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2010年9月20日 (月)

C58にナンバープレート貼り付け

今日は、朝から曇ったり晴れたり、時には雨が降ったりと不安定な天気。午前中、先日届いた天賞堂のC58をC58277にするべく作業を行いました。

作業前の機関助士席側のキャブ付近です。

Dsc_0176

何とも寂しい表情です。これからインレタと金属のエッチングパーツを貼付していきます。区名板差しの下に検査表記とATS表記。この隙間ぎりぎりのインレタですので、ぎりぎりのところでインレタをカットし、位置決め。カットするときテープしろをつけ、その部分をテープで軽く固定して用具を使って転写していきます。

インレタはエアタンクにも転写します。丸くなっているのでやりにくく、テープで何とか仮止めをして転写。思ったよりうまくいきました。

277号機は汽車会社の製造。エッチングパーツで丸い製造銘板が付いています。ナンバーとともに切り出します。

Dsc_0178

ニッパーで切った後、余分な部分をやすりで削って形を整えていきます。小さいパーツなので無くさないように気をつけなければなりません。インレタには若干の予備が入っていますが、このパーツでは失敗は許されません。

Dsc_0179

削ったところをネームペンを使って黒く塗ります。きちんと塗ったつもりだったのですが、後で見てみると少々まだらになっていました。

車体への取り付けはゴム系接着剤。接着剤が流れませんし、接着後も少々のずれは調整できますので、とても使いやすい接着剤です。

インレタの転写が終わっているキャブに砲金製(実車は)のプレートを取り付けます。

Dsc_0180

撮影時の光の当て方が悪く、金属プレートが派手に反射してしまいました。実際はもう少し落ち着いた感じです。反射でプレートの枠がでこぼこに見えたり銘板の文字がつぶれて見えますが、これは光の影響です。

インレタの白い文字は3つ別々に切り出して貼ります。こうしてみてみるとATSの「S」の表記が少し傾いています。また、金属パーツで削った部分の黒塗りが十分でなかったことも分かります。志布志機関区の「志」は反対側は綺麗に貼れました。しかし、こちら側は少々しわが入ったようで光の加減でしわが目立ちます。もう一枚予備が入っていたので交換したいと思います。

ここで重大なミス。片方のナンバープレートを説明書の通り貼った後に、実際の277号機のプレート類の位置を確認するのを忘れていたことに気づきました。確かめてみると、汽車会社の銘板の位置はOK。しかし、ナンバープレートの位置がこの位置ではなく、窓枠にもっと近く、しかも窓枠の中心とナンバープレートの中心がそろうような位置になっています。剥がしてやり直すにはリスクが大きすぎるので断念。

どうしてこんな大事なことにもっと早く気づかなかったのでしょう。正面のナンバープレートは277号機の写真を見て位置決めしました。

Dsc_0181

今日の作業はここまで。まだ細かい部品つけが残っていますので、時間を作って進めていきたいと思います。

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コメント

門デフのC58はなかなかカッコいですね。
安楽付近で、丘を登ってくる姿を見たのが最後でした。煙が凄かったのを覚えています。ところでこの277号でしょうか、他の番号かもしれませんが、当時志布志線管理所のC58で、正面のナンバーが決して光らない木製のものがあったということを当時聞きました。実際に写真を撮り、光っていないナンバーの理由がわかったような気がしていたことが思い出されます。志布志線は比較的地味な路線でしたが、丘を越える独特の風景は他にない雰囲気を持っていました。当時は日南線のC11と掛け持ちで写真を撮りに行ったと記憶しています。

投稿: なんさってっとう | 2010年9月20日 (月) 23時49分

私は南九州のC58とは疎遠ですが、当地にも類似のデフ(後藤デフ)を装備したカマ(175号)が走っていました。
集煙装置を付けていたので、軽快な感じの277号とは少し趣が異なりそうです。
天賞堂のC58はバリエーションが多く、かつて活躍を目の当たりにした人、撮影した人にとっては、またとないコレクションかも知れません。

投稿: hvcc | 2010年9月21日 (火) 21時48分

HVCCさん、こんにちは。
蒸気機関車は一両一両違うので趣味的におもしろみがありますね。ほっとくと長らく手を付けない癖があるので、すぐに部品つけの作業を行いました。その後はちょっとストップ状態です。HVCCさんのC58はいかがですか。

なんさってっとうさん、こんにちは。
志布志線でも撮影をされていらっしゃったんですね。先日は、掲示板へC58277の写真とともに書き込みをくださいましてありがとうございました。興味深く読ませてもらいました。光らないナンバープレートが木製だったというのはまるで戦時中のような話ですね。初めて知りました。

投稿: Nakachan | 2010年9月25日 (土) 15時03分

私が訪問したときにはこの277号機ともう1台が来ました。277号機は頻繁に写っていますが、ナンバーはピカピカでした。一方のもう一台は光らない木製らしく何号機かもよくわかりません。もう一度ネガを調べてみます。

投稿: なんさってっとう | 2010年9月25日 (土) 22時22分

光らないナンバーについてネットで調べてみました。件の機関車は、C58275号機。盗難により木製ナンバープレートを取り付けていたようです。写真もありました。確かにくすんだような感じで光っていません。当機は、昭和16年3月20日に仙台宮古機関区に新製配置。その後、秋田横手機関区、秋田新庄機関区を経て、昭和49年4月25日に志布志機関区に移っています。しかし、翌50年3月31日には同区で廃車。国鉄蒸機末期に行われた検査が残っている機関車の有効活用?で志布志にはるばるやってきた機関車のようです。志布志での活躍は1年足らずに終わっています。
幸い、275号機は茨城県笠間市石井児童公園に保存されています。水戸線ゆかりのC58を保存したかったようですが、水戸線を走っていたC58で保存可能な機関車がなく、白羽の矢が志布志で廃車になった275号機に当たったようです。
これだけのことが分かりましたが、いつ頃木製ナンバープレートが取り付けられたかは不明です。

投稿: Nakachan | 2010年9月25日 (土) 23時57分

管理人様

御解説いただきありがとうございました。275号機でしたか。元に戻さなかったのは終焉が迫っていたからなのでしょう。新製時は釜石に配属というのが、興味をひかれます。山田線の連続急勾配を登っていたのですね。以前に大志田のスィッチバックに行ったことがありますが、丁度6月のはじめで大志田へは車がやっと入るだけの山道を新緑の樹林の中を延々と登らなければなりませんでした。大志田駅は丁度上日置の分岐のようなスィッチバック駅でした。大志田まで山の中を歩いて列車に乗る人などあるはずもなく、ほとんど信号場のような存在に見えました。

投稿: | 2010年9月29日 (水) 13時05分

なんさってっとうさんは、いろいろなところで撮影されていらっしゃるんですね。全く未知の線区で様子が分からないのですが、撮影をされた線区を走っていた機関車と南国鹿児島で出会えるのは広域転配が行われていた国鉄時代ならではですね。

投稿: Nakachan | 2010年9月30日 (木) 23時35分

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