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2010年8月 7日 (土)

毘沙門地滑り

長女の自由研究の調べ学習のために一昨日、日置市の毘沙門の地滑り跡地に行ってきました。

小学4年生の長女が今年の社会科自由研究は土砂災害にしたいと言います。エコか土砂災害のどちらかを調べたいということでしたが、結局土砂災害を選択したようです。

毘沙門で地滑りが起きたのは、平成5年9月20日午後7時50分頃のこと。いわゆる8・6水害という未曾有の災害が起こった年です。この年は鹿児島県内至る所で8・6水害に前後して災害が起こっています。残念なことに毘沙門の災害では地滑り現場にたまたま自宅があった方2名が命を落とされています。

地滑り現場のすぐ横には災害復旧関連の施設として地滑り資料館という館が建っています。資料はジオラマとパネル1枚程度のものです。復興を願って多目的に使える施設として建設されているようです。

たまたま訪問した時に地元の公民館館長さんがいらっしゃったのでいろいろお話を伺うことができました。異様な出水やコンクリート要壁の変形が予兆としてあったこと、亡くなった2名の他にも4キロほど離れたところに自宅のあるおばあちゃんが同じ日から行方不明になっていること、崩落直後に助けを求める声が辺りに響いていたことなど…

館の中にあるジオラマです。

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館は現在、地元の物産館として今年6月にリニューアルオープンしたそうです。地元で作られた食品や陶器、それに日置瓦関連の小物などが展示販売されています。その中に、笠沙恵比寿が発売した南薩線の歌のDVDもあります。このことについては作詞者のA氏から以前お聞きしたことがありました。結構地元の人も購入し、30枚ほど売れたとか。実は、この地滑り現場は南薩線上日置駅の目と鼻の先に当たるところです。館の目の前には「上日置」というバス停があります。

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物産館の壁面には懐かしい琺瑯看板の数々がところ狭しと掛けられています。館長さんにお聞きしたところ、定期的に展示物は変えるとのことで、今は収集家の方の昔懐かしい看板が展示されているとのことでした。一つ一つ見ていくと、実に懐かしいものばかりでした。

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そして、その中にあったのが…

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2枚の南薩線上日置駅の駅名票でした。見てお分かりの通り、実際に使用されていたものです。よく見るとこの2枚の駅名票は書体や文字の大きさが違います。古き鉄道風景にはなくてはならない青地に白抜きの琺瑯製駅名票。上日置駅を利用していた地元の方にとっては懐かしくてたまらないことでしょう。

地滑りの崩壊面は「毘沙門自然の森公園」として復旧工事の際に整備されています。もちろんこの中には慰霊碑も建てられています。桜が植えられ、春には多くの花見の方で賑わうのかもしれません。遊歩道も造られていますが、どれだけ利用されているのかは分かりません。ちょうど訪問した際には、お一人の方が草刈りをされていました。

公園の一番高いところから下を見下ろすとこんな様子です。

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ここよりもう少し高いところから斜面が崩壊し、この美しい田んぼもほとんどが土砂で埋まっています。下の東屋付近に止まっている軽トラは草刈りのおじさんのものです。そして、同じ位置から南薩線跡地にカメラを振ってみます。

この山の中を南薩線は走っていました。中央下に見える三叉路が県道から上日置駅に至る道です。ちょうどこの三叉路の上に上日置駅があります。ご存じの通り、ホーム、給水塔、枕木が健在です。中央左手には少し削られていますが築堤が見えます。

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長男、次男が小学3年生から6年生まで毎年取り組んだ社会科自由研究、長女も今年で2回目の社会科自由研究となり、今回がトータルして記念すべき?10作目となります。毎年の恒例行事である親子共同研究では親としても勉強になることが多く、結構力が入ってしまいます。

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