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2010年8月

2010年8月29日 (日)

桜島の巨大構造物

鹿児島中央駅西口近くの交差点で信号待ちをしていると中央駅方向から初老の夫婦が横断歩道を渡ってこられました。手にはマーブル模様のソフトクリーム。若い人なら気にもとまらない光景ですが、これが初老の夫婦、しかも二人して同じようにソフトクリームを手にしていますので、つい目がいってしまいます。

渡り終えた後、不自然なところで二人同時に並ぶように歩むのをやめてしまいました。どうやらまだまだ厳しい太陽の光を避けるために歩道にできた細長いわずかばかりの電柱の影に並んで身を隠しているようです。何気ないことですが、日常の中のちょっとした発見は楽しいものです。

ソフトクリームに電柱の影、まだまだ暑い日は続きそうです。

朝、10時頃交通局の前を通りかかりました。休日の10時頃ということで車庫には昼寝の車両がずらっと道路側の留置線に並んでいました。これまでは広告電車ばかりが並んでいたのですが、不況の影響からか車体広告がぐんと減って、交通局標準色の電車ばかり。しかも、新しい電車に日中の運行は任せて休んでいるのは600形や500形といった旧型の電車がほとんど。何だか、昔にタイムスリップしたよう。やはりオリジナル色は広告でごちゃごちゃしていない分、すっきりとしていて美しく感じます。写真を撮るなら、今がねらい目かもしれません。

先日、桜島に行ってきました。このところ活発な活動で大量の火山灰を降らせている桜島です。島全体が灰色になり、地面にも厚く灰が降り積もっています。

湯之平展望台から見る桜島です。

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間近で見る桜島は鹿児島市内から見る桜島とは違い、山容がさらに険しく荒々しい印象です。普通の山とは違い活火山ですので、雨による浸食が激しく、大きく崩壊したり浸食したりしている姿が目につきます。火山灰を含むこれらの土砂は大雨が降ると土石流となって一気に麓までかけ下っていきます。被害を防ぐために、桜島では様々な砂防対策がなされています。写真にある谷にも多くの砂防ダムが設置されています。

展望台から少し下ったところより鹿児島市街地方向を見てみましょう。

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手前は桜島の溶岩原です。私が子どもの頃はごつごつした溶岩がむき出しで広がっていましたが、今では自然の力で松林が広がり遠目には緑の原になっています。昔、観光資源としての溶岩原に自然に生えてくる松をどうするかという議論がありました。観光資源として取り除いた方がよいという意見、自然な姿で植生の変化に任せた方がよいという意見。結局、後者の考えに則り伐採はなされませんでした。

錦江湾を挟んで、対照的な風景が広がっています。手前に見える巨大な構造物は、砂防堰堤です。山腹から流れ下った土石流が勝手な方向に流れて被害を出さないように導留堤などで普段は水無川である巨大な水路へと導いていきます。桜島の迫力にも圧倒されますが、この人間が造った巨大構造物にも圧倒されます。このような砂防施設が桜島には至る所にあります。

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2010年8月28日 (土)

EF301の現状は

携帯の音声が相手に明瞭に届かなくなりました。とんちんかんなやりとりになっていた原因はこちらの声が小さくかすれているから。今朝、修理に出してきました。まだ購入して1年と8ヶ月なんですけどね。

鹿児島中央・新大阪間の新幹線最速列車の名前が「みずほ」に決まりそうだという記事にびっくり。寝台特急時代は、どちらかというと「はやぶさ」や「さくら」などの名門列車の補完列車という性格が強く、地味な存在だったと思います。「はやぶさ」も「さくら」も寝台特急から新幹線の名称になり、何だかまだ実感がわかないところですが、「みずほ」が「さくら」より優等設定の新幹線に出世するとはさらに実感がわきません。

列車名が消えて久しい「みずほ」。来年最も注目される列車として復活することは嬉しいことです。

さて、九州最北端にて保存されているオハフ33488をエスコートしているはEF301。言わずとしれたかつての関門の主であります。昭和35年3月16日、三菱電気新三菱重工から誕生。ステンレス車体も誇らしげに関門間で日本の高度経済成長を支えてきました。EF30のトップナンバーの現状は…。

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コルゲートがないのは1号機の特徴ですが、ヘッドライトレンズ、テールランプ、貫通扉窓などがなく、少々寂しい姿です。貫通扉窓や側面通風パネルの欠損を板で覆っている姿は痛々しくもあります。パンタグラフは上がっていますが、集電部が大きく傾き、壊れた鉄道模型のような雰囲気。オハフ33がきれいに整備されただけに余計に目立っています。元の保存地、新勝山公園でよほどいじめられてきたのでしょうか。

