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2010年12月

2010年12月31日 (金)

雪の大晦日

今日は大晦日。朝、外を見てみると風景は一変していました。報道では寒波の襲来で元日にかけて大雪の恐れがあると伝えられていました。しかし、ここまで大雪になるとは思ってもみませんでした。ちょうど帰省の時期、帰省される方々に大きな影響が出たのではないでしょうか。交通機関の方々も大変です。

今年は勤務先が変わり、仕事や生活が変わりました。もっと落ち着いて生活したいという思いもあります。趣味においても数年ごとに移動する生活では影響は少なからずあります。自分の選んだ道なので仕方ありません。この環境の中でできることを楽しむことにします。

鉄道模型関連のことを記載するノートを起こしました。先日、文具店に行って選んできたもので息子に聞くと某タレントが監修したもので有名だと教えてくれました。罫線だけでなく補助線がいくつも薄く印刷されており、頭を揃えたり、図や表をかくのにとても便利なつくりになっています。趣味誌の中から自分に必要な情報を取り出してまとめておきました。今日は2ページ。これからずっと続き番号でページを打ち、生涯で何ページまで増やせるか楽しみたいと思います。ノートをまとめながらなんだか学生に戻ったような感覚を味わいました。老化防止にもよいかもしれません。

雪の一日でしたので、近くの本屋に娘を連れて行った以外はずっと家にいました。娘が買ったのは小学生向けのファッション誌と小学生向けの小説。私は3冊新書や文庫本を買ってきました。境屋太一著「知価社会の構造分析Ⅱ東大講義録文明を解く」(日本を復活させる唯一の道がここにある)、齋藤孝著「最強の人生指南書-佐藤一斎『言志四録』を読む(西郷隆盛、佐久間象山、吉田松陰、坂本龍馬-彼らはなぜ、この本に心酔したのか)、川口淳一郎著「小惑星探査機はやぶさ『玉手箱』は開かれた」(人々の願いを推力にして彼は帰ってきた終のひと駆け)の3冊です。( )の中は本の帯に書かれていた文言です。本を読むことも脳の老化防止によいかもしれません。

今年1年、拙いブログですが訪れてくださったみなさん、ありがとうございました。人生はいろいろな意味で楽しむべきものだと思っています。人に迷惑をかけるような独りよがりな楽しみ方はよくありませんが、互いに楽しく過ごしながら、人生を全うできたらいいなと思います。もちろん社会の一員として地球に住む生物の一員としての義務は果たしてのことですが…。

写真は雪の中をいく415系。そして雪の光景。ずぼらな私は撮影に出かけることもなく、お気軽に自宅のバルコニーからの撮影に甘んじています。

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暗くなってきても雪の勢いが衰えません。子どもたちはバルコニーに積んだ雪を使ってかまくらを作ることになりました。うまくいくでしょうか。寒い中、頑張っています。

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2010年12月30日 (木)

来年は

今年もあと一日を残すのみとなりました。撮影になかなかいけない分、鉄道模型の比重を高めていきたいと思っているのですが、こちらも思ったように進んでいないのが実情。雑誌やネット上の諸氏の模型を見るにつけ、そのような技術を身につけ、より実感的な鉄道模型を楽しみたいなと願いだけはふくらむのです。来年はどうにかその願いをかなえるべく行動を起こしていきたいと思っています。

まずは資料の収集。塗装や色差し、ウェザリングなどのハード面、ソフト面をノートにまとめ、道具も少しずつそろえていきたいと思います。また、塗料なども入手先を調べ、手に入れられるようにしたいと思っています。地面作りもしてみたいですね。

写真は製品のままで何も手をつけていない状態のC62。大地を駆け巡る現役当時の雰囲気を醸し出す存在感のある機関車にできたらと思います。

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2010年12月29日 (水)

本当の仕事納め

昨日は仕事納めでした。そして今日は私の両親の仕事納め。仕事納めといっても本当の意味での仕事納め。会社を興して37年。今日で後進に道を譲り二人勇退しました。

無事に勤め上げたお祝いに家族で駆けつけました。花束を贈ったり長女が作成した表彰状を贈呈したりしてこれまでの労をねぎらいました。

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2010年12月28日 (火)

仕事納めでした

今日で取りあえず仕事納めでした。また1年が終わりました。年々仕事納めの実感がなくなるのはなぜでしょうか。以前は儀式的なことが行われていましたが最近ではいつの間にかなくなりました。区切りというかけじめのようなものは必要なような気がします。

この時期は一年の取組を論文にまとめなければならない時期です。今日も一日の半分近くをその時間に費やしました。来年早々にまとめ上げなければなりません。内容はともかく量的にはまあまあ順調な進み具合です。あまり気が進まない作業ですが、頑張らなければなりません。

NEKO発刊の国鉄時代。毎回付録のファンが撮影したDVDに注目なのですが、今回はC61の映像の中に西鹿児島駅を発車するC61牽引の列車がありました。こんな時代もあったんだなあと改めて感慨にふける映像でした。また湯之元を出た列車の映像もありました。現在と比較すると沿線の風景が様変わりです。何もない田の中をいく風景、当時は開発が進んでいない分、撮影環境がよかったんだなあと思うことでした。今では考えられない風景です。

