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2010年11月 2日 (火)

あの頃の鹿児島(第3回)

今朝の新聞にコウノトリが鹿児島で目撃されたことが掲載されていました。兵庫県コウノトリの郷公園から巣立ったものでこれまでで最も南で目撃された例だということ。足に標識が付けられており、これまでの移動距離は約1400キロに及ぶといいます。

実は目撃されたのは本市。今日、地元の写真家の方が昨日撮影したというコウノトリの写真を職場に持ってきてくださいました。撮影場所は昨日アップしたカワセミを撮影した場所のすぐ近く。新聞には詳しい撮影場所は記載されていませんでしたが、お話によると職場の目の前の川だったということです。

その写真のコウノトリの特徴から、私が昨日目撃した鶴と思われた鳥はコウノトリだったようです。頭に赤い部分があったように思ったのですが、羽の先の黒い部分の様子などから昨日目撃した鳥に間違いありません。

さて、動物つながりで、あの頃の鹿児島第3回目です。

鴨池動物園

ダイエー鹿児島店近くに小さな公園があります。電車通りに面しておりちょっと洒落た石造りの塀で道路と隔てられています。歴史のありそうな重厚な石造りの塀は鴨池動物園の遺構であることは若い人には分からないでしょう。

ダイエー鹿児島店は鴨池動物園跡地に建設され、鴨池動物園は遠く離れた平川へ平川動物公園として移転。1972年10月14日のことでした。ちょうど鉄道の日ですね。その平川動物公園も現在、開園以来の大規模リニューアル中。

さて、鴨池動物園は鹿児島電気軌道が開園。日本で4番目の動物園となりました。都会の私鉄のように乗客を当て込んで郊外に動物園を造ったのでしょうか。現在はすっぽり市街地に入っていますが、当時は動物園周辺はまだ築堤による専用軌道。

その後1928年、鹿児島市の鹿児島電気軌道買収により市営となりました。

子どもの時の記憶をたどると、入ってすぐに高い塔があり、滑り台が付いていたような気もします。ミラーハウスもありました。小さな水族館もありました。像舎もよく覚えています。

そして奥へ進むと鉄分の高い者には興味深いモノレールとナロー軌道。池の周りを回っていました。

小さい頃はよく連れて行ってもらっていたと思うのですが、小学校も高学年となるとあまり行っていないような気がします。それで記憶も曖昧です。

動物園に隣接した電停は高架になっていました。私が動物園に行っていた頃そうだったかは残念ながら記憶にありません。

建設当時は郊外立地だった動物園。周りが年月とともに完全に市街地化された上に手狭になったことから移転となりました。

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コメント

鴨池に有った動物園。懐かしいですね、私共がソノ市街地動物園を覚えている最後の世代でしょう。施設は小さな池(噴水?)位しか思い出せませんが、山形屋で買って貰ったばかりだった快傑ライオン丸のビニール手帳を園内で落として失って「ベソ」を掻いた記憶は鮮明にインプットされてます。平川と言えばC57(151)。保存状態は良好ですが既に分子となった(117)やC55(57)C61(18)も同時保存、鉄道公園として整備されていたら魅力的だった事と思います。

投稿: 夢幻鉄道 | 2010年11月 3日 (水) 10時11分

人の数だけ思い出がある動物園ですね。分子になってしまった蒸気機関車、本当にもったいないことをしたと思います。現役時代の姿が美しかっただけに惜しまれます。

投稿: Nakachan | 2010年11月 3日 (水) 23時31分

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