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2010年7月

2010年7月31日 (土)

田の神様

今日の天気はめまぐるしく変わるものでした。晴れていたかと思えば急に雨が降り出し、すぐにやむ。大気がかなり不安定だったようです。久々に車に磨きをかけようかと思っていたのですが、このような天気でしたので取りやめ。

仕事関係の加除式の書籍の追録の差し替えなどを行いました。いつものことですが、数号たまってしまって、目次など今差し替えたばかりのものをすぐにまた差し替える始末。複数あったので結構時間を食ってしまいました。差し替えを行うときには勉強しなきゃと思うのですが、すぐに忘れてしまいまた次の追録が届いてしまいます。コストがかかった分の何分の一が身についているのでしょう。

午後から模型のインレタ付けでもしようか思ったのですが、さすがに昼を過ぎた頃から暑さが半端ではなくなり断念。

今、早期米が収穫の時期を迎えています。辺りの田んぼは黄金色に染まり、強い雨や風によって倒れているものもあります。それだけ穂が重いということだろうと思います。何が違うのかよく分かりませんが、畦で仕切られた田んぼ単位で倒れているところとそうでないところがあります。

先日、田の神様(たのかんさあ)を見つけました。

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2010年7月30日 (金)

廣田尚敬先生の新聞記事から徒然に

今朝の新聞の「かお」のコーナーに鉄道写真家の草分け的存在である廣田尚敬氏が取り上げられていました。60年のキャリアで74才。えっ!74才。いつも新しい表現方法を追求される先生ですので若々しいイメージがついて回っていましたが、もう74才なんですね。

その中で「撮り鉄」という表現がお好きでないと書いてありました。私も同様です。何でも類型化して呼び名を付け、十把一絡げに物事を片付けていくという傾向が最近はあります。とりわけ、マスコミの中でもあまりレベルの高くない興味本位に走るようなところでこのようなことが横行しているように思えます。乗り鉄、録り鉄など、鉄道趣味が市民権を得られるようになった頃から聞くようになってきました。本当に余計なお世話です。

沿線で写真を撮っていて「お宅は撮り鉄なんですね」なんて言われたら興ざめです。「いえ、違いますよ。鉄道のよさをいろいろな側面から楽しんでいる者なんですよ。写真もいいし、それに…」なんて今はやりの「撮り鉄」でないことを縷々説明することになりそうです。

先日、かけ足で訪問した鉄道博物館。模型好きにはやはり動く模型が気になります。大レイアウトに隣接して車両整備の部屋がガラス張りで公開されています。実物同様、模型もメインテナンスが大事です。車両工場よろしく様々な工具と一緒に入場車両が並んでいました。

よく見ていなかったのですが、この写真を見ると大レイアウトから直接つながったレールから引き込まれているのでしょうね。レールはエンドウ製でしょうか。16.5㎜の道床付きレールはカトーとエンドウが出しているものが一般的ですが、狭軌感が出ているのはエンドウ製のような気がします。カトー製はよく表現されているのですが、欧米の標準軌の雰囲気です。16番の車両ではがに股が余計目立ちます。

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前、HOと16番のことを記しました。ここには、80分の1で軌間16.5㎜の在来線JR型の16番車両と、87分の1で軌間16.5㎜の新幹線車両のHOが同居しています。部分的に拡大した写真を見てみると、車体の大きさの違いがよく分かります。赤い成田エクスプレス(在来線)の手前に停車中の200系新幹線と500系新幹線を比べると新幹線がかなり小さく見えます。こんなに違うんですね。共通のレールにいろいろな性格の車両を走らせるという鉄道模型ならではのジレンマがここにあるような気がします。

新幹線でも500系はさらに小さく見えますね。円形に近い断面をもった500系。先進的な車両ではありましたが、狭く圧迫感があるという評価はこの模型の外観を見ても理解できるような気がします。名車ではありましたが、あまりにも先進的過ぎて一般的に受け入れられなかったということなのでしょう。定員やドア位置が違うということも寿命を縮めた理由だったようです。

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2010年7月29日 (木)

「模型と工作」そして交通博物館

梅雨明けしたというのに昨日は梅雨末期のような激しい豪雨に見舞われました。まさにゲリラ豪雨。

昨夕、ラジオを聞いていましたら、鹿児島本線の隈之城と木場茶屋の間が土砂流入によって不通になっているとの報道がありました。復旧にはかなりかかると付け加えられていました。

今朝の新聞を見て驚きました。土砂流入した場所へ485系が突っ込んでいる写真とともに記事が掲載されていました。ホームライナーが突っ込んだようです。幸い、徐行運転中で乗員・乗客にはけががなかった模様。しかし、足回りがすっぽり土砂に埋もれた485系は痛々しいばかり。車体の様子からクハ481の200番台のようです。新幹線全線開業により余命いくばくもない同車ですが、どうなるのでしょう。

以前、延岡で竜巻により横転してしまった485系は復活を遂げたようですが、土砂に埋まった編成の今後が気になります。

さてさて、先日はトトロの話題を取り上げました。素朴な田舎での生活、いいものですね。今、私が住んでいる田舎、ここもなかなかいいものです。相変わらずテレビなし、クーラーなしの昭和中頃のような生活を続けています。レトロを味わっていると思えば、これはこれで趣があっていいものです。まるでトトロの世界のような生活です。

先日、駆け足で回った大宮の鉄道博物館。16番のジオラマもじっくり見てみたかったのですが、ここも駆け足。子どもたちが嬉しそうに見入っていました。まるで幼き時代の我が姿を見るようです。レイアウトのスケールが大きいので、16番の車両がNゲージのように見えます。

私の従兄弟に模型好きの人がおりました。私が小学生の頃、既に大学に行っていたくらい年齢は離れていました。ラジコン飛行機を自作されるような本格派の模型ファン。部屋に行くと、そこには「ラジコン技術」や「模型と工作」といった月刊誌が並んでいました。模型と工作には鉄道模型の記事も多く、それを見るのが私の楽しみでした。

その中に神田の交通博物館の16番ジオラマの写真が載っていました。すごいなと思って見ていたのですが、やがて私も成長し、東京に一人で行ったときにそのままのレイアウトを目の当たりにしたときには、何ともいえない感動を覚えました。夢のように思っていた光景が現実にあるという感覚です。結局、大宮の鉄道博物館に移転するまで基本的な構造は変わらないままでした。

下の写真は、先日行った大宮の鉄道博物館の16番レイアウトです。

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2010年7月28日 (水)

Railway Art鉄道物語

今回、ART BOX発行の「Railway Art鉄道物語」に写真を掲載させていただくことになり、先日、写真集が届きました。今回の企画は、国内外のプロやアマの鉄道愛好家の作品を集めたインデックス集。80名あまりの作品が紹介されています。

チラシのリードには「鉄道とアート。少し不可思議にも思えるこのテーマには、豊かで多彩な芸術表現がひそんでいます。その誕生以来、鉄道は人々の驚異と憧れの対象となり、また芸術家たちのインスピレーションの源となってきました。本書では、写真、油彩、水彩、日本画、イラストから、精巧な造形の作品まで、第一線で活躍する方々の作品を多数収載いたしました。人々の心を捉えて離さない、鉄道と芸術の織りなす鉄道物語をご堪能ください。」とあります。