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2010年12月27日 (月)

誕生日ではありませんが

今日は休みをもらって免許証更新とインフルエンザの予防接種に行ってきました。これまで免許証更新は日曜日に行っていましたが、毎年ほとんどの年次休暇を放棄している実態がありましたので、今年は年次休暇を当てることにしました。日曜日ですと臨時駐車場にまで追いやられることがありました。しかし今日は、ゆったりと更新の手続きをすることができました。

夕方散歩をかねて遠回りをして焼酎買いに。途中、金属板がつぶれるような鈍い音が…。歩いた歩道を横切って店舗の駐車場に側面に損傷を受けた自動車が入ってきました。道路を見ると外れた部品が落っこちています。接触事故だったようです。

焼酎を買おうと思っていたスーパーに入ると駐車場に警官の姿。年配のご婦人と警察官がなにやらやりとりをしています。後に道路で計測をしていました。これまた何かの事故だったようです。年末を迎え交通量は増え、慌ただしくなっています。交通事故に要注意です。

今日が誕生日ではないのですが、今日誕生会を開いてもらいました。例によって手作りのケーキ。今回はスポンジがうまくふくらんで成功したようです。また、子どもたちからはカードとシャープペンシルをもらいました。このシャープペンシルは筆圧で回転し、常に芯がとがった状態になるようにというギミックのついた評判のものだそうです。

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2010年12月26日 (日)

本当の豊かさを求めて

今日も寒い一日でした。時折雷を伴う雨が降り、ダダダダーとあられも降りました。寒気団にすっぽり覆われたようで、冷凍庫に入ったような天候でした。週休日に当たる昨日、今日と年賀状三昧の二日間。これまでソフトで宛名書きをしていましたが、今年は手書きで行いました。何でも機械任せの今日的風潮への反省でもあります。

年賀状の作業を進めながら携帯のワンセグでサンデーモーニングを聞いていました。豊かさとは?というのがテーマでした。戦後、アメリカの豊かさをモデルに経済成長を続けてきた日本。しかし、アメリカに追いついた時に見えてきたものは…。果たしてこれが私たちが求めてきた豊かさなのか。経済至上主義で突き進んできた日本。ものの豊かさにおいてはどこの国にも引けをとらないレベルにまで到達しています。しかし、社会はものの豊かさとは裏腹にあちこちに歪みを抱えています。

私たちにとって望ましい社会とはどういうものなのでしょうか。机上で答えを出すのはたやすいのかもしれませんが、現実の社会となると複雑怪奇で人間の思うようにはならないもののようです。しかし、その答え求めてよりよい社会づくりを目指すことをあきらめてしまってはおしまいです。

創造することは人間のみが行えること。よりよき地球社会の実現のために人間の英知を結集していきたいものです。

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2010年12月25日 (土)

観光電車運転に寄せて

鹿児島市交通局が来春3月から土・日・祝日に観光電車の運転を始めると発表しました。コースは鹿児島中央駅前を出発して天文館経由で鹿児島駅前まで行き、ここで折り返し。高見馬場で左へ折れ、交通局前を通り郡元から右へ曲がり鹿児島中央駅へ戻る70分のコース。ボランティアガイドの案内が付きます。料金は通常料金の2倍大人320円、子ども160円。一日乗車券の利用も可。午前2便、午後2便の計4便を運転予定。

本年は桜島フェリーでも寄り道クルーズと称して、通常のコースから大きく迂回して桜島を眺めながら桜島へ向かう便が出て大好評でした。料金が通常と変わらないというのも大きな魅力でした。来年の運行では料金は特別なものに改訂されるようです。

いずれにしても今ある資源を有効活用した優れた企画だと思います。どっぷり地域につかっているとそこの良さというものになかなか気づかないものです。よそから来た人に指摘されてああそうなんですねと気づくこともしばしばです。ないもの探しではなくあるもの探しをすることがキーワードのような気がします。私たちの町にはあれがないこれがないと他の地域と比べてマイナス思考に陥るより、あれがあるではないかこれもあるではないかと掘り起こして生かしていけば魅力を増していくものはいくらでもあるような気がします。

今回の市電やフェリーの企画はまさにあるものを生かした魅力的なものだと拍手を送りたくなります。

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2010年12月24日 (金)

保存機を現役当時のような姿に…

寒くなってきました。職場の忘年会も無事終了。はずれの生ビールを飲まされるとがっかりするのですが、今回の店の生ビールはよく冷えていて味もぴりっとしていておいしく飲めました。

昨日のブログでC5699のことを書きました。同じページに吉松に保存されているC5552の写真もあり、素晴らしい姿にうっとりしました。大きめの上屋に覆われた同機はロッドや輪心が磨き出され、油で鈍く輝く足回りは今にも動き出しそうな雰囲気です。空気作用管や安全弁、真鍮の飾り帯なども美しく磨き出されており、矢岳のD51170と同等の美しい姿になっています。ただペンキを厚塗りしただけで雨ざらし日ざらしにされている置物のようになってしまった蒸気機関車とは一線を画してします。かつて鉄道の町とまで言われた鉄道の要衝吉松だからこそここまで整備してくれる人材と技術があったのでしょう。