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門司港レトロの雰囲気を大切にしたアプローチです。後ろ側も同じような門が作られています。トロッコ列車の運転期間に合わせてオープンするようです。開門時間前に撮りましたので、まだ閉まった状態です。この角度から見るとパンタグラフ上部の傾き具合がよく分かります。

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2010年8月26日 (木)

オハフ33488

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関門海峡を徒歩で越えた日、一日フルで楽しんだ後、返却締め切り時刻10分前に自転車をめかりの出張所?に返却。目の前には、EF301とオハフ33488が鎮座しています。これは朝から気になっていた存在でした。

朝はまだ営業していませんでしたが、返却時には営業中。オハフ33が休憩所兼カフェとして活用されています。片方にホームが設置され、駅での乗車感覚で利用することができます。入り口には持ち込み禁止の表示。しかも、座席を撤去して設置したスタッフ常駐のカウンター部分を抜けなければ座席へ行けませんので、何も購入せずに休憩だけというのはかなり勇気のいる行為になりそうです。

一日中、自転車で走り回った体を慰めようとコーラを頼みました。一杯300円也。グラスは小さく氷はたっぷり。正味コーラはどれだけ入っていたのでしょう。そんなやぼなことは言わずにオハフ33の車内をじっくり味わうことにしましょう。

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これがカウンター側の様子です。ボックスシートが左右10ボックス撤去され、販売カウンターと窓に正対する簡易シートが設置されています。入り口はカウンター側のみ。必ずこの販売カウンターを通り、休憩スペースへと進むことになります。そしてボックスシート側はこのような様子です。

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いい感じですね。古き良き時代の国鉄時代の旅を思い出させてくれます。こんな車両が当たり前のように走っていた時代が懐かしく思い起こされます。ニスの香り、そして床板の油の香り…。タイムスリップしたかのような感覚に「鉄道はいいものだなあ」と改めて思いを馳せます。

深い屋根の妻板部分にプレートが…。よく見てみると

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小倉工場で昭和23年製造。そして今年平成22年更新修繕。実は、この車両はEF301とともに西小倉駅からほど近い新勝山公園に保存されていたものを昨年1月に現在地に移動してきたものです。門司港レトロ観光線の開業に合わせて移転してきたようで、それまではかなり憂うべき状態だったようで、窓に覆いが付けられていたりテールランプが破損していたりで、現役当時の様子からはかなり隔たりがあったようです。

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EF301はあまり手が加えられていないようですが、オハフ33488は見事に蘇り、今年の3月より「かいもん号」として前述の通り、門司港レトロ観光線の乗客等を当て込んだひとつの目玉施設として活躍中です。

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上から床下まで現役当時の様子をよく再現した美しい塗装がなされています。ただひとつ気になるのが「オハフ33488」の表記が異常に高い位置になされていること。ここまで見事に復元されているのに、何故?まさに画竜点睛を欠く状態です。何か訳でもあるのでしょうか?

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2010年8月25日 (水)

桜島フェリーの番号の不思議

桜島へ渡る用事ができたので、久しぶりに桜島フェリーに乗船しました。県土を錦江湾が大きく二分している形になっているので、桜島フェリーは薩摩半島と大隅半島を結ぶまさに道路役を果たしています。運行本数が多いので、今回も待たずにそのまま車両甲板へ車を進めることができました。

原則、客室で過ごすことになっていますが、10分あまりで4キロの航海が終わってしまいますので、ほとんどの人は車内に残ったままです。今回乗船した船は車両ブリッジが2層になっていますので、1階から客室に上がるには、急な階段を何段も上がらなければなりません。新しい船はバリアフリー船となりエレベーターもついたようですが、それ以前の船は足腰の弱い人にはちょっとしんどいつくりになっています。

10分あまりとはいえ、迫り来る雄大な桜島、天気の良い日には霧島連山や開聞岳まで望める船旅は魅力的です。車を積まなければ片道大人150円、自転車を持ち込んでもプラス100円。今年から試行的に寄り道クルーズなるものを始め、運航日は大人気。500人ほど乗る船にもかかわらず、積み残しが出てしまうという嬉しい?誤算。普段10分あまりの行程を南側へ寄り道してたっぷり40分の航海。それでも料金は150円のまま。子どもはその半分の80円。いろいろ問題はあるでしょうが、是非、通年運行してほしいですね。これを企画した人に座布団3枚ぐらいあげてもよさそうです。

鹿児島港を出港してしばらくすると種子・屋久からジェットフォイルがやってきました。2社での競合路線で双方ともジェットフォイルを運航。両社しのぎを削りながら少々供給過剰気味。とはいえ、錦江湾の華麗なランナーとして定着してきています。

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もう少し前のタイミングでしたら鹿児島港への入港のために大きくバンクしてくる航跡とともに捉えることが出来たのですが、速度が速いので気づいたときには時既に遅し。構図も日の丸構図で、おまけに奥に見えるタンカーがかぶっています。