中井精也氏、荒川好夫氏、猪井貴志氏、結解学氏、持田昭俊氏、諸河久氏、諸星昭弘氏など、鉄道誌等でお馴染みの著名な方々とともに紹介していただいたのは光栄なのですが、第一線での活躍などまったくない自分としては場違いな感じがしないでもありません。
しかし、自分の写真がこのような形で出版物になるのはいい記念になります。

写真を選定するに当たり、これまで撮影した写真を見てみました。その時はそれなりに考えて撮ったつもりでも、改めて見てみるとなかなか作品として表に出せそうなものが見つかりません。今回は、2ページにわたり3枚という構成です。組写真ほどではありませんが、見開き2ページのバランスやまとまりを考えた写真選定をしなければなりません。頭を悩ませながら、やっと決めたのは肥薩線の3枚。結局、落ち着くところに落ち着いたというところです。

届いた本をめくりながら諸氏の作品を見てみました。写真の構成についてそれぞれによく考えていらっしゃるなというのがよく伝わってきます。自分も悩みながら行った作業だけに、余計にそのことを感じるのです。

これを機会に長らく本格的な鉄道写真撮影から遠ざかっている自分に火をつけてみようかなと思っています。

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2010年7月27日 (火)

鉄道博物館プチ訪問

朝、思わぬ事態に。

事務机から鍵束を取り出し、必要箇所の解錠を済ませた後、再び事務机の中へ。その中には自分の車や住宅の鍵、職場関連の鍵も入れてあります。

すぐに用があって事務机の引き出しを開けようとしますが、鍵がかかった状態で引き出すことができません。まるで狐につままれた状態。何が起こったのかとっさには理解できませんでした。

どうやら何かの理由で引き出しを閉じたとたんに自動ロック?されたようです。さあ、困った。一日の仕事の出鼻をくじかれた状態です。ロックマンを呼ぶことか?どうしよう。

机の横から手を入れてみると、天板との間に構造上の隙間があり、指をつっこむと引き出しの手前に入れてあるものに手が触れます。それ以上は不可。しかし、この隙間の存在が分かったので、自力解決の可能性はわずかながら出てきました。

針金を突っ込んで釣り堀のごとくやってみますが、うまくいくものではありません。そうしているうちに電話がかかってきて、そちらの対応を急いでやらなければならないことになりました。

出勤してきた女性職員にことの顛末を説明すると、チャレンジ精神旺盛な彼女は何とかやってみたいとのこと。有り難い申し出です。無理かなと思っていたのですが、いろいろなものが釣れ始めました。

鍵もひとつ釣れました。しかし、それは金庫の鍵でありました。この事務机の鍵が付いた鍵束でなければなりません。

電話の対応に追われていると、これは何ですか?との問い。うむ、目的の獲物を釣り上げているではありませんか。出てきたのは、警備を解除するためのICタグ。それと一緒に事務机の小さな鍵も付いているのです。しかし、キーホルダーとしてミニーがついているのでそれがじゃまして全体はお出ましになりません。がちゃがちゃしながら鍵のみを引っ張り出してみると、果たして事務机の鍵が姿を現しました。

事務机の鍵のひもを切り、取り出しに成功。その間、約30分余り。だめもとでやっていたことですが、「成せば成る。成さねば成らぬ」を実感した出来事でありました。お手柄の女性職員に感謝です。

話は変わって、先日東京に行った際に十分な時間は取れないので行こうか行くまいか迷ったのですが、行くだけでも行ってみようかということで大宮の鉄道博物館に行ってみました。

羽田からモノレールと京浜東北線を乗り継いで大宮へ。大宮駅から徒歩で行けるところかなと思っていたのですが、ニューシャトルという新交通システムを利用しなければ行けないところでした。

当初は最大2時間は鉄道博物館を見学できるかなと思っていました。しかし、飛行機の遅れ諸々で時間が予定よりかかり、現地に着いたのは予定の1時間遅れ。しかも、ちょうどお昼の時間なのでおなかをすかせた子どもに昼食の時間も確保しなければなりません。

結局、まさに駆け足で見るだけという訪問になり、昼食を除くと館内見学時間は30分あまり。後ろ髪を引かれながら博物館を後にすることになりました。

写真はこの博物館の要にあたるC57135号機。百恵ちゃんの機関車と言って分かる人はそれなりの年齢の人たちですよね。

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2010年7月26日 (月)

となりのトトロ12回目の放送

23日の夜、宮崎駿監督の「となりのトトロ」が放送されました。20年以上前の作品ですが、いまだ色褪せませんね。子どもにいつでも見せてあげられるようにとビデオを購入し、BGMのように流していた頃を懐かしく思います。まだDVD普及前のことです。

1989年、第1回目のテレビ放送を皮切りに23日の放送が12回目だったそうです。今回を含め、そのうち10回が視聴率20パーセント越えと伝えられていました。もちろん20パーセントに達しなかった回も20パーセントに迫る数値です。

これだけの視聴率を20年間維持し続ける要因は何なのでしょう。

日本の豊かな古里の風景、そして古里で暮らす人々の姿が生き生きと描かれ、日本人が得意とするアニミズムの世界がトトロをはじめとする不思議な生き物たちによって象徴的に描かれているからでしょうか。

さつきやめい、かんたの言動は古き時代の子どもたちの様子を見事に表現しており、大人たちも自分たちが過ごしてきた懐かしい幼年時代に戻ることができます。

細部にこだわった絵づくり、場面づくり、人の生き様…。

何度見ても、また新しい発見があります。おや、こんな細かいところまで表現している!と

20年を経てなお20パーセントの視聴率を得ているのは、根強いリピーターがいることを表しています。何度見ても飽きない、自分の故郷を訪れるような気持ちで見ているのかもしれませんね。

「となりのトトロ」は日本の貴重な文化遺産だと思います。ちょっと大げさかもしれませんが、いろいろな意味で日本のもつ本来のよさが作品全体を通して表現されていると思います。

行方不明になって見つかっためいですが、池に落ちたのでは?という一件からあと、めいの影が描かれていないとうちの息子たちが言っていました。まだ確かめていないのですが、もしそうだとすると、奥の深さがさらに増すような気がします。

さて、先日集落の道ばたでお巡りさんを見つけました。立派な屋根付き。毎日、雨の日も風の日も交通安全のために立哨を続けているようです。この手作り感がたまりません。集落の人たちの交通安全への願いと温かさが伝わってくるようです。

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2010年7月25日 (日)

喫水線ペーパーキット

今朝、南の空の朝焼けがとても美しく、しばし見入っていました。自然のものですから、雲の形や光の状況はその都度違いますので、二度と巡り会えない光景です。そんなことを意識しているとどんな風景でも値打ちあるものに思えてきます。

夕方、鹿児島市内の書店に鉄道誌のチェックに行ってきました。後の時間が詰まっていたので、内容を確認する程度の駆け足チェック。鹿児島市内では1・2位を争うぐらいの大きな書店なのですが、多くの鉄道誌やムックが置いてある中に鉄道模型趣味がありません。これは残念。