今、C6120が復活に向けて大詰めを迎えています。保存機からの復活、素晴らしいことだと思います。梅小路のC612との重連運転が実現すればかつての大型蒸機全盛時代を彷彿させる迫力あるシーンを目の当たりにすることができます。牽引する客車も旧型客車を準備するとのこと。客車からSGが漏れる姿なども再現されるのでしょうか。今から楽しみです。

現役復帰とまではいかなくても、ペンキの固まりと化した保存蒸気機関車を現役当時の姿に近い形で整備することももっと進めても良いのではないかと思います。もともと産業遺産の継承ということで保存されているのですから、よりよい姿で保存することは貴重な遺産を生かすことにつながると思います。蒸気機関車には近代型の機関車にはない、走り装置がむき出しになった機械としての美しさがあります。機能美ともいえましょうか。美しく整備された蒸気機関車を前にすると敬虔な気持ちになるのは、単なる機械を超えた何かがそこにあるからに違いありません。

加世田に保存されている南薩鉄道4号機。上の写真は2007年7月の撮影、下の写真は2010年12月の撮影。3年の時を経た同じ機関車の姿です。ここにはもともと別の機関車が置いてありました。しかし、腐食が激しいということで、庫の中にあった同機と交換しました。そして、同機ももともと置いてあった機関車と同じように腐食が進行中です。

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2010年12月23日 (木)

鉄道誌を買ってきました

午前中、鹿児島へ。途中、書店に寄って鉄道誌を購入。「国鉄時代№24」「蒸気機関車EXvol3」「Rail Magazine№329」「鉄道模型趣味№818」の4冊。年末年始にじっくり読むことにします。さっと見てみて目にとまったのが、ムサシノモデルの広告に北海道で活躍する新鋭ディーゼル機関車DF200のプラスチック主体のモデルが発売予定とアナウンスされていたこと。ロストワックス、エッチングパーツも用いたハイブリッドで特筆すべきことはサウンド搭載、しかも価格4万円以下を目標にしているとのことで、かなり期待度の大きなモデルになりそうです。トラムウェイが製品化を予定しているオハ35系戦後型も国鉄時代を再現するにはなくてはならない車輌で注目です。

霧島で廃墟と化していたC5699を民間が引き取り、修復する話は今年の中頃だったでしょうか、新聞で伝えられました。その後のことは知らなかったのですが、現在の様子が写真で紹介されていました。スクラップ同然に荒れ果てていた同機がどこまで修復できるのだろうか?あまり期待できないのではないか。しかし、この心配は払拭されました。ほぼ修復を終え、線路上に設置された同機は見事に現役当時の姿を取り戻しています。捨てる神あれば拾う神ありでまさに地獄から救い出された幸運な機関車といえます。

キハ183系がミャンマーに売却される記事もありました。キハ183ー1、2も含まれており保存の声も多くあったようですが、残念ながら海を渡ることになりました。国会図書館では出版された書籍は雑誌に至るまですべて収蔵するよう法律で定められ、膨大な書籍が保管されています。鉄道車輌はその大きさ故、保管場所や管理に多くの費用がかかるのは分かりますが、日本の貴重な産業遺産として国が買い取って保存・保管するということができたらとも思います。無駄な空港が多く造られたということも話題になっています。定期便がほんのわずかしか飛ばないような空港の広大な用地を利用して保管してみてはどうでしょう。無駄な空港を維持し続けるよりよほどよさそうな気がします。

明日はクリスマスイブ。私の職場は忘年会。どうして?どうしてこんな日に!子どもとクリスマスイブを楽しむことができなくなりました。仕方がないので1日早いのですが、今日クリスマスをすることにしました。恒例の手作りケーキ。最後のデコレーションは長女の仕事。クリスマスの森をイメージしたそうな。ただ適当に置いたのではないそうです。今日、クリスマスイブをしたので、明日の朝サンタさんのプレゼントが届いているかもと長女。さて、サンタさんはどう判断するでしょうか。

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2010年12月22日 (水)

鉄道唱歌のオルゴールも過去帳入りですね

毎朝、新聞を開くと九州新幹線関連の記事が絶えません。最近のところでは新しい駅弁の話題、そして今日は駅や車内で流れる案内放送のメロディーの話題が載っていました。鹿児島中央駅は「おはら節」、熊本駅は「おてもやん」、他の駅では「さくら」をテーマにつくられたメロディーが流れるそうで、旅の楽しさがさらに増しそうです。

一方で485系のさようならイベントとして国鉄色5両編成を運行するということがJR九州のHPで紹介されています。485系さようならのページが特設され、懐かしの画像もありました。国鉄色5両編成の運行列車についてはカレンダー形式で示されており、たいへん分かりやすいものです。

