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2010年8月10日 (火)

485系の活躍もあとわずか

台風4号は東シナ海を北上し、直接の影響はありませんでした。ほっとしました。職場や自宅など、台風対策が大変ですから。

仕事関係の加除式の書籍を先日から読んでいます。課題や対策などが説明されています。これまで追録代を払い、差し替えをして本棚へ、次の追録が届くまで本棚から取り出されることはありませんでした。

改めて読んでみると面白い。知的な部分が刺激され、結構楽しめます。こんな本がいつの間にか9冊に増えています。来年の3月までに全部目を通そうと新たな目標を設定。これで少しは仕事力アップとなるでしょうか。

写真は鹿児島本線を行く485系です。自宅へ帰ると鹿児島本線を行くいろいろな列車が見えるのですが、気がついてみると485系の活躍もあとわずか。こんな光景も過去のものになろうとしています。

私が初めて481・485系に乗ったのは中学生の時だった記憶しています。日帰りで九州を一周したことがありました。一人旅です。西鹿児島から小倉まで「有明」、小倉から宮崎まで「にちりん」、そして宮崎から西鹿児島までは急行列車?、ちょっと宮崎からの記憶が曖昧です。

もっとも長い距離を乗車したのは大阪から青森までの「白鳥」。学生時代のことでした。この頃は485系の全盛期だったように思います。長大な編成で日本各地を走り回っていました。

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