月末の発売日を迎えると、同好の士が集まってきます。今日も、鉄道誌をチェックする数人の姿が…。同じ人種?なのでどんな人なのか気になります。本のチェックとともに同好の士のチェックもしている自分に気づき、互いに同じかもしれないなとはっとすることでした。

模型店のHPをチェックしていて天賞堂の予約欄に先に発売された青函連絡船のためのオプションパーツとして海に浮かんでいる様子を再現できる喫水線ペーパーキットが発売されることが記されていました。値段は800円余りだったでしょうか。どんなものなのか天賞堂のHPでもアナウンスされていないようなので具体的な姿は謎なのですが、より実際の姿に近い表情を再現できることは嬉しいことです。

私が単身で来ているところにはあまり桜島の灰はやってこないのですが、桜島周辺は今年は大変です。桜島がどかんとやると、まずは吹き上がった灰の行方に注目。こちらに向かっていなければ一安心。もちろん、どこかの人たちは「うむ、こちらに来るぞ!」ということでうんざりすることになります。

この日の灰はこちらには向かってきませんでした。

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2010年7月24日 (土)

東京へ

東京へ行ってきました。息子の用事を済ませるための同行です。

出発は7月21日。朝のANA620便です。使用機はB777-200。出発時刻は8:00。時間を有効に使えるようにということから自宅出発がかなり早くなるのですが、第1便を選択しました。息子と娘を窓際の方へ座らせ、当方は通路側。窓際は外の景色を小さな窓ながら眺められるので開放感がありますが、それより内側の席になると自分の占有となるわずかな空間の中で過ごすしかありません。大型機になるとそのような閉ざされた空間となる席が全座席の8割ほどになってしまいます。

トライスターやDC10の3発ワイドボディー機が飛んでいた頃の座席間はもう少しゆとりがあり、座席もソファのような厚みのあるものだったように記憶しているのですが、最近の航空機は大きさを絞った座席を狭い空間にぎゅっと押し込めたような印象があります。効率化ということなのでしょうか。居住性は高速バスや特急列車より劣るような感じです。到着地までの時間を自分で何とか工夫しなければ非常に退屈な時間となってしまいます。

鹿児島空港8:00発ですが、プッシュバックをして誘導路に出ても一向に動き出す気配がありません。機外モニターを見てみると、同じ時刻に出発するJAL東京行きのA300がお尻を向けて前方の誘導路をふさごうとしています。そしてまたもう一機。都合2機に行く手を遮られ、予定よりも15分ほど遅れての離陸となりました。15分といっても予定のあるものには大きな15分。少々、羽田到着後の日程が厳しくなってきました。

定時運行と安全運行、これは交通機関の大きなサービスです。

今朝の新聞にこんな記事が…

機材不良で全日空機引き返す 23日午前8時すぎ、鹿児島空港を離陸した羽田行き全日空620便ボーイング777-200型は、機内のエアコンにつながる右エンジン空気供給システムの不具合を示すランプが点灯し、間もなく鹿児島空港に引き返した。乗客乗員327人にけがはなかった。同社によると、乗客約300人は定刻から約4時間遅れで再出発した同機に振り替えた。羽田で原因を調べている。」

翌々日の同じ便でこのようなことが起きています。4時間も遅れたらたいへんなことです。

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7月21日のANA620便。

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2010年7月19日 (月)

南薩線沿線は黄金色に

最近、あの空砲がまた鳴り始めました。以前と違うのは夜中にはならないということ。安眠妨害にはなりませんが、散歩していていきなり鳴ると心臓が止まるかと思うくらいびっくりします。

春に一斉に田植えを行った田が青々と育ち、そして今穂がふくらみつつあります。早いですね。台風の通り道となる南九州では、その気候を生かし早期米を台風前に収穫するのが先人からの知恵です。

あの空砲は、どうやらふくらみつつある穂を野鳥から守るためのもののようです。

鹿児島交通線跡の広域農道を南多夫施から北多夫施へ進むと、途中で堀川を越えます。たいそう立派な橋梁になり、南薩線時代よりかなり高い位置で越えることになります。そこから見える農道を中心に左右そして奥へと広がる広大な田んぼの見事なこと。この風景は南薩線現役時代と変わっていません。

食糧危機が叫ばれています。日本の食料の自給率は… と農水省が言っていますが、今、「日本は全世界第5位の農業大国である」という新書が出ています。先日、朝のラジオ番組でも紹介されました。現在、農水省が明らかにしているデータはカロリーベースで計算しているのだとか。これは実態を表していないと…。どうも外国に弱い日本。外国に都合の良いデータ処理がなされているのではと心配になります。

写真は金峰山を望む、南薩線掲示板ではおなじみのHVCCさんお気に入りの場所で撮った1枚です。撮影は昨日です。軽ワゴン車が走っているところが南薩線跡の広域農道。この水路に架かる鉄橋については、農道工事によってその造りがあらわになった橋台、そして取り外された橋桁が先日掲示板にHVCCさんから投稿され、興味深く拝見しました。

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2010年7月18日 (日)

バス停

日本の里山の風景を見事に表現したとなりのトトロ。うんそうだそうだと唸らせる細かい描写には大人になった私たちも子どもの頃の記憶が蘇り、わくわくさせられます。何度見ても飽きないのは、ストーリーもさることながらその表現のすばらしさが新鮮さを失わないからでしょうか。

さつきとめいがお父さんの帰りをバス停で待つシーンがあります。このバス停も田舎のバス停の様子が出ていて好ましいものがあります。田舎に行くと、このシーンを模した看板を目にすることがありますね。

Photo土曜日の新聞を見ていましたら文化欄に「過疎地のバス停 散り際の美」というタイトルの記事がありました。写真作家の柴田秀一郎さんという方が、山中や海沿いの田舎道にぽつんとたたすむバス停に魅了され、約10年来北海道から沖縄まで全国津々浦々写真に収めていらっしゃるのだそうです。今回、その写真をまとめた「バス停留所」(リトルモア刊)という写真集を出されたとのこと。書店でみつけたら手に取ってみたいですね。

最近では定番以外の形をしたバス停もあるようですが、やはりあの丸い形を三等分したデザインには安心感というか、親しみがわきます。田舎に行くと、実にいい雰囲気の停留所に出会うことがあります。こんなところにバス停?というようなところもありますが、人の暮らしがあるからバス停が設置されているわけで、バス停はそこに暮らしている人と周りの地域社会との交差点ともいえます。そのようなバックグラウンドがあるからこそ、バス停には人の心に訴えてくるものがあるのでしょう。

昨日、別の用事で集落の中を走る小さな道路に入りました。するとバス停が…。新聞で柴田さんの記事を読んだばかりでしたので、早速撮ってみました。道路横にめいいっぱい寄せられたバス停は、なんだかお荷物のよう。車社会と過疎化でますます影が薄くなりそうです。

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また、知る人ぞ知る、旧鹿児島交通線(南薩線)阿多駅前にある駅通バス停。かつて薩南中央鉄道とのジャンクションだった駅はなくなって久しいのですが、駅通は健在。当時は乗換駅として多くの人で賑わっていたことでしょう。よく見ると、駅通りの下に文字が透けて見えています。「温泉バス」と書いてあるのでしょうか。

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2010年7月17日 (土)