485系に乗ると鉄道唱歌をアレンジしたオルゴールを聴くことができました。特急列車に乗っているんだなあということを実感するときでもありました。これも聞けなくなってしまい、車内で聞くこのメロディーも過去帳入りしてしまうのですね。

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2010年12月21日 (火)

惜しかったなあ

高校生が金融・経済知識を競う「エコノミクス甲子園」というのがあります。先日、鹿児島市で鹿児島大会がありました。筆記と早押しクイズ形式で競います。長男が友達と二人で参加。上位6チームに残り、決勝。同点でサドンデスとなり、残念ながら優勝を逃し準優勝となりました。優勝したら2月に東京で行われる全国大会への切符を手にすることができたのですが、残念なことになりました。

準優勝チームは敗者復活戦があり、全国の準優勝チームと競い、1位になると全国大会へ進めるとのことです。こちらは筆記のみ。健闘を祈ることにします。

写真は薩摩半島の南西にある野間半島から望んだ東シナ海です。鑑真がやってきた海です。

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2010年12月20日 (月)

コンテナ船の舳先に

ちょっと気になるニュースがありました。リチウムイオン電池のトップメーカーであった三洋電機が2010年のシェアで韓国サムスングループに抜かれて首位陥落というもの。2010年のシェアは三洋電機19.9パーセント、サムスングループ20.1パーセントでわずかではありますが、これまでの流れを見るとこの差は今後開いていくように思えます。

かつては日本企業全体で世界シェア94パーセントだったものが、今では42パーセントに。一方の韓国は10年前2パーセントだったものが35パーセントへ。韓国政府も基幹産業と位置づけ、専門大学院を新設し人材育成を進めるなど長期展望に立った取組をしているとのこと。

一方の日本の政治はどうでしょう。グローバルな競争の中にさらされている中、相も変わらず報道されるのは内部のごたごたばかり。その間に、どんどん世界から取り残されていっています。NHK大河ドラマの視聴率が今年も高かったですね。時代は龍馬のような私利私欲を捨てた本当の意味で国のことを思う指導者を求めているからではないでしょうか。

さて、関門海峡を進むコンテナ船。下関側では名調子の紙芝居に観光客が見入っています。ここにいると次々に潮流に逆らいながら、また潮流に乗ってすいすいと進む船舶を見ることができます。船の好きな人にはたまらない場所だと思います。

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目の前を大型船が行き交う姿は迫力満点です。ここでは水先案内人という人が乗り込んで船の操船を指示するそうです。渦を巻くような潮流の早さ、そこを自動車が行き交うように左右に分かれて交差、同じ方向に進む船でも速度に違いがありますので、操船にはかなり気を遣うに違いありません。そこへ門司港と下関の間を結ぶ船も横切りますのでなおさらです。

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コンテナ船の舳先に人影が…。切り出して拡大してみました。これは前面展望の特別席ですね。見張り業務なのでしょうか。

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2010年12月19日 (日)

ライト交換

車のライトが先日片方切れました。今日、交換に行ってきました。片方だけでしたが、第1回目に切れたとき、片方だけ交換して間もなくもう片方も切れてしまいましたので、片方が切れたら両方とも交換するようにしています。今回で3回目の交換。

切れていない方の交換も頼んだところ少々怪訝そうな表情。作業終了後、交換した切れていない球をどうなさいますかと、親切に持ってきてくれました。せっかくですので、車内に保管することに。

北海道で活躍したC62など主灯の横に補助灯としてシールドビームが付いていました。これは主灯が切れたときの予備。ですから両方同時に点灯することはありません。現在の車輌は殆ど複数ヘッドライトが付いていますが、一灯式の場合、運行中に切れてしまったらどうするのでしょうか。これはちょっと疑問です。鉄道車輌の場合は、レールというものがありますので、ライトは前方を確認するというよりこちらが前ですよという標識としての意味合いがルーツのようです。そうであればなおさら、標識を何とかしなければ運行できないような。運転士がその場で交換するのでしょうか。

支払いをするとき、今年で失効するポイントが1600ほどありますが、使いましょうか?との提案。これはラッキーでした。今年の内に切れたおかげで1600円を無駄にせずに済みました。車君、おりこう!と撫でてあげたくなります。

作業が済む間、店内を当てもなくぶらぶらしました。間断なく流れるアップテンポの音楽。なんだか急かされているようで、これって購買を促す効果を狙って計算づくでなされているのかなあと思いました。そういえば、家電量販店でも曲想は違いますが、何だか購買を追い立てられるような音楽が流れています。

写真はうち捨てられた自動車。人間社会の表と裏の部分を象徴しているような光景です。

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2010年12月18日 (土)

野間池ゆきのバス

中学生の次男がいいシャープペンシルが欲しいというので買いに行きました。私も文具はいいものを使った方がよいという考えがありますので、気持ちがよく理解できます。これまでネットでどんな製品があるのかいろいろ調べていたようでした。

店を二つ回り、最初の店に気に入った品があったのでそれを購入しました。1本5000円。16番プラ製の客車が購入できそうな値段。これまでこんな値段のシャープペンシルがあるなんて知りもしませんでした。