今度は反対側に移り、すれ違う桜島フェリーを記録として一枚。

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奥に見えるのは霧島連山。夏雲もよい感じです。さて、どちらが前でしょう。双頭船で分かりにくいですが、レーダーがある方が前?何かで見聞きしたことがあったのですが、忘れてしまいました。写真の船は第五櫻島丸。現在、6隻の船で運行しています。ここでよく分からないことがあります。この運航中の6隻の船ですが、船名が櫻島フェリーのHPによると「櫻島丸」「第五櫻島丸」「第十三櫻島丸」「第十五櫻島丸」「第十六櫻島丸」「第十八櫻島丸」となっています。

更新した際に数字が多くなっていったと考えるのが自然ですが、そうすると数字のない櫻島丸やこの第五櫻島丸はどのように考えればよいのでしょう。欠番はどうしたのでしょう。不思議、不思議…。

さて、この第五櫻島丸についてちょっと説明。平成2年3月竣工、総トン数600トン、積載能力大型車10台、乗客定員488名、速力10.5ノット。数字が分かると親しみが増します。

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2010年8月23日 (月)

美しい築堤の利用方法は?

一昨日のことです。前から道20号線沿いに大きく「白川」と青地に白文字で表示された標識が気になっていました。時間も少々あったのでそちらへハンドルを切り,道なりに進んでみました。典型的な田舎風景の中に道路は伸び,いくつか分岐点がありましたがバス停などを頼りに車を走らせます。創立130周年の看板を掲げた白川小学校の横を通り,しばらく行くと見慣れた風景が広がり知覧線白川駅跡付近にたどりつきました。

駅前商店の前にはお決まりの「白川駅」のバス停。しかし,一昔に比べると駅があったという雰囲気が失われているように感じます。季節的なこともあろうかと思いますが,青々とした背の高い夏草に駅跡も阿多寄りの石づくりの築堤も覆われ,廃止になってからの年月をその姿からいやおうなしに感じ取ることができます。

阿多寄りの反対側,田部田側は築堤がきれいに整備され,対照的な姿を見せています。

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築堤を横切る道路を挟んだ反対側では小さな野焼きがなされていました。どうやらこの築堤の面を芝刈り機できれいにしたようで,その刈り草を燃やしているようでした。地域の美化として草刈機で草払いをする例はありますが,芝刈り機の利用とはかなり念が入っています。しかも,刈り取った草を取り除いています。何かに利用しようとしているのでしょうか。車両乗り入れ禁止という表示もあります。

もう少し左右に余裕があればグラウンドゴルフ場として利用できそうですが,細長い築堤の上ですから,下手するとOBになりそうです。しかし,利用方法はそれぐらいしか思い浮かびません。

これから先,田部田方面はすっかり草に覆われ,以前車で通行できたところも足を踏み入れることさえできないような状況になっています。

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2010年8月22日 (日)

海底歩道

小旅行で北九州に行ってきました。これからぼちぼちその時のことを紹介いたします。

まずは,初めての体験としての徒歩での海峡越え,というか海峡もぐり。

九州の北端でレンタルサイクルを借りました。本拠地ではなくEF301が保存されている公園に設置された出張所のようなところ。おじさんが一人で番をしていました。工事現場の詰め所のような小屋から出された自転車は台数はそう多くなく,何とか家族の分の必要台数を調達することができました。ここのメリットは,駐車場が無料。門司港レトロ付近の駐車場は全て有料です。

自転車には電動アシストが付いており,快適なサイクリングを楽しめるようになっていました。しかし,始業点検よろしく空気圧をチェックすると1台の自転車以外はどれも空気圧不足。おじさんから空気入れを借りて適正な空気圧まで昇圧。

おじさん,500円で貸し出すのですからちゃんと管理しといてねという感じ。文句を言ってもつまらないことですので,ここのところは穏やかに納めておくことにします。

関門海峡の急な潮流を目の当たりにしながら進むと,すぐに関門人道トンネルの入り口に差し掛かりました。

行き当たりばったりの適当な旅。相談する間もなくすぐに本州に渡ることに決定。

人道トンネル入り口には建物があり,ここからエレベーターでトンネルがある位置まで降りていきます。エレベーターは2基。押すことが条件ですが,自転車もバイクも通行可能です。エレベーターは大型で,前進で入るとそのまま向かい側の扉が開き,そのまま前進で降りることができます。

エレベータを降りるとホールがあり,そこから下関へつながるトンネルが延びています。

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床に書かれた下関の文字が旅人の興味・関心をくすぐります。人道トンネルの入り口は海峡のすぐ横にありますから,このトンネルを進むとすぐに海の下となります。観光目的での踏破はもちろんのこと地元の人がウォーキングをしていたりジョギングをしていたりとなかなかの活用状況のようです。それにしても,県境を跨いでのウォーキングやジョギングだけでも興味をひきますが,海底で!というのがすごいです。