明るい朝で始まった一日

今日は久々にまぶしいほどに明るい朝を迎えました。夕べ、飲み会があったのでお天気ほどにはさわやかでない自分がいたのも事実ですが、やはり気持ちがいいものです。いよいよ梅雨明けかと思ったのですが、南九州はまだお預けのようです。このような空が広がっていたのですが…。

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ここは現在住んでいる官舎の玄関を出ると広がる光景。実にのどかであります。水門で閉じられ、いつもたまり水状態の川ですが、いろいろな野鳥を見ることができます。時に、大砲のようなレンズをつけたカメラを構える人の姿も見られます。野鳥ファンにとってはお立ち台になっているようです。

昼から合併前の旧町地域での相撲大会が行われました。子どもたちの大会ですが、これが気合いが入ってすごい。大相撲名古屋場所は野球賭博問題などで例を見ない事態になっていますが、こちら地方場所は純粋にすごい。子どもたちの気合いの入った姿に日本の明るい将来を見たような気がしました。鉄の道も素晴らしい?と思っているのですが、武の道もすばらしい。心技体をバランスよく鍛えることの良さを感じた半日でした。

我が地域はめでたく総合2位。まだまだ明るい午後5時から反省慰労会が行われました。なんのことはないその中身は飲み方ですが…。飲んでも飲んでも辺りは暗くなりません。ようやくお開きになったのが午後8時頃でしたが、まだ空には明るさがほのかに残っている状態でした。月と金星がひときわ美しく輝く宵の口。

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相撲大会があったので応援に行けなかったのですが、息子の高校は今日の第4回戦で残念ながら勝利をつかみ取ることができませんでした。シード校の壁は厚かったようです。今年の夏はベスト16止まり。来年にまた期待することにしましょう。今回の大会で3年生が引退しますので、今2年生の息子たちが中心になって引っ張っていかなければなりません。

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2010年7月16日 (金)

奄美大島からジェット機撤退?

先日の報道で11月より鹿児島・奄美大島便が増便される旨伝えられていました。その内容は、日本航空が撤退し、日本エアコミューターが引き継ぐというもの。よく知らなかったのですが、現在でも7往復中2往復のみが日本航空の運航で残り5往復は既に日本エアコミューターが行っているのですね。11月からはすべてが日本エアコミューターの運航になるといいます。現在、日本エアコミューターが運航している航空機はボンバルディアQ400とサーブ340Bのみ。双方ともターボプロップエンジンのプロペラ機です。

奄美空港が海上空港に生まれ変わって、ジェット機就航可能空港としてDC9をはじめとするジェット旅客機が就航していました。日本航空の会社更正の一環だと思うのですが、鹿児島・奄美空港便がすべてプロペラ機に戻ってしまうというのは便数が増えて利便性が高まるとはいえ、奄美大島の人々にとってショックなことではないでしょうか。もっとも離陸上昇後、ほとんど水平飛行の時間もないまま着陸態勢に入るという近距離路線ではありますが、若干の飛行時間の延びとともに1機当たりの定員減少は、修学旅行をはじめとする団体旅行誘致には大きな障害となりそうです。Q400はジェット機並の高速性能を誇るとはいえ、プロペラ機とジェット機では島の人々の受け止め方も大いに違ってくると思います。

少々驚きとともに接した報道でありました。

今日は今年になって気温が一番高くなった日でした。空にも青空が広がった時間帯がありました。朝、セミが羽化している様子を見ることができました。もう羽は乾き、透明になっていました。いよいよこれから夏本番です。

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2010年7月15日 (木)

キハ52 0番台が発売に

今日は、天気予報に反して午後から青空が広がりました。梅雨明けを思わせるような真っ青な空を久々に目にすることができました。青空に浮かぶ雲も、これまで毎日見てきたどんより重たい灰色の雲ではなく、真っ白い雲。白いコントレールを残しながら青空を縦横に行き交う航空機もその機体が小さいながらもクリアに見え、空気がとても澄んでいることが分かりました。

昨日、メールにて模型店から予約開始情報が入ってきました。いつもNゲージばかりですぐに閉じてしまうのですが、今回は下の方にHOの文字。うむ、何だろうと目をこらしてみると、キハ52の0番台との表記。
登場時の塗装、クリームとオレンジの塗装、そして末期のタラコ塗装の3種類。そして動力車と付随車の2種がそれぞれにあり、計6種となっていました。発売はマイクロエース。キハ52については同社は100番台をJR仕様でいくつか製品化していました。キハ52128には少し食指が動いたもののパス。
しかし、今回は国鉄時代の姿を製品化していますので、南九州関係では山野線あたりの様子を再現することができます。天賞堂と違い、付随車も設定されていますので編成を組むときのコストを押さえることができます。発売は12月の予定。
HOという表現についてはIMON代表者の井門氏が改めるべきだとブログで機会あるごとに訴えておられます。子どもの頃から親しんだHOという表現にはあまり疑問を持つことはありませんでした。時々、雑誌の記事などで本来の意味の説明と日本型については山崎喜陽氏が16番と命名されたということを知識としては知っていました。
井門氏の主張を読むとなるほどHOではおかしいことがよくわかります。HOは87分の1のスケールを表しており、軌間16、5㎜を表すものではないこと。国鉄を代表とする多くの鉄道会社が狭軌の1067㎜であり、そのまま欧米に習って87分の1でスケールダウンすると現在の新幹線のレール上を新幹線より小柄な在来線車両が走るようなもので大変ながに股になります。まるでプラレールのようです。これでは模型としてはなはだバランスがよろしくありません。
かと言って1067㎜を87分の1にして12㎜の軌間にすると問題なさそうですが、日本の鉄道模型黎明期、外国のシステムを使うことは必須のことでしたし、外国型であっても同じレールの上を運転できることが鉄道模型全体の発展のためには必要であると判断されたのだと思います。もちろん日本にも近鉄をはじめ、国際標準軌1435㎜を採用している私鉄もあります。これらの模型が同じレールの上を運転できないとなると鉄道模型の発展性という面で制約となってしまいます。
そこで国際標準軌1435㎜をHOスケールでスケールダウンした16、5㎜の線路上にHOスケールの87分の1より縮尺を小さくとった80分の1で車体をつくった車両を走らせるという考えを提唱したのが先述の山崎氏だったわけです。山崎氏は80分の1で16,5㎜のレールを使って走らせる鉄道模型を16番と名付けました。80分の1より大きく作ればさらに車体と軌間のバランスはよくなりそうですが、87分の1で作った車両との釣り合いがとれなくなってきます。80分の1というのは縮尺計算する場合も扱いやすい数字だということもあったのかもしれません。ですから今回発売されるキハ52も正しくはHOではなく16番ということになります。
話はいろいろややこしくなりますが、1067㎜を80分の1にすると約13㎜になります。ですから実際より3.5㎜がに股だということになります。日本の国鉄型(JR型)の特徴はなんと言っても狭軌感です。この狭軌感が何ともいえない雰囲気を醸し出しています。ですからわずか3、5㎜、されど3、5㎜です。16番のモデラーはこの3,5㎜がいつも気になりながら鉄道模型趣味をやっているわけです。16番のモデラーはがに股が目立つ角度からあまり車両を見ないようにしているのではないでしょうか。
この解決策として、16番の車両の軌間を13㎜に改軌したものと、そのものずばり87分の1で12㎜ゲージとしたものが存在します。16番をやっている者にとって、これらの模型が醸し出す狭軌感はたまりません。うらやましくあります。
レールのお陰で他の模型にはない発展性と広がりが鉄道模型にはあるのですが、レールがある故のジレンマが上記したようなことになります。