ついでに鉄道模型関係の雑誌を2冊購入しました。「Nゲージマガジン」と「鉄道車輌ガイドDD54」。最近のNゲージは車輌の質もさることながらレイアウトの質も向上して写真で見ると本物と間違えそうなほど。実物の鉄道はもとより地形や植生などトータルな知識と感性がなければ実感的な仕上がりにはならないはずで、鉄道模型趣味というのは奥が深いなと思います。

「鉄道車輌ガイドDD54」は模型製作や加工の資料としてNEKOが新たに発刊したもの。資料性が高く、見応え十分です。これからシリーズ本として出されるようで、揃えていこうかなと思っています。

写真は薩摩半島のすんくじらへ行く野間池ゆきのバス。先日、時間つぶしにネットを見ていましたら、加世田から野間池へ行くバスを後ろから追っかけた全区間の動画をユーチューブで見つけました。倍速になっていますので、短時間で同区間を味わうことができます。途中には超狭隘区間もあり、ある意味貴重な記録かもしれません。世の中にはいろいろなことをされる方がいるものです。

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2010年12月17日 (金)

赤字補填はありません 頑張ります

またまた先日訪れた加世田バスターミナルの話題。

鹿児島便、空港便、そして周辺の町を結ぶローカル便とバスターミナルに出入りするバスは多く、複数のバスが乗降ホームに横付けしている姿を見ることも珍しくありません。私が訪れた夕方、鹿児島交通のメッセージ入りバスが停車していました。「民営鹿児島交通頑張ります」。鹿児島には民営ではないバスは鹿児島市営バスしかないと思いますので、それを意識したもののようです。

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小さく、「赤字補填はありません」と書かれています。これは鹿児島市交通局のバス部門の赤字を市の歳入から支出しているということに対する表現なのでしょうか。かなりストレートなメッセージです。鹿児島市内ではこれまでバス事業者同士の紳士協定で路線の棲み分けを行っていました。今では、市営バスの路線と重複するように鹿児島交通の市内路線が新設され、競合状態にあります。これまで市営バスが単独で運行してきた路線にこのメッセージを掲げた鹿児島交通のバスが割り込むような形で運行されています。もちろんすべてのバスにこのようなメッセージが貼付されている訳ではありません。

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来春には九州新幹線全線開業。鹿児島でもそれを迎える準備をハード面、ソフト面で進められていることを報道で知ることができます。快適な新幹線の旅を終えて降り立った鹿児島中央駅。バスターミナルに停車しているバスにこのようなメッセージが書かれていたらどのように感じるでしょうか。もう少し紳士的なやり方はないのかなあ。

もうひとつ。かわいらしいバスが車庫に止めてありました。マイクロバスのような小さなバスです。大型バスをチョロQにしたようなデザインがいいなあと思います。小さいけど小さく見えない、しかも車いす対応。

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行き先表示幕の部分には「試運転」の表記が…。

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2010年12月16日 (木)

EF81302鹿児島入り

掲示板でお世話になっているいんがめさんの書き込みで初めて知ったのですが、EF81が鹿児島へやってきたのですね。驚きました。

ネットで調べてみるとやって来たのは門司機関区のEF81302。下関・門司間のいわゆる関門間にEF30の置換用に配置されたステンレス車体を持ったEF81。もともとステンレス未塗装の車体ですが、常磐線で使用のために転属した際に交直用機関車の標準色赤13号(ローズピンク)で塗装されています。昨日15日(水)に4093レを牽引して鹿児島入りしています。

EF81が鹿児島へやって来るなんて本当に驚きでした。しかも300番台。これまで従台車で軸重調整を行っているED76しか電気機関車は入線していませんでしたので、EF81のようなF級機は軸重の関係で入線できないのかと思っていました。これはED76の処遇に関連した出来事なのでしょうか。

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2010年12月15日 (水)

あの頃の鹿児島(第9回)

今日は寒い日でした。ニュースで真冬並みの寒さと表現していました。もう12月も中旬、真冬とはいったいいつ頃を指すのだろうかと思うことでした。

さて、あの頃の鹿児島第9回です。

マーケットとぶっしぶ

今のようなスーパーはまだ近くにはなく、いわゆるマーケットと呼んでいた個人商店が寄り集まった木造の建物が二つ肩を寄せ合うように建っており、食材の調達はほとんどがここでした。

手前のマーケットは中央に通路があり、未舗装の歩道に面したところの左側に衣服とお菓子を扱うお店、その通路向かいに果物とアイスクリーム、中へ入っていくと左に乾物屋その向かいに魚屋といった具合です。

その隣のマーケットは同じく中央に通路があり、左に八百屋さん、右に果物と飲み物、その隣に駄菓子屋さん、その奥はもう記憶にありません。それぞれのお店に商店主が夫婦でいることが普通で、何とも人間くさい空間でありました。

買い物かごを下げて母は毎日の日課としてこのマーケットに通いました。道路の角を一回折れるだけで1分ほどの距離。料理中でもちょっと買い足しに走るということができました。私もお使いにときどき行きました。

