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2010年8月22日 (日)

D51170のことが地元新聞に

今朝の地元紙の地域総合欄に矢岳に保存されているD51170の写真が載っていました。「D51勇姿再び」(肥薩線・吉松~人吉間)というタイトルに「期成会提案 人吉市、署名運動へ」とサブタイトル。

肥薩線利用促進・存続期成会の定期総会で九州新幹線全線開業後の南九州中部圏地域振興の軸としてD51を復活運行させる構想を提案し、検討を進めていくことを了承したとあります。

車両の修理や線路の改良、施設等に約20億円ほどの費用がかかるそうです。JR九州は難色を示しているとのことですが、地元はやる気満々。

山線に重装備のD51が帰ってくる… 実現へはかなりハードルが高そうですが、鉄道ファンにとって夢のような話でもあります。

D51170といえば、imonから87分の1スケールで最近模型化されました。いつもながらの素晴らしい出来で、ネット上で拝まさせてもらいました。

さて、写真を1枚。橋の日に撮った写真です。桜島の降灰を避けるために西田橋の下に避難した子どもたち。ちょうど、陰に入った子どもだけシルエットのようになりました。キャプチャーNXで画像処理してあります。奥を行くのは鹿児島市電のユートラムⅠです。画面の中での車両の位置が今ひとつです。

Dsc_0123

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コメント

旧南薩鉄道「知覧線」。1993年秋に襲来した台風で尊い人命を含む被害で、沿線の随所に路盤流出や崩落で路線を辿るのが困難になったと。しかしまだまだ昔日の痕跡が必ず有るはずです。2008年4月、白川~田部田間の山中に(軽便線並みの)レール数本を発見してますので。知覧線で使われていたかは不明です。

投稿: 夢幻鉄道 | 2010年8月24日 (火) 01時59分

夢幻鉄道様、書き込みありがとうございます。
1993年の大きな被害は小野集落だったでしょうか。築堤下の暗きょがふさがり、築堤がダムと化し、崩壊して土石流となったときですよね。白川~田部田間の山中のレールは何だったのでしょう。興味がわきます。

投稿: Nakachan | 2010年8月26日 (木) 00時41分

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