トンネルは真ん中が水平,前後はゆるい勾配となっています。また,トンネルの構造は下の写真にあるように国道との一体構造。すぐ上を行く自動車の音が結構響いてきます。関門海峡は船舶の往来も多く,歩いているとき大型船が上を進んでいるかもしれません。何とも楽しい空間であります。

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そしてこの空間のクライマックスは県境。ちゃんと路面に表示されています。海で隔てられた九州と本州の県境を歩いて越えられるという不思議。これは味わう価値大いにありです。

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D51170のことが地元新聞に

今朝の地元紙の地域総合欄に矢岳に保存されているD51170の写真が載っていました。「D51勇姿再び」(肥薩線・吉松~人吉間)というタイトルに「期成会提案 人吉市、署名運動へ」とサブタイトル。

肥薩線利用促進・存続期成会の定期総会で九州新幹線全線開業後の南九州中部圏地域振興の軸としてD51を復活運行させる構想を提案し、検討を進めていくことを了承したとあります。

車両の修理や線路の改良、施設等に約20億円ほどの費用がかかるそうです。JR九州は難色を示しているとのことですが、地元はやる気満々。

山線に重装備のD51が帰ってくる… 実現へはかなりハードルが高そうですが、鉄道ファンにとって夢のような話でもあります。

D51170といえば、imonから87分の1スケールで最近模型化されました。いつもながらの素晴らしい出来で、ネット上で拝まさせてもらいました。

さて、写真を1枚。橋の日に撮った写真です。桜島の降灰を避けるために西田橋の下に避難した子どもたち。ちょうど、陰に入った子どもだけシルエットのようになりました。キャプチャーNXで画像処理してあります。奥を行くのは鹿児島市電のユートラムⅠです。画面の中での車両の位置が今ひとつです。

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2010年8月19日 (木)

フリーズ

このところバージョンアップしたインターネットソフトとPCとの相性がよくないのか、コピーや削除などの操作をするとフリーズしてしまいます。

本日分のブログもかなり書き込んだ段階でフリーズ。おお勘弁してよ。

改めて書き込む気力と時間がないので、本日はこれにて店じまいです。

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2010年8月18日 (水)

ちょっと変わった給油のプレゼント

夏休み?で家を1週間ほど空けていました。ブログも夏休みのようになってしまいましたが、再開です。

ガソリンスタンドは競争が激しく、たたんでしまう店も多いようです。価格競争もあります、そしてプレゼント競争も。

よく通る道路沿いのガソリンスタンド。昔からある田舎のガソリンスタンドです。近隣にスタンドはなく、もちろんセルフスタンドもありません。

しかし、この店でもプレゼント作戦?でも、ちょっとそのプレゼントが変わっています。

「給油でカブトムシ(クワガタムシ)プレゼント」

これはめずらしいですね。子どもは欲しがるでしょうし、お父さんやお母さんは給油のついでに子どもへのお土産をゲットできます。ティッシュよりプレゼント効果による売り上げ増は期待できそうです。

街中にこんなガソリンスタンドができたら行列ができそうです。

店のおじさんは、毎日カブトムシ取りに行くのでしょうか。

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2010年8月12日 (木)

アナウンサーの声はひとつの芸術作品でありました

朝から研修会の一日。全部で4コマの内容はどれも内容が濃く,満足度の高いものでした。こんな研修会だと士気が上がり,仕事にも好影響を及ぼしそうです。

4つ目のコマは,元放送局アナウンサーで現在フリーでアナウンサーや講演等のお仕事をされている方の講演でした。きれいな言葉で原稿を読むことが仕事というアナウンサーについての浅はかな認識が覆されることになり,一つ一つが目からうろこのお話。

まずは言葉ではないコミュニケーション。相手のどこを見て話すか,大勢の前だとどこを見て話すか,これは目でのコミュニケーション。実際に演習的に近くの人とやってみましたが,人間にとってこんな大切なコミュニケーションのスキルをきちんと学んでいないことをもったいなく思います。知っているのと知らないのとでは大違い。絶対にやってはいけない視線移動というのも示してくださいました。相手との位置の取り方にもセオリーがあるのだそうです。

コミュニケーションというと言葉を通したものをすぐに考えてしまいますが,それ以前に言葉ではないコミュニケーション能力が大きくものをいうことがわかりました。この辺り,プロと素人の違いを見せ付けられた感じです。

その後,本題である言葉によるコミュニケーションについて,詳しく説明してもらいました。実際の場面を想定しながらのお話は面白く,言葉をいかに大事にしていかなければならないかに気づかされました。