遠足のおやつもここで買いました。それほど種類の多くない菓子の中から選び、予算の100円を超えないように選んで買ったものです。

学校が終わると母からいつも10円をもらい、奥のマーケットの入り口から二軒目にある駄菓子屋へ。駄菓子屋のことを当時は「くじや」と呼んでいました。くじがたくさん置いてあったからです。子どもが3人も入ればいっぱいになるような店。でもところ狭しと置かれたくじや駄菓子、小さなおもちゃは子どもの好奇心を引きつけるには十分でした。

くじは5円のものと10円のものがありました。10円持って行きますから5円のものを2種類ひくことが多かったように思います。大きな台紙にぶら下がった甘納豆の小袋。上の方には大小の袋がぶら下がり、小袋の甘納豆の中に入っている当たり券で大きな袋をもらうことができました。小袋が少なくなっているのに大小の袋がまだ多くぶら下がっているときは当たる確率が高くなります。でもなかなか当たるものではありませんでした。箱の中に入っている丸い飴のようなものを丸いビニール製チューブを押し込んで取り出すものもありました。取り出したものの色によって当たり外れが決まるものでした。箱から出ている多くのひもの中から選んで引き出すというものもありました。円錐形の飴がぶら下がって付いてきました。大きなものをつり上げると当たりということになります。ほかにもいろいろありましたね。

くじやさんの隣の飲み物を売っている店では、ラムネをよく買いました。おじちゃんがぽんと抜いてくれたよく冷えたラムネをその容器のからくりを楽しみながら飲んだものです。

それからときどき母が買い物に行っていたのが「ぶっしぶ」というところ。「ちょっとぶっしぶに買い物にいってくるね」と言って出かけていきました。「ぶっしぶ」が「物資部」であることを知ったのはかなり経ってからのことです。

すぐ近くに国鉄官舎がありました。5階建てほどの官舎が6棟並んでおり、私が通っていた学校にもお父さんが国鉄に勤めているという人が多くいました。その片隅に国鉄の物資部がありました。国鉄官舎の住人の利便性のためにお店が設けられていたのです。この店は一般の人たちにも開放されており、母も時々ここで買い物をしていました。スレートでできた平屋建てで今で言うお店らしいお店ではなく倉庫のようなところでした。内輪向けのお店でしたので外観はどうでもよかったのでしょう。

生活用品の販売の他に今で言うツアーの募集もときどき行っていたようです。母からの勧めで2回ほど参加したことがあります。

ひとつは霧島へのカブトムシ・クワガタとりと魚つかみどり日帰りツアー。小学生でしたが一人で参加しました。バスは中乗りタイプの国鉄バス。2台だったのか3台だったのか記憶はあいまいです。カブトムシやクワガタは全然とれなかったのですが、水を減らした養殖場の池で大きなこいを一匹つかみあげることができました。大きなビニール袋に酸素を注入し生きたまま持ち帰ることになりました。途中、霧島神宮前だったと思うのですが、ここでアイスクリームが配られたのを今でも鮮明に覚えています。やはり子どもにとって食べ物というのはインパクトがあるのでしょうか。持ち帰ったこいは早速父が庭でさばいてくれました。

もうひとつは燃島ツアー。燃島(もえじま)は桜島の北東,姶良カルデラの中にあり桜島の安永噴火(1779年)の際に海底が隆起して島となったものです。桜島の噴火に伴い出現した島なので燃島の名があるようです。新島(にいじま)ともいいます。また宝島という呼び名もあるようです。浸食が進み、次第に小さくなっていく島の様子から「消えゆく島」という異名もあります。小さいですが、人が住む有人島です。ここへの日帰りツアーです。今回も一人で参加。船は鹿児島港から出ました。漁船に毛が生えたような小さな客船。ちゃんと旅客用の船室がありました。こちらも2隻ないし3隻ほど出たと思います。船と言えば桜島フェリーぐらいしか乗ったことがない頃でした。いつもと違う場所を波しぶきを上げて進む小さな船旅を甲板上で楽しみました。燃島に上陸したことは確かな記憶としてありますが、そこで何をしたかの記憶の扉を開くことはできませんでした。

余計なつけたしが多くなってしまいました。今日では流通の変化で小さな生活圏ごとにあった個人商店が集まったマーケットはその多くが姿を消しました。もちろん国鉄物資部もその母体そのものがなくなってしまいました。

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2010年12月14日 (火)

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今日は12月14日。室蘭本線で最後の蒸気機関車牽引の旅客列車が運転された日。1975年室蘭・岩見沢間C57135号機牽引の225列車。もうあれから35年の月日がたつのですね。

先日、加世田のバスターミナルを訪れた際に撮ったDD1201の写真です。C12の後継機ということで1200という数字が振られているようです。DD1200は2両在籍していましたが晩年はDD1202のみが稼働し、DD1201は庫の中でずっと休んでいました。

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2010年12月13日 (月)

