« 「100系」デビュー当時の装い | トップページ | 奄美大島からジェット機撤退? »

2010年7月15日 (木)

キハ52 0番台が発売に

今日は、天気予報に反して午後から青空が広がりました。梅雨明けを思わせるような真っ青な空を久々に目にすることができました。青空に浮かぶ雲も、これまで毎日見てきたどんより重たい灰色の雲ではなく、真っ白い雲。白いコントレールを残しながら青空を縦横に行き交う航空機もその機体が小さいながらもクリアに見え、空気がとても澄んでいることが分かりました。

昨日、メールにて模型店から予約開始情報が入ってきました。いつもNゲージばかりですぐに閉じてしまうのですが、今回は下の方にHOの文字。うむ、何だろうと目をこらしてみると、キハ52の0番台との表記。
登場時の塗装、クリームとオレンジの塗装、そして末期のタラコ塗装の3種類。そして動力車と付随車の2種がそれぞれにあり、計6種となっていました。発売はマイクロエース。キハ52については同社は100番台をJR仕様でいくつか製品化していました。キハ52128には少し食指が動いたもののパス。
しかし、今回は国鉄時代の姿を製品化していますので、南九州関係では山野線あたりの様子を再現することができます。天賞堂と違い、付随車も設定されていますので編成を組むときのコストを押さえることができます。発売は12月の予定。
HOという表現についてはIMON代表者の井門氏が改めるべきだとブログで機会あるごとに訴えておられます。子どもの頃から親しんだHOという表現にはあまり疑問を持つことはありませんでした。時々、雑誌の記事などで本来の意味の説明と日本型については山崎喜陽氏が16番と命名されたということを知識としては知っていました。
井門氏の主張を読むとなるほどHOではおかしいことがよくわかります。HOは87分の1のスケールを表しており、軌間16、5㎜を表すものではないこと。国鉄を代表とする多くの鉄道会社が狭軌の1067㎜であり、そのまま欧米に習って87分の1でスケールダウンすると現在の新幹線のレール上を新幹線より小柄な在来線車両が走るようなもので大変ながに股になります。まるでプラレールのようです。これでは模型としてはなはだバランスがよろしくありません。
かと言って1067㎜を87分の1にして12㎜の軌間にすると問題なさそうですが、日本の鉄道模型黎明期、外国のシステムを使うことは必須のことでしたし、外国型であっても同じレールの上を運転できることが鉄道模型全体の発展のためには必要であると判断されたのだと思います。もちろん日本にも近鉄をはじめ、国際標準軌1435㎜を採用している私鉄もあります。これらの模型が同じレールの上を運転できないとなると鉄道模型の発展性という面で制約となってしまいます。
そこで国際標準軌1435㎜をHOスケールでスケールダウンした16、5㎜の線路上にHOスケールの87分の1より縮尺を小さくとった80分の1で車体をつくった車両を走らせるという考えを提唱したのが先述の山崎氏だったわけです。山崎氏は80分の1で16,5㎜のレールを使って走らせる鉄道模型を16番と名付けました。80分の1より大きく作ればさらに車体と軌間のバランスはよくなりそうですが、87分の1で作った車両との釣り合いがとれなくなってきます。80分の1というのは縮尺計算する場合も扱いやすい数字だということもあったのかもしれません。ですから今回発売されるキハ52も正しくはHOではなく16番ということになります。
話はいろいろややこしくなりますが、1067㎜を80分の1にすると約13㎜になります。ですから実際より3.5㎜がに股だということになります。日本の国鉄型(JR型)の特徴はなんと言っても狭軌感です。この狭軌感が何ともいえない雰囲気を醸し出しています。ですからわずか3、5㎜、されど3、5㎜です。16番のモデラーはこの3,5㎜がいつも気になりながら鉄道模型趣味をやっているわけです。16番のモデラーはがに股が目立つ角度からあまり車両を見ないようにしているのではないでしょうか。
この解決策として、16番の車両の軌間を13㎜に改軌したものと、そのものずばり87分の1で12㎜ゲージとしたものが存在します。16番をやっている者にとって、これらの模型が醸し出す狭軌感はたまりません。うらやましくあります。
レールのお陰で他の模型にはない発展性と広がりが鉄道模型にはあるのですが、レールがある故のジレンマが上記したようなことになります。

|

« 「100系」デビュー当時の装い | トップページ | 奄美大島からジェット機撤退? »

鉄道模型」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: キハ52 0番台が発売に:

« 「100系」デビュー当時の装い | トップページ | 奄美大島からジェット機撤退? »