全体を通して言えたことは,アナウンサーは伝えることのプロであるということ。言葉で伝えるためにはそのバックにあるもの,それまでの文脈をしっかり押さえないとプロとしての仕事はできないということ。それをしっかり理解したうえで,言葉を音として伝えたいことが伝わるように発するのだそうです。ここまで考えてやるのか,ひとつの言葉でも言い方でこんなにも変わるのか…,驚きの連続でした。

「アナウンサーが発する言葉の音はひとつの芸術作品である」

まさにそう感じた講演でありました。

さて,前から気になっていたバス停をカメラに収めました。椅子がいい味出しています。

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2010年8月10日 (火)

485系の活躍もあとわずか

台風4号は東シナ海を北上し、直接の影響はありませんでした。ほっとしました。職場や自宅など、台風対策が大変ですから。

仕事関係の加除式の書籍を先日から読んでいます。課題や対策などが説明されています。これまで追録代を払い、差し替えをして本棚へ、次の追録が届くまで本棚から取り出されることはありませんでした。

改めて読んでみると面白い。知的な部分が刺激され、結構楽しめます。こんな本がいつの間にか9冊に増えています。来年の3月までに全部目を通そうと新たな目標を設定。これで少しは仕事力アップとなるでしょうか。

写真は鹿児島本線を行く485系です。自宅へ帰ると鹿児島本線を行くいろいろな列車が見えるのですが、気がついてみると485系の活躍もあとわずか。こんな光景も過去のものになろうとしています。

私が初めて481・485系に乗ったのは中学生の時だった記憶しています。日帰りで九州を一周したことがありました。一人旅です。西鹿児島から小倉まで「有明」、小倉から宮崎まで「にちりん」、そして宮崎から西鹿児島までは急行列車?、ちょっと宮崎からの記憶が曖昧です。

もっとも長い距離を乗車したのは大阪から青森までの「白鳥」。学生時代のことでした。この頃は485系の全盛期だったように思います。長大な編成で日本各地を走り回っていました。

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2010年8月 9日 (月)

ウェスタンリバー鉄道

立秋を過ぎ、朝夕がずいぶんしのぎやすくなりました。秋の気配を感じるにはまだ早すぎますが、秋が近づいてきていることは確かなようです。

周辺の田んぼの稲刈りも終盤に入ってきました。今日も、干拓地へ自転車こぎに行ってきたのですが、途中でおもしろい光景に出会うことができました。広大な田んぼの中央付近に一列だけ筋のように稲が残り、それを食するかのように進んでいく大型コンバイン。最後の最後に残った部分を刈り取るところでした。残念ながらカメラは家で留守番中でしたので記録に残すことはできませんでした。

家の近くの田んぼでも午後8時を過ぎてもライトを付けてコンバインが作業をしています。台風接近ということもあるのでしょうか。遅くまでかかって作業をしています。台風に伴う強い風が時折吹き、その風に乗って稲の香りが部屋の中まで入ってきます。

自然の風が気持ちよく、津貫の焼酎を飲みながら成田空港の公式DVDが酒の肴。

ここ2~3日、Internet Explorer8の調子がよくありません。すぐにフリーズしてしまうのです。このブログも1回フリーズして今2回目です。コピーをかけたら必ずフリーズします。いったいどうしてしまったのでしょう。掲示板のレスも途中でフリーズ。すぐにレスをと思い、書き込むのですがフリーズで意気消沈、没になった書き込みが多数…。ネットを調べてみると、いろいろ不具合があるようです。対策をとらなければ、このままでは困ります。

今、この書き込みも慎重にゆっくりやっています。機関銃のごとく打ち込むと、途中で固まって動かなくなってしまいますから…。

さて、先日の東京ドームでの野球観戦。翌日は長女が楽しみにしていた東京ディズニーランドへ。電車に乗るのは楽しいのですが、東京駅での乗り換えだけは毎度のことながらうんざりです。

開園前に到着し、暑い中長蛇の列の一員となり開園を待ちます。いくつアトラクションを楽しめるだろうかと思っていたのですが、あに図らんやファストパスを有効に使うなどしてほとんど並ぶことなくいろいろなアトラクションを楽しむことができました。夏休み始まったばかりということもあってゲストが思いの外少なかったようです。

鉄分の高いものにとって気になるのがウェスタンリバー鉄道。本物の蒸気機関車です。石炭の香りもしませんし、焚いている風もありませんので重油専燃機でしょうか。それでも蒸気の音やブラスト音などまさに蒸気機関車です。後ろに乗っていると蒸気機関車の息遣いが聞こえてきて最高。また客車のジョイント音もなかなかのものです。

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2010年8月 8日 (日)

針原そして九州新幹線

長女の自由研究の現地調べのために出水市針原にも行ってきました。

針原では平成9年7月に大規模な土石流が起こり、亡くなられた方21名、怪我をされた方14名を数える大災害になりました。亡くなられた方は0才の赤ちゃんから77才の高齢者まで各世代に渡っており、幸せな家庭を丸ごと襲う自然災害の恐ろしさを石碑の名簿が示していました。毘沙門は地滑りでしたが、こちらは土石流です。

