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2010年9月 9日 (木)

南薩線沿線、吹上小学校の木造校舎(3)

少々秋の気配が感じられるようになりましたが、無理して感じればそういえばそうかもねというレベル。まだまだ日差しは厳しく、朝夕も熱帯夜に近い状態です。

午前中はデスクワーク。午後は外の仕事をしました。吹き出す汗は容赦なく、首に掛けたタオルで何回ぬぐってもなおも汗は止まることを知りません。帰宅後、1時間弱のサイクリングをして体重を計ると昨日より1キロ以上落ちています。仕事を通した健康管理、一石二鳥であります。

数日前から今日に掛けて、地元の放送局が制作して放送した番組をDVD化した作品を2本見ました。数年前に購入したものですが、久々に見てみました。MBC南日本放送が制作したYS-11ラストフライト関連のもの。映像及び構成のレベルは高く、何度見ても新鮮です。DVDでは放送されなかった特典映像が収録されており、航空ファンとりわけYS-11ファンにとっては必見の内容です。

YS-11に初めて搭乗したのは、福岡・鹿児島線。その後長らく乗る機会はなかったのですが、鹿児島県の離島では本土から一番遠い与論島に赴任した4年間はYSとともにありました。もちろんJACに在籍したYS-11 12機がまだすべて現役の時代です。与論・鹿児島間を何度飛んだことでしょう。1年目は特に多く、他の機材も含めて搭乗回数は50回を越えています。正式に数えていませんが、4年の間には相当数乗っています。

DVDでは、本村キャプテンや廣瀬キャプテンが注目を浴びています。確率からいって両キャプテンの操縦する便にも複数回乗っている可能性があり、DVDを見ながら当時に思いをはせ、YS独特のダートエンジン音にしばしタイムスリップを愉しんでいる自分がいました。

YS-11の最後の拠点であった鹿児島にYS-11が保存されていないのは残念です。JACから外国へ売却された機体が引退するとき、是非、鹿児島の地へ呼び戻し、保存してもらいたいものだと思います。

写真は与論時代に撮影したYS-11です。与論空港を珊瑚礁のリーフに向かって離陸しているところです。

4_ys11_yoron11

さて、前置きが長くなりましたが、南薩線沿線、吹上小学校の木造校舎の3回目です。

当時はこの木造校舎の他にどのような建物があったのか記憶は曖昧です。現在、公民館が建っている場所にも木造校舎があったような気もします。

さて、現存している木造校舎の入り口です。

Dsc_0071

靴箱が置かれ、廊下へは3つほどの段を上がらなければなりません。入り口のサッシ扉も閉校後に整備されたものかもしれません。手前の柱の上部に小筋交いの覆いが見えます。木造校舎である証がこんなところにも現れています。

窓越しに中を見てみると…

Dsc_0074

外側は塗装がしてありますが、中は純木造といった雰囲気。廊下にはいろいろなものが少々雑然と置かれていますが、整然と並んだ木枠の窓が見事です。平成になって20年以上経っていますが、昭和の香りを色濃く残すこのような木造校舎がいまだに現存することに驚きを覚えます。整備して町の観光資源として活用すれば、訪れる人も少なくはないのではないでしょうか。

さらに反対側の出入り口にレンズの押し当てて、中の様子を撮影してみます。

Dsc_0084

今は人気のない校舎ですが、多くの子どもたち、そして先生たちがこの空間で日々過ごしていたことに想像を巡らすとき、時代の無常を感じざるを得ません。

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