある吹上へ。阿多から廃線跡を道路にした区間を車を走らせます。クーラーは付けずに窓から吹き込む風を感じながら走ります。道路をモンシロチョウやモンキチョウが横切り、巻き込まないようにと願うのですが、中には運悪くグリル付近に吸い込まれてしまうものもいます。ちょっと気の毒です。

廃線跡の道路は思った以上に交通量が多く賑わっている様子。といってもたかがしれていますが…。路肩に軽トラが止まって農作業。もともと道路でなかった鉄道跡に車を入れられるようになって沿線の農家の方には便利になったのかもしれません。

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旧薩摩湖駅付近は、以前は高校と国民宿舎があるだけでしたが、運動公園が整備され、休日はスポーツを楽しむ人たちで賑わっています。駐車場も松林の中に第5駐車場まで整備されています。

旧吹上浜駅に近い第5駐車場に車を止め、自転車をセッティング。これから出発です。辺りは松独特の香りが漂い、海が近いことが分かります。携行品はカメラに水分補給用のペットボトル入れ。ペットボトルはまだ購入していません。そしてタオル。吉利方面へ進むことにします。

Dsc_0101

向かって左側手前に吹上浜駅がありました。駅を出るとすぐに左へカーブを切り、勾配を下っていきます。下の写真は現役当時の姿です。駅を出た列車の後ろ姿です。南薩線では、後部標識として白い円盤を掲出していました。一見、ホーム一本の停留所のような駅に見えますが、もともとは列車交換のできる駅で、その当時の列車交換をしている写真も関係の本に掲載されています。

Photo

南薩線のごとくゆっくり進みながら、数日間に分けてつづっていくことにします。次の停車駅は駅前商店!

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