針原では過去このような災害がなく、あっても川の増水ぐらいだと想定していた地元の人たちの想像をはるかに超えた事態に被害が大きくなったようです。資料によると避難しようとして流された人たちもいたとのことで、突然襲ってくる土石流の恐ろしさに身がすくみます。

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崩壊斜面の下辺りから針原集落を見たところです。当時、砂防ダムが建設中で、斜面崩壊の土石流を受け止めましたが、それをも乗り越えて集落へなだれ込んでいきました。もし、建設中の砂防ダムがなければ鹿児島本線や国道3号線をも呑み込んで海まで達していただろうと言われています。

現在は復旧工事により複数の砂防ダムや流路が整備され、その巨大な構造物に当時の災害規模の大きさを伺い知ることができます。砂防ダムの内側には大型トラックの無数の廃タイヤが取り付けられ、土石流の衝撃からダム本体の崩壊を防ぐ工夫がなされています。こうして写真を見てみると、砂防ダムが両腕を広げて集落を守っているように思えます。

途中に見える高架は九州新幹線。トンネルとトンネルの間、わずかしか顔を出しませんから針原を通過中だと気付く人はいないでしょう。

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九州新幹線の高架下に慰霊碑があり、毎年災害のあった日に慰霊式が行われています。慰霊の碑の下には亡くなられた方の氏名と年齢が刻まれています。時折、風のように800系が通り過ぎていく以外、静かな時が流れていく場所でした。

慰霊の碑の上を通過する800系です。防音壁越しで絵にはなりませんが、九州新幹線の走りを撮ったのは開通以来初めてです。思ったより走行音が静かで、いきなり姿を現して消えていく区間での撮影の難しさを感じました。

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鹿児島へ帰る途中、出水の高台にある公園に寄ってみました。うっそうとした雰囲気に少々長女は困惑気味。捨て猫なのか猫がたくさんいることも気味の悪さに拍車をかけています。公園からの見晴らしは今ひとつなのですが、展望台にあがると一転して素晴らしい眺望が広がります。

ここからだと九州新幹線も出水駅を中心に平野区間を行く姿をゆっくり眺めることができます。

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2010年8月 7日 (土)

毘沙門地滑り

長女の自由研究の調べ学習のために一昨日、日置市の毘沙門の地滑り跡地に行ってきました。

小学4年生の長女が今年の社会科自由研究は土砂災害にしたいと言います。エコか土砂災害のどちらかを調べたいということでしたが、結局土砂災害を選択したようです。

毘沙門で地滑りが起きたのは、平成5年9月20日午後7時50分頃のこと。いわゆる8・6水害という未曾有の災害が起こった年です。この年は鹿児島県内至る所で8・6水害に前後して災害が起こっています。残念なことに毘沙門の災害では地滑り現場にたまたま自宅があった方2名が命を落とされています。

地滑り現場のすぐ横には災害復旧関連の施設として地滑り資料館という館が建っています。資料はジオラマとパネル1枚程度のものです。復興を願って多目的に使える施設として建設されているようです。

たまたま訪問した時に地元の公民館館長さんがいらっしゃったのでいろいろお話を伺うことができました。異様な出水やコンクリート要壁の変形が予兆としてあったこと、亡くなった2名の他にも4キロほど離れたところに自宅のあるおばあちゃんが同じ日から行方不明になっていること、崩落直後に助けを求める声が辺りに響いていたことなど…

館の中にあるジオラマです。

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館は現在、地元の物産館として今年6月にリニューアルオープンしたそうです。地元で作られた食品や陶器、それに日置瓦関連の小物などが展示販売されています。その中に、笠沙恵比寿が発売した南薩線の歌のDVDもあります。このことについては作詞者のA氏から以前お聞きしたことがありました。結構地元の人も購入し、30枚ほど売れたとか。実は、この地滑り現場は南薩線上日置駅の目と鼻の先に当たるところです。館の目の前には「上日置」というバス停があります。

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物産館の壁面には懐かしい琺瑯看板の数々がところ狭しと掛けられています。館長さんにお聞きしたところ、定期的に展示物は変えるとのことで、今は収集家の方の昔懐かしい看板が展示されているとのことでした。一つ一つ見ていくと、実に懐かしいものばかりでした。

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そして、その中にあったのが…

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2枚の南薩線上日置駅の駅名票でした。見てお分かりの通り、実際に使用されていたものです。よく見るとこの2枚の駅名票は書体や文字の大きさが違います。古き鉄道風景にはなくてはならない青地に白抜きの琺瑯製駅名票。上日置駅を利用していた地元の方にとっては懐かしくてたまらないことでしょう。