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2010年7月14日 (水)

「100系」デビュー当時の装い

昨日の小さな新聞記事として「『100系』デビュー時の装い」というタイトルとともに2編成の100系が頭をそろえて並んでいる姿が目にとまりました。1985年デビューしてから早25年。2012年春にはいよいよ引退するのだそうです。引退への花道として順次現在ある編成をデビュー当時の塗色に戻すのだとか。

それまで0系のみだった新幹線に改良型として登場した100系は新機軸をフンダンに盛り込み、丸い0系に対し先鋭的な表情は新幹線新時代の到来を予感させるものでした。その中でも2階建て車両の食堂車やグリーン車は輝いていました。国鉄分割民営化を前にして、車両の設計もずいぶん変わったなあと思ったものです。個室もありましたね。それまで趣味的には人気が今ひとつだった新幹線でしたが、それ以後登場した新幹線車両はどれも個性的で新規開業もあり、趣味的におもしろみが増してきました。

1985年といえば南薩線が廃止になった次の年。そんな昔から走り続けているのですね。新幹線は空気抵抗や騒音軽減との兼ね合いから、技術の進歩や速度向上に伴ってその顔つきがどんどん進化。「かえる」「かものはし」「ししゃも」…。そんな中、100系は正統派。国鉄らしい飽きのこないデザインは流石だと思います。

息子は修学旅行に出かけました。行き先は東京。2泊3日です。天気が心配ですが東京地方は今のところ何とかもちそうな予報です。また息子の高校が高校野球県予選でまた一つ駒を進めることができました。これでベスト16です。今度は、シード校と当たります。

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2010年7月13日 (火)

駅夫が屋根をどしどしふんで…

「~じいさんはこんな事を言って、しきりに女を慰めていた。やがて汽車がとまったら、ではお大事にと、女に挨拶をして元気よく出て行った。
 じいさんに続いて降りた者が四人ほどあったが、入れ代わって、乗ったのはたった一人しかない。もとから込み合った客車でもなかったが、急に寂しくなった。日の暮れたせいかもしれない。駅夫が屋根をどしどし踏んで、上から灯のついたランプをさしこんでゆく。三四郎は思い出したように前の停車場で買った弁当を食いだした。」

「~この時三四郎はからになった弁当の折を力いっぱい窓からほうり出した。女の窓と三四郎の窓は一軒おきの隣であった。風に逆らってなげた折の蓋が白く舞いもどったように見えた時、三四郎はとんだことをしたのかと気がついて、ふと女の顔を見た。~」

夏目漱石の「三四郎」の一節です。三四郎が熊本から上京する列車での出来事が綴られています。どんな様子だったのだろうと頭の中で情景を思い浮かべてみます。映画ではなく小説のよいところは自分なりの情景を頭の中に思い描くこと。

三四郎の乗った明治時代の客車はどんな様子だったのでしょう。屋根をどしどし踏んでランプを差し込んでいくあたり、おもしろいですね。電気なんていう便利なものはまだ鉄道車両にはない時代ですから、照明はランプ。屋根には丸い蓋がついていてそこから駅夫が室内灯としてランプを差し込んでいくんですね。“どしどし”という表現から木造の屋根が音を立てている様子が伝わってきます。この客車がそのようになっているかはわかりませんが、昔の客車はダブルルーフ。1段目の屋根とそれより高くなった2段目の屋根の境には明かり取りの窓が並んでいました。構造的にはシングルルーフより複雑になりますが、昼間の室内を少しでも明るくするためにやむを得ないつくりだったのでしょう。

弁当の折を外へ放り投げる場面。昔は、車内で出たごみは容赦なく外へ捨てていたのでしょうか。現代社会のようにゴミ収集車がゴミを集め、清掃工場で処理するような時代ではありません。ゴミは外へ捨てるというのが一般の生活の中で当たり前だったのかもしれません。また、プラスチックのような素材はありませんから、時とともに自然に帰っていくような素材ということでこのようなことになったのかもしれません。ついこの間まで屎尿は線路上に垂れ流しということが当たり前でしたから、同じ事なのかもしれません。

また、窓は小さなものがずらっと並んでいました。当時は広いガラスを製造する技術がなかったからです。鉄道省が1929年(昭和4年)に製造したスハ32系まで狭い窓の客車でした。これは昭和末期まで活躍することになります。窓の幅は600㎜、その改良型として製造されたオハ35系からは1000㎜の広窓となりました。

当時の小説の中に出てくる描写はリアリティがあって、鉄分の高い者にはまた違った視点で小説を楽しむことができます。

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2010年7月12日 (月)

まっくろくろすけとフナムシ

土曜日、突然降り出した雨により中止、日曜日に順延となった高校野球鹿児島県予選が時折激しい雨に見舞われながらも行われました。残念ながらイヌマキへの薬剤散布があったために応援に行くことができませんでした。ずっと結果が気になっていたのですが、5回コールド勝ち。また一つ駒を進めることができました。トーナメントの厳しさ。出場学校がそれぞれの思いを込めて予選に臨んでいるわけですが、負ければおしまい。それだけに1勝の価値は大きいものがありますね。

夕方鹿児島へ帰り、バルコニーに設置していたバッティング練習用のネットを片付ける作業をしました。この4年の間に子どもたちは大きくなり、ネットの中では練習ができなくなっていました。それなりの役割を果たし、お役ご免です。鉄道車両でいうならば用途廃止といったところ。まだ使えるのですが、使う人がいなければ存在する意味がありません。

撤去中のお供は鹿児島本線をいく415系、817系、715系、485系。夕方ということもあるのでしょうか。結構、頻繁に行き来します。ED76の牽くコンテナ列車も通りました。今日は、荷が少なく空車のコキが続きます。

バッティング練習場がなくなるとすっきりしました。16番のフル編成をゆっくり走らせるだけのスペースがありそうですが、これは空想の世界のみ。実際に外で走らせるのはいろいろ問題があって難しそうです。

今日は、いつもの自転車コースをウォーキング。片道40分行ったところで引き返しました。往復で1時間20分のコースとなります。40分歩くと思いの外遠いところまで行くことができました。途中でまたもやエイに遭遇。今回は歩きだったのでじっくり見ることができました。まさに水族館をコースにしている趣です。

自転車だと踏みそうになるフナムシですが、歩きでは踏むようなことはなくじっくり観察できます。本当にうじゃうじゃいます。人を認めると、ざわざわと逃げまどいます。その動き、どこかで見たことがあるなと思いました。果たして思い出しました。「となりのトトロ」のまっ黒黒助。コンクリート堤防の継ぎ目の隙間に逃げ込む姿はトトロで見たまっ黒黒助の動きそのものです。ひょっとしたらフナムシの動きを参考に作品が作られたかもなんて、自分だけ悦に入って納得しています。