逝ってしまったハムスター

仕事から帰宅すると長女から電話がかかってきました。言葉に詰まりながらなかなか話し出さないので何があったのだろうと。飼っていたハムスターが死んだという電話でした。

昨日、夕方遅くに帰宅した際に私も元気にゲージの中を動き回る様子を見ていました。これまでで一番元気に動き回っていたのが印象に残っていただけに、にわかに信じられない事実でした。長女によると今朝学校に行くときにも元気に動き回っていたといいます。しかし、学校から帰りスイミングに行く準備のために部屋へ入るとぐったりしていたそうです。気温も今日はいつもより暖かいぐらいでしたのに。いったい何があったというのでしょう。

うちへやってきて約2ヶ月。あまりにも短い命でした。小さいながら命について長女に大切なメッセージを残して逝ってしまいました。

朝焼けの中を飛翔する白いサギ。白いサギにはコサギ、チュウサギ、ダイサギがいるそうですが、私には見分けがつきませんでした。ハムスターの旅立ちとイメージが重なります。ハムスターの命が消える前日の撮影。

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2010年12月12日 (日)

今朝の北多夫施・南多夫施間

今朝も寒い朝でした。6時に鹿児島を出発して赴任地へ。バックライトの球が切れた外気温を示す液晶を確認できたのは明るくなってきてから。ちょうと「0」を示していました。辺りはかなり冷え込んでいるようです。

8時から集落でオビエダシャク幼虫防除の薬噴霧作業。3班に分かれて軽トラに薬剤を入れたタンクとエンジンコンプレッサーを積んで集落の隅々を回ります。集落の昔ながらの狭い路は興味深く、主を失った家や石垣、畑など人々のこれまでの長年にわたる生活の様子を見ることができました。一方で人がいなくなっていく地方の現実を目の当たりにすることになり、日本は本当の意味で豊かな国になったのだろうかという思いもよぎりました。

8時の集合時刻まで少々余裕がありそうだったので、車を止めて南薩線跡の朝の様子を撮ってみました。北多夫施・南多夫施間です。

一枚目は北多夫施駅がある台地から下る勾配の途中から南多夫施駅方向を撮ったものです。現在は広域農道になり、計画した区間が全通したため車の往来が次第に多くなりつつあります。当時踏切があったところは交差点になっています。昔からの道路に遠慮して南薩線側の広域農道が規格が上の道路にもかかわらず一旦停止規制がなされています。ここでは見通しがすこぶる良い交差点なのですが、不思議とみなさん確実に一時停止をなさいます。ちまたでは一時停止を確実にしないドライバーが多くなったと感じています。速度規制なし(60キロ)道路の一旦停止はかなり面倒だと思うのですが、きちんとみなさん止まっています。

朝靄が辺りを包み、ゆったりと流れている様は一枚の絵のようでした。こんな中で南薩線の写真を撮ってみたかったですね。奥に見えている高い山は長屋山(ちょうやさん)です。

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もう一枚は同じ区間を霊峰金峰山を背景に撮ったものです。おなじみの場所から撮ってみました。日の出間近とあって東の空が赤く染まっており、凍える寒さも気にならないような美しさ。ここを南薩線が今でも走っていたら最高です。南薩線の幻影を追いながらやってきた車をアクセントに置いてみました。

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2010年12月11日 (土)

東川辺付近廃線跡の近況

今日は、第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで日本人初の優勝を果たした盲目のピアニスト辻井伸行さんの母親いつこさんの講演を聴きに行きました。私と同じ年の生まれ。

出会いやチャンスを見事に生かしてきたことが今日につながってきたことが講演を聴きながら分かりました。人生の岐路というのはあちこちにあるものです。もし、あのとき別の選択をしていたなら、もしあのとき何もしていなければ、もしあのとき…。振り返ってみると本当に今日があるのは数え切れないほどの分かれ道の先にある人生のたったひとつであることに気づかされます。

人への接し方、生き方に大きな示唆を与えてくれる講演会でした。

講演会終了後、鹿児島へ。娘へのサンタさんのプレゼントを調達するためにいつもとは違うコースをたどりました。途中には知覧線跡があります。

夕方、薄暗くなってくる時間帯でしたが、寄ってみました。川辺では道路の改良工事が行われており、通過するのにかなりの時間を要しました。

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東川辺から小野へ向かう線路跡です。草や竹が刈られ、かつての線路の様子がよく分かる状態になっています。鉄道線路らしい美しい弧を描いており、奥の方は知覧への山登りの勾配が既に始まっています。これまで藪に覆われていて気づかなかったのかもしれませんが、路盤の法面は築堤ではなく石でつくられています。(左側の一段高くなったところが線路跡) どうしてこのような手間とコストのかかるつくりになっているのか分かりません。知覧線はもともと薩南中央鉄道によって敷設された線路です。薩摩白川付近もこのような仕様になっており、似ています。

下の写真は東川辺駅付近です。この奥に駅舎がありました。実は、この遺構を初めて発見したとき、駅のホームではないかと思いました。位置的にそのように思ったのです。それにしては長いなとは思っていました。今日、小野へ続く築堤が露わになっている様子を見て、そこへ続くこの遺構はホームではなく路盤の法面に当たる部分である可能性が大であることに気づきました。