地滑りの崩壊面は「毘沙門自然の森公園」として復旧工事の際に整備されています。もちろんこの中には慰霊碑も建てられています。桜が植えられ、春には多くの花見の方で賑わうのかもしれません。遊歩道も造られていますが、どれだけ利用されているのかは分かりません。ちょうど訪問した際には、お一人の方が草刈りをされていました。

公園の一番高いところから下を見下ろすとこんな様子です。

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ここよりもう少し高いところから斜面が崩壊し、この美しい田んぼもほとんどが土砂で埋まっています。下の東屋付近に止まっている軽トラは草刈りのおじさんのものです。そして、同じ位置から南薩線跡地にカメラを振ってみます。

この山の中を南薩線は走っていました。中央下に見える三叉路が県道から上日置駅に至る道です。ちょうどこの三叉路の上に上日置駅があります。ご存じの通り、ホーム、給水塔、枕木が健在です。中央左手には少し削られていますが築堤が見えます。

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長男、次男が小学3年生から6年生まで毎年取り組んだ社会科自由研究、長女も今年で2回目の社会科自由研究となり、今回がトータルして記念すべき?10作目となります。毎年の恒例行事である親子共同研究では親としても勉強になることが多く、結構力が入ってしまいます。

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2010年8月 6日 (金)

野球観戦

7月21日の東京行きには訳がありました。自宅に届いた一通の郵便物。それを見て次男は目を丸くして狐につままれたような表情。東京ドームで行われる巨人・ヤクルト戦のペアチケットでした。

巨人ファンの息子はネットで「夢のユニフォーム」という企画に応募。応募者の中から抽選でペアチケットが当たるというものでしたが、まさか当たるとは。

問題は休みが取れるかということと旅費の問題。休みは厳しい状況でしたが、何とかクリア。旅費も貴重な体験でもあるし、こんなことでもないと東京まで野球観戦に行く機会もないだろうということでクリア。

娘も行く気満々。事務局に問い合わせたところ、早めに来れば並びで席が確保できるとのこと。かくして1泊2日の親子3人旅行が実現することになりました。

午後2時からチケットの引き換えが始まりました。引換所には長蛇の列。しかも猛暑。1時間ほど並んで確保した席はバックネット裏の2階席。ピッチャーの球がよく見えますし、試合の全貌もつかみやすいと次男は大喜び。これまで福岡ドームでは毎年のように野球観戦をしたいました。内野席で5300円だったかな。そこよりいい眺めですが、娘用に支払った金額は2300円。これはお買い得の席ですね。

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福岡ドームへは車で行っていましたので、飲酒は不可。今回はビールや酎ハイを飲みながら観戦することができました。はやり野球観戦はビール片手にというのがいいですね。

6時に始まった試合は見せ場の多いいい試合で、少々おしりが痛くなってきましたが、最後まで楽しむことができました。両チームからホームランも2本出ました。試合時間4時間12分、終わったときには10時を回ってしまったという長時間の試合になりました。

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東京ドーム特有の気圧差を感じながら外へ。開け放たれた扉から吹き出す風はすごいですね。

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明日の朝食の買い物をしてホテルへ。息子も喜ぶだろうと東京ドームの目の前にある東京ドームホテルに宿泊。眼下に東京ドームが見えるロケーションでした。明日の朝も早いので、あわただしくシャワーを浴びて寝るだけ。ちょっともったいない感じもします。

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2010年8月 4日 (水)

8月4日は橋の日

今日は8月4日。「橋の日」です。

甲突川河畔で、毎年恒例の橋の日イベントとしてスケッチ大会とウォークラリーが行われました。毎年、参加者が多いイベントです。中学生になって部活がある次男は今回から欠席。小学生の長女一人連れて参加してきました。

子どものお目当ては、食べ放題のかき氷と缶飲料。今回もそれを楽しみにしていた長女でした。受付をすると引換券をもらいました。「飲み物」と「かき氷」の券。今回から一人一回のみの利用に変わっていて長女はちょっと残念そう。事業仕分けではありませんが、予算が削られているのかもしれません。

川の上からも河原からも多くの人たちが橋を描きます。かつてここには西田橋という立派な石橋がありました。8・6水害後の檄特事業で移設され、近代的な橋に掛け替えられています。また、川自体も2メートルほど掘り下げられ、水路のようになっており、昔に比べると役者がそろわない感じです。

それでも子どもたちは一生懸命に描きます。中には、自分の絵にあまり興味を示さず親がおやおやと手伝っているところも見受けました。

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高見橋をいく7000型です。天気がよく絶好のスケッチ日和と思っていたのですが、この後思わぬ事態になります。黒い粒が画用紙に落ちてきました。小さな雨粒にたっぷり桜島の灰がこびりついています。その後、大量の降灰に見舞われ、急遽、西田橋の下に避難して色つけを続けることになったのです。