下の写真は堤防から見える海の景色です。

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2010年7月11日 (日)

軽トラの荷台はトロッコ列車風

気分爽快、トロッコ列車!といきたいところですが、ここは軽トラの荷台。道路交通法違反だとは思うのですが、集落の方々の流儀には従うしかありません。「道路交通法違反ではありませんか。私は乗れません」なんて言うものなら、即堅物の変わり者として相手にしてもらえなくなってしまいます。まあ、国道とかではなく滅多に車の通らない田舎道ですからよしとしましょう。

今日は、朝7時30分からイヌマキへの薬剤散布。ご存じ、キオビエダシャクの幼虫駆除です。これまで雨天により2度に渡り延期。今回が3度目の正直で実施となりました。軽トラ3台で出動。荷台には大容量の水槽とエンジン駆動の動力噴霧器を搭載。4人一組で集落を一軒一軒回ります。軽トラの定員は2名。残る2名は荷台に荷として収まります。回ると気がつくのですが、イヌマキの多いこと。加世田がイヌマキの町として特色を出していますが、こちらもその例に漏れないようです。まあよくもこんなに植えたものだと感心してしまいます。生け垣が多いのですが、中には大木に成長している庭木もあります。散布役の人が散布しやすいように、ホースを伸ばしたり縮めたりしながら、補助するのが私の役目。

最後に行ったのは、某建設会社の社長さんのお宅。世の中にはこんな豪邸に住んでいる人もいるのですね。イヌマキへの薬剤散布もかなりの時間を要しました。

2時間半程度で作業終了。その後、集落の通信用の電線で不要になったものを撤去することになりました。前からの懸案だったようですが、人が集まったのでこの機会に片付けることになりました。

自治会ではいろいろな共同作業があるものです。都会では味わえない地縁というものが味わえます。

さて、午後からフリーとなりました。昨晩の睡眠不足に午前中の作業で少々ばて気味。

何とか資金のめどが立ちそうなので、天賞堂のC58を予約しました。今回も多くのバリエーションがあります。その中から門鉄デフ平底テンダー仕様を配置することにしました。志布志線で活躍していたC58277に形態的に近いと思います。

下の写真は志布志に保存されているC58112。112の門デフは前方上部が斜めになっており、標準的な門デフを付けている277とは若干違います。

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2010年7月10日 (土)

無情の雨

夏の高校野球鹿児島県予選が始まっています。息子の高校は第1回戦は無事勝利。

今日は第2回戦が行われる日です。ベンチ入りは果たせませんでしたが、息子も野球部ですので、運良く休日と重なったときぐらい応援に行かなければなりません。試合開始予定時刻は午後1時。中学生の次男を連れて球場へ向かったのですが、急に朝の晴天が嘘のような雨模様に。こんなに急激に空模様が変わるのも珍しいことです。

途中、もう乾いていたであろう洗濯物が屋上で雨に打たれているのも目にしました。慌てて自転車の速度を上げる人もいました。友達の傘に入れてもらっている人もいました。一応に、天気の急変に対応しかねている様子。

幸い、うちの洗濯物は出がけに雨を心配してバルコニーから浴室に移しておいたのでセーフ。これでちょっぴり家内からの評価が上がったかもしれません。

土曜日の昼、車の多いこと。完全にコースを誤りました。いつもなら裏道を行くのですが、今日に限って幹線真っ向勝負。このような車の多さは予測しておらず、渋滞を選んでコース取りをしてしまった感があります。どうも最近、判断が鈍ってきているようで、我ながら大丈夫だろうかと心配になることが増えてきています。

球場の周りは休日は路上駐車オーケー。しかし、びっしり先客の車が並んでいます。運のいいことに、入り口近くにスペース確保。傘を差して球場へと向かいます。試合は前の試合の後半で中断中。1時間あまり待ったところで本日の中止がアナウンスされました。試合は明日の10時からとなりました。明日も天気予報では厳しいようです。

一旦自宅に戻り、待機。何の待機かというと家内と次男は午後4時30分開演の「吉本新喜劇」を見に行くことになっています。家内は今日の野球部の当番。当番が終わったら球場のすぐ近くにあるホールに移動し、私が次男をホールまで連れて行く段取りです。

今度は先ほどの轍を踏まないように、裏道を選択。こちらはすいすいです。開演30分前には無事に送り届けました。

田舎の路に慣れているせいか、込んでいる市街地の道路にはうんざりです。

今、何と呼べばよいのか忘れてしまいましたが、昔の鹿児島工場内には富士・はやぶさの運用を終えた24系が3両、同じ場所にまだ留置されていました。また、シールドビーム化されていない原型ヘッドライトをつけた市電に出会いました。番号を確認したら、602でした。エアサスになる前の台車を履いた貴重種ですが、今なお現役でがんばっているんですね。新しい電車が増えてきている中、旧型の電車は益々貴重になってきました。この夏、一日ぐらい一日乗車券を片手に電車三昧の日を過ごしてみたいと思うことでした。

鹿児島から赴任地へ戻る途中、ちょうど中央駅に進入する800系新幹線が高架を横切りました。オレンジ色の窓明かりが旅情を誘います。来年は、N700系のさくらもここへやってきます。

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2010年7月 8日 (木)

薩摩焼酎あらわざ桜島

今日は、いつもより早く仕事から帰ることができました。気持ちよい風に吹かれたくて、自転車を引っ張り出します。いつもの海沿いの堤防へとペダルを進めます。海をよく見ると今日も悠然と泳ぐエイの姿を数匹認めました。これまでにない様子として多数のクラゲ。いったいいくらぐらいいるのでしょう。白い寒天状の円盤がゆらりゆらり。

堤防沿いを走ると、路面をフナムシが驚いて走ります。危うく踏みそうになります。めったに人に会うことのない堤防ですが、今日は体を鍛えている風の青年とデート中と見られる若者に出会いました。いつもは同じ路を往復あるいは2往復するのですが、デート中の若者の前を何度も通るのも気が引けるので、気を利かせて別ルートで自転車を走らせることに。車では通ったことはありますが、自転車では初ルート。

今度は、フナムシではなく道路に出てきていたカニが驚いて走ります。最近、車を走らせていると道路にカニがいて、それを避けながら走るのが常。やはり踏むのは忍びないので…。さて、自転車が近づくとカニたちは大きなハサミがじゃまそうなのですが、驚いて横歩きで逃げます。自転車だと踏むようなことはありません。しかし、道路には車に踏みつぶされた無数の平面ガニたち。どうしてこんな危険な場所に好きこのんで出てくるのでしょう。

話は替わって焼酎。「薩摩焼酎あらわざ桜島」という焼酎をもらいました。最近、新聞にも酒造会社からの広告が載っているのが目に入ります。裏ラベルにはこのように書かれています。

特許「磨き蒸留」芋焼酎あらわざ〔新技〕桜島 「あらわざ」は、新開発の「磨き蒸留(2009年・特許取得)」により生み出された芋焼酎です。蒸留もろみに対流をおこす独自技術により、芋特有のコク、旨味、香りなどをなめらかでかろやかな味わいへと仕上げた『磨き蒸留かろやか仕立て』。南薩摩伝統の技に新技(あらわざ)を加えた、かろやかなおいしさをお楽しみください。