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あっという間に町は灰神楽になってしまし、市電は軌道につもった灰を巻き上げながら走ります。これに雨が混じると、パンタグラフのシューが灰の粒によって摩耗し、寿命を縮めてしまうそうです。

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2010年8月 2日 (月)

D51170復活構想など

今日は、特別なことのない平凡な一日。ただただ暑い一日でありました。

仕事から帰り、いつものように干拓地沿いの堤防で自転車こぎ。スポーツジムで景色の変わらない自転車をこぐよりうんとおもしろみがあります。1時間ほど、こぎました。以前ほどフナムシの数が多くありません。したがって踏む心配をしながら走らなくて済むようになりました。

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写真右側が東シナ海、左手が干拓地。田んぼとの間には調整池が続いています。平坦で信号もなく、車も走らない自転車こぎにとって極めて良質のコースです。田んぼの中にも直線の農道が何本かあるのですが、道路沿いに植えられた防風林に蜘蛛が多く、蜘蛛の巣を張るために流した蜘蛛の糸が道路までたなびき、そこを走ると蜘蛛の糸が何本もからまった状態になってしまいます。春はそんなことはなかったので季節的なこともあるのかもしれません。

ここは野鳥の宝庫であると知り合いから聞きました。確かに大小様々な野鳥の姿を見かけます。昨日は、水門で仕切られた灌漑用の池でこんな鳥を見かけました。自転車にまたがったままそおっと撮影。青サギなどすぐに逃げるのですが、この鳥は逃げませんでした。何という鳥なのでしょう。

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帰宅後は一日のご褒美にきんきんに冷やしたビールと冷凍したコップでのどの渇きを潤します。お供は、58654「あそボーイ」時代のDVD。解体修理の様子を中心にまとめたDVDです。復活蒸機の運転は少々お祭り的なところもあり、現役時代を知るものからは馴染めない部分もあるかもしれません。しかし、現場サイドでの蒸気機関車への関わりは現役当時のまま。大変な作業だと思います。部品や機械が極めて少ない中での作業ですので、本当に大変だと思います。そんなことを知って復活蒸機を見るとまた違った見え方がするかもしれません。

人吉市では矢岳に保存されているD51170を山線に復活させたいという構想を持っているようです。矢岳の元機関士山口さんが大切に整備してきたD51170。現在SLひとよし号として走っている58654もここの出身。山口さんの手から巣立っていきました。もし、この構想が実現するとなるとこれはすごいですね。数あるD51の中でも重装備だった矢岳越えのD51。その迫力たるやすごいものでしょう。

先日、かけ足訪問した鉄道博物館の画像を1枚。昭和の香りがぷんぷんする界隈です。これまで鉄道博物館というと展示車両が蒸気機関車であったり古い木造客車であったりというのが当たり前だったのですが、私たちが普段駅で見慣れた機関車や特急用車両がこうして博物館の中に展示されているのを見ると、自分たちが知っている時代もこうして歴史になっていくんだなあと感慨深く眺めました。

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2010年8月 1日 (日)

田んぼの中に岩礁

今日は少々ハードな一日。

昨日、息子の部活の車当番を私がせざるを得ないことに。とりあえず赴任先へ帰らなければなりませんので、鹿児島を午後10前に出発。今日は、午前4前起き。赴任先を出発して息子の中学校へ午前6時30分には着かなければなりません。睡眠時間4時間弱。

それから子どもたちを乗せて指宿枕崎線沿線の某中学校へ。眠くて試合観戦中、何度か意識を失いそうになりました。空き時間でもあればすぐ近くの指宿枕崎線へ撮影に行こうかなともくろんでいたのですが、その時間はなし。息子は足の故障で試合には不参加。スコア係。ただただ皮膚が赤くなった一日でした。

息子たちを家に送ってそのまま赴任先へとんぼ帰り。休日の我が務めを終え、干拓地へサイクリング。健康維持と気分のリフレッシュが目的です。ギアを高めに設定して、有酸素運動を促進します。小一時間海沿いの堤防を行ったり来たりしました。帰宅後、体重計に乗ると体年齢40才。実際よりずいぶん若いではありませんか。

干拓地の田んぼは今、収穫の時を迎えており、黄金色の稲穂が広がっています。広々とした田んぼの中程に岩礁が…。実は、この岩礁は海の中にあった岩礁。干拓地になってもそのまま撤去することもできず残っています。なかなかいい景色です。ここは干拓される前はもちろん遠浅の海でした。Dsc_0103

サイクリング後、今日の朝刊をチェック。うむ、新聞社の支局に情報提供した事柄が「黒ジョカ」に載っているではありませんか。先週中頃の情報提供でしたので、こんなに早く記事になるとは思ってもみませんでした。

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