飲んでみました。今までにない上品な芋焼酎です。芋の風合いを残しながら、芋臭さがなく確かに「なめらかでかろやかな」味のする焼酎でした。また、自分でも買って飲んでみたいと思います。

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酒造会社は本坊酒造。旧南薩線津貫駅前にある蔵元です。かつては津貫駅から工場へ通じる引き込み線があり、駅構内の転車台で貨車の向きを変えて工場内へ引き込んでいたそうです。駅跡地にできた保育所の園庭に今でも転車台の円いコンクリート枠が残っています。

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2010年7月 7日 (水)

航空写真撮影

今日は航空写真の撮影日。朝、航空会社から確認の電話がありました。こちらの天気はまずまずなのですが、複数の撮影をこなすことから撮影は五分五分とのこと。長雨が続き、ようやく朝から青空の広がる天気になったのですが、確かに雲は多いようです。

2日前に地面に書いた大文字の塗り込み作業をします。地面が湿っているので、乾いているときに比べると手間がかかります。結局4人で取りかかって、2時間を要しました。

天候はどんどん回復し、久々に強い日差しが照りつける天気になりました。もう、撮影は間違いないでしょう。特に連絡がないときは予定通り撮影ということでしたので、準備万端整えて飛行機がくるのを待ちます。

撮影時間は13時45分から50分までの5分間。果たして飛行機は予定時刻通りやってきました。低空で旋回しながらの撮影です。大きくバンクをとりながらカメラマンが窓から撮影しているはずですが、空がまぶしくてよく見えません。数回旋回を繰り返しながら撮影し、最後は翼を振って撮影終了の合図。事前に参加の皆さんには数回旋回することや最後に翼を振ってお別れすることなど伝えておきましたので、みなさん大喜び。

天気に恵まれて予定通り、航空写真の撮影を終えることができました。

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上空を旋回するセスナ機。

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撮影が終わり、翼を振ってあいさつをするセスナ機。

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飛行機とのコミュニケーションに笑顔がこぼれます。

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2010年7月 6日 (火)

摂津鉄道は鉄道模型の原風景

今日は、ちょっと回想をば。
機芸出版社といえば故山崎喜陽氏が鉄道模型趣味(TMS)を出版するために立ち上げた会社で、日本の鉄道模型をリードしてきた出版社。現在では、鉄道模型関係の出版物はいろいろな会社から出されていますが、当時は機芸出版社が唯一と言っていい状態でした。

最初に買ってもらったTMSは、もうぼろぼろになるくらい繰り返し読みました。当時はTMSは書店ではなくデパートの模型売り場で購入していました。まだNゲージは一般的でなく、カツミやエンドウ製の16番の模型が並んでいた頃です。

その売り場で「レイアウトモデリング」を買ってもらいました。レイアウトは鉄道模型をやっている人にとっては夢でした。大人になったらレイアウトを作るぞという夢を抱きながらこれも何度も何度も繰り返し読んだり眺めたりしたものです。

その中で特に印象的だったのが、坂本衛氏の「摂津鉄道の建設」。純日本型レイアウトで、その落ち着いたたたずまいは地方の国鉄線の風景そのものでした。先日、鉄道月刊誌をチェックしに行った際、坂本氏が摂津鉄道のセクションの前でにっこりしていらっしゃる写真に出会いました。平成になって20年以上も経った今、坂本氏ととともに摂津鉄道が記事になっていることに思いがけず懐かしい友に出会ったような驚きを感じました。

さて、摂津鉄道ですが、日本の農村風景の中をのんびり走る鉄道が模型化されていました。お座敷でブリキ製の自由形ED58が同じく2両のブリキ製ナハを牽引する列車を飽きることなく運転していた頃です。レイアウトモデリングに載っている摂津鉄道は、お座敷運転の初心者にとってはまさに別世界。いつかはとの思いを抱きながら枕元において、いつしか眠りについているということが何回もありました。まさに、摂津鉄道は私の鉄道模型の原風景であります。

摂津鉄道やいろいろなレイアウト記事に触発されて、お座敷運転のエンドレスに駅がほしくなり、木製の箱のふたに駅の建設を始めました。設計図などなく、現物合わせを繰り返しながら頭の中に描いた駅を作り上げていくというまさに小学生の工作的なものです。柱を立て、その間に平たい角材を重ねていくというログハウス的なつくり。駅の中には駅事務室やキヨスクも作りました。次第に駅のようになっていく様子に粗末なものではありましたが、それなりに満足を得ることができました。

小学校の図工の時間に角材で橋をつくるという題材がありました。6年生のときのことです。私は迷わず跨線橋を作ることにしました。太い角材で大まかな形と整え、あとは壁や階段など、平たい角材で作り上げていく。もちろん16番の80分の1サイズで作りました。蒸気機関車の煤よけの板をつけて終わり。我ながら手の込んだものができあがりました。駅の跨線橋など作る児童はいなかったと思います。先生から見本として学校に残したいとのお話があったのですが、お座敷運転で使うつもりだったので恩知らずにもお断りしてしまいました。
 中学生になって再び駅に挑戦してみることにしました。家にちょうどよさそうな板切れがあったのもいい巡り会いでした。今回は現物合わせでということではなく、無謀にも本当にある駅をモデル化してみることに。鹿児島市内から適当な場所はと考えた末、日豊線の重富駅をモデルにすることを決めました。

機芸出版社から始まって思いつくままに、まとまりのないことを書いてしまいました。たまには、昔のことを思い出しながら文章にしてみるのもいいかなと思ったからです。重富駅製作については、また改めて記すことにします。

写真はDE10。走行音がカトー性にしてはちょっと高周波なのがたまに傷ですが、ディテールや全体のプロポーションはきわめて良くできています。

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2010年7月 5日 (月)

久々にさわやかな一日

今日は、久しぶりに朝から雨の心配のない一日となりました。これだけ雨が降ると、本当に梅雨明けが待ち遠しくなります。

明後日は、セスナによる航空写真撮影が予定されています。自分が撮影する方であれは嬉しいのですが、こちらは撮影される方。記念撮影ですので、地面に大きな文字を書いて準備をしました。今夜は雨が降るかもしれないという予報。また、当日もどうなるか分かりません。白線も雨で流れて消えるおそれがあるため、白線が消えてもすぐに復旧できるようにポイントを要所に打ちました。このポイントも半端な数ではありません。

一緒に作業をしたのは北海道出身の方。南九州のまた南の外れに位置する当地において北海道札幌出身者がいるというのも不思議な話ですが、なれそめを伺って納得。愛は強しです。私は、久しぶりに湿気が取れたさわやかな一日だと思っていたのですが、件の北海道生まれの方は「いやあ、暑いです」と一言。当たり前と言えば当たり前ですが、出身地の気候によって感じ方は大きく違うようです。

さわやかな一日でしたが、巨大文字かきでたっぷり汗をかきました。帰宅後、天気も良かったので、サイクリング。また、ここで汗をかきました。海沿いを走ります。水面には魚が泳いでいると見られる波紋がいくつも見られます。その中に、ちょっと異様なものが…。よく見るとそれはエイでした。それも数匹。こんな身近なところでエイに出会えるのですね。ちょっと驚きました。

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2010年7月 4日 (日)

ワムの処理

今日も雨模様。家で過ごすことにします。

EF66-100と一緒に小物としてワム80000を2箱。4両注文しました。ネット購入していますので、送料等とのからみで増備する貨車などを一緒に注文することがあります。量販製品の二軸貨車などがもう少し充実してくれたらと思うのですが、あまり商売にならないのかもしれません。

今日はまずそのワム80000の番号付けをしました。4両とも処理するつもりでしたが、ちょっと不具合が見つかったので、販売店に連絡した上で保留することに。残りの2両を工場入りさせます。

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カトーの製品です。よくできていますね。Nゲージゆずりの細かい車体表記が泣かせます。また、ディテールの表現もプラならではです。エンドウのブリキ製ワム80000も発売当時はよくできているなあと思ったものですが、ここまで細かい表現はブリキ製ゆえ、できていませんでした。

作業は、インレタ添付と手すりの取り付けだけです。インレタには4両分の番号と、後は数字だけ並べたものが準備されています。4両までは、そのまま違う番号を添付して終えることができますが、それ以上は重複番号を避けるために、バラになった番号を並べて違う番号を作らなければなりません。少しだったらよいですが、ワム80000の20両編成なんて列車を組むとなると、大変な作業になりそうです。

湿気があるからでしょうか。1枚目は車体上で位置決めをしている段階で粘着してしまい、セロテープで誤って転写した数字をはがすことになりました。その先、慎重に作業を進めます。今度は、インレタを切り取って車体へ持って行こうとすると、インレタの台紙にひとつ番号が残るではありませんか。何回か、上から押さえてやり直しましたが不可。取扱説明書にもその旨説明してありましたが、他の数字まで台紙に残ってしまう恐れがあるため、欠字のまま転写し、抜けた部分のみばらの数字から切り取ってきて貼り付けました。

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画竜点睛を欠くといいますが、ナンバーの抜けている車両は生きた車両ではありません。車両番号が入って初めて生き生きとした表情を見せてくれるような気がします。286551の後ろから2番目の数字が台紙に残り、別の5を貼り付けたものです。

さて、4両分の時間を考えていたのですが、2両のみということになりましたので、もう少し車両をいじってみることにしました。

ワム90000に現役の貨車らしい風合いを出すためにウェザリングを施してみました。エアブラシを用いた本格的なウェザリングもしてみたいのですが、まだ踏み出せないところです。今日は、もっとも簡単なところでパステルを使ったウェザリングをしてみました。パステルの中からこげ茶、茶、黄土色などの色を削り、車体に付けていきます。ワム90000がつや消し黒塗装ですから、パステルののりは良く、いい感じになってきました。

女性の化粧よろしく、車両の表情が出るように刷毛で撫でていきます。今回は、こんな感じかなと適当にやってしまいましたが、実車の写真を見ながら絵描きのごとく仕上げていくのも楽しそうです。

こんな感じになりました。

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未処理のすっぴんは下の写真です。

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技術がないのでほめられた仕上がりではありませんが、しないよりはましかなと思い、他の貨車にも経年や使用状況の違いも表現しながら施していきたいと思います。上の2両のワム90000をつないでみました。

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たっとん、たっとん…という二軸貨車特有のジョイント音が聞こえてきそうです。

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2010年7月 3日 (土)

EF66-100運転整備

じめじめ天気が続きます。官舎の中は湿気でたいへん。今日は、この湿った大気の影響で、南九州はところによって大雨になっています。とうとう犠牲者も出てしまいました。鉄道の不通区間も出ています。

そういう天気だったので、今日はおとなしく家で過ごすことに。先日、届いたトミックスのEF66-100を工場入りさせ運転整備を行いました。

まず、すっぴんのお顔を

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ちょっとまじめに作ったプラレールといった感じです。これからナンバーのインレタを貼ったり、手すりを取り付けたりしていきます。めがねと拡大鏡が必要です。

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拡大鏡は、量販店で買ってきたものです。レンズが高いのでしょうか、思ったより値がしました。以前は、虫眼鏡を持って作業を行っていました。これで作業がうんと楽になりました。車両を包んでいたポリ袋から出してみると、片方のパンタグラフが折りたたんだ状態でロックしないことが判明。調整をしなければなりません。とりあげず上がったままだと作業中に壊す心配がありますので、マスキングテープで固定して作業を進めることにしました。

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トミックスの切り抜き文字用のインレタは金属製でその質感が素晴らしいと思います。ルーペで拡大してみても実物のイメージ通りで破綻がありません。今回のモデルは、既にいくつかのナンバーが候補としてあり、それから選択する方式になっていました。これまでの同社製品の中には自分で一つずつ数字を拾って並べるというちょっと不器用な向きには歓迎されないようなマニアックは設定になっているものもありました。自分好みの特定ナンバーを付けられるというメリットはありますが、特にそのような要望のない人にはちょって面倒な作業になりますし、綺麗に仕上がらない可能性もあります。

今回のインレタは添付がしやすく、台紙自体にも粘性があるので、位置決めをした後にテープで固定する必要がありません。思ったよりスムーズに側面2カ所、全面2カ所の添付を終えました。

その後、手すりやワイパー、ステップ、エアホース、解放てこなどを取り付けました。この製品は、車体の取り付け穴と手すりのマッチングがよく、穴をさらわなくてもほどよい固さで挿入することができました。少し苦労したのがエアホース。一方はすっと入ったのですが、もう一方がなかなか入りません。少し削ってみても入りません。とうとう1カ所は接着剤で取り付けることになってしまいました。

最後に屋根にピンバイスで穴を空け、列車無線用のアンテナを取り付けました。もうひとつ、GPSアンテナも取り付けたかったのですが、1.2㎜径のドリル刃が必要で、とりあえず位置決め用に0.8㎜の穴を空けて準備だけしておくことにしました。

GPSアンテナ以外の取り付けが完了し、運転してもおかしくない姿になりました。

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すっぴんの状態からすると機関車らしくなりました。

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色差しや、パンタグラフの塗装をするとさらに本物らしくなるのですが、いつのことになるやら。同じEF66と記念に並べて写真を撮りました。同じ形式とは思えないようなモデルチェンジです。

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2010年7月 1日 (木)

水稲航空防除

ヘリコプターによる水稲航空防除が早朝から行われました。梅雨による悪天候続きで順延に次ぐ順延で、今日ようやく行われたものです。防災無線により防除のお触れがなされました。人の生活圏に近いところは5時台に、あまり影響のないところはその後にということでした。今朝、いきなりヘリコプターの爆音が近づいてきて目の前で防除が始まりました。黄色い旗や白い旗が要所に立てられていましたので、それを目印に飛んでいるようです。低空で薬剤を散布しながら、端に来ると機体をぐっと天に向けて速度を落とし、素早くターンしてまた薬剤を散布しながら引き返して行きます。広大な田んぼに散布しなければなりませんので時間との勝負なのでしょう。素早い作業にパイロットの力量を感じます。日常の風景の中に突如として現れたヘリとその妙技にしばらく目が離せませんでした。

すべて、官舎の窓から撮影したものです。

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