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小野側へ進むと勾配が始まってすぐのところに小さな流れを跨ぐ小鉄橋があります。そこもこれまで藪に覆われて近づくことができないような状態だったのですが、見事にすっきりなっていました。車を通すために鉄橋上に枕木を敷き詰め、それを固定するために再利用された寝転んだレールも健在でした。この写真を見ると周りの田んぼより既にかなり高くなっているのが分かると思います。

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この鉄橋を横から見るとこんな感じです。鉄道があった痕跡が至る所で消えつつある知覧線の中にあって、このあたりはまだ当時の面影を色濃く残しているといえるでしょう。

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2010年12月10日 (金)

太陽国体お召し列車牽引機

今朝は冷え込みましたね。この冬一番の寒さでした。鹿児島でも内陸部は軒並み氷点下。海沿いの当地でも初霜が見られました。

朝、厳しい冷え込みになるとその日は良い天気。風のない抜けるような青空が広がり、日中の気温はぐんぐん上がりました。

先日、鹿児島の民放で放送局所蔵のテープをもとに鹿児島の鉄道の貴重な過去映像が放送されました。電化前の様子や廃止ローカル線の映像、南薩線の映像など、お宝映像が満載。貴重な永久保存版となりました。

その中に鹿児島で行われた太陽国体の時に運転されたお召し列車の映像もありました。C5691とC5692が重連で牽引しています。その頃まだ小学生でそんな列車が運転されることは事前には知るよしもありませんでした。しかし、たまたまというかよく訪れていた鹿児島運転所でお召し整備された当該機を目撃できたことは幸運でした。

昭和47年10月のことでC5691は吉松機関区から、C5692は宮崎機関区からやってきました。ご存じの通り、C56は90号機まですべて海を渡って南方に送られていますので、国内の実質的な1号機は91号機。国内最若番の2両が重連で普段運用のない区間を運転したという画期的な列車でした。

以前紹介しましたが、92号機は出水駅に移転の上保存されています。

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2010年12月 9日 (木)

今日の4号機関車

朝から終日加世田で研修会があり、少々お疲れモードの中、帰りに旧加世田駅に寄ってみました。冷たい強風が吹き荒れる一日となり、バスターミナルと化した旧加世田駅跡に展示されている4号機関車とDD1200は寒風の中、相変わらず忘れ去られたように放置されている状態でした。

各地に保存されている、または保存されていた鉄道車両はその管理者次第で大きく明暗を分けています。残念ながら貴重な車両であるにもかかわらず管理が行き届かずに解体に追い込まれた車両も数多く存在します。

ここ加世田にとって南薩鉄道は加世田が一番輝いていた時代の象徴のような存在だと思います。しかし、後を引き継いだ会社との折り合いがどうなのかは分かりませんが、会社は何らの手を打たず、行政もノータッチのようで、ただただ時が過ぎ、車両は傷んでいくばかりです。皮肉にも、南薩線末期に駅に放置されていた車両群に近い状態になりつつあります。

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かつて活躍した駅跡に鎮座する僚友。互いに痛んでいく体を見ながら何を思っているのでしょうか。季節だけは、何事もなかったように繰り返し巡っていきます。動かなくなったあの日から何回季節が巡ったことでしょう。

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2010年12月 8日 (水)

真っ赤なワムハチ

真っ赤なワムハチことワム80000。国鉄がヤードを用いた貨物輸送を廃止したとき、二軸貨車が大量に用途廃止となり淘汰されました。もとより頑丈に造られていた貨車でしたので、お家事情の厳しい国鉄の台所の足しにしようと売り出されることになりました。

貨車は20万円弱だったと記憶しています。また、客車も売りに出されました。こちらは300万ほどだったでしょうか。もう少し安かったかもしれません。土地と資金があれば20系寝台など庭に置いておけばいつでも旅の気分を味わうことができたかもしれません。

倉庫と化した貨車は今でもあちこちでその姿を見ることができます。この真っ赤なワムハチもその中の1両。

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2010年12月 7日 (火)

1000円高速に思う

民主党では自民党が始めた高速利用料金土・日普通車上限1000円を来年度以降も継続するという案が浮上という報道がありました。曜日を特定しない上限2000円案を実施ということでしたが、土・日に限っては事実上の値上げになるので利用者の理解が得られないのではというのが理由のようです。

どうも日本をどうしようということより党の人気取りのために国民のご機嫌取りに終始しているように思えます。事実、外交や経済政策など確たる軸がなく右往左往しているように思えてなりません。

高速道路会社の努力により上限1000円を実施するのならばまだしも、私たちの税金補填により実施しているのですから、他の交通機関との兼ね合いから考えても著しく公平を欠く稚拙な政策と言わざるを得ません。実際、ぎりぎりの収支で運行してきていたフェリーや高速バスなどが撤退に追い込まれたり、渋滞の多発による遅延が起こったりしています。

高速道路利用に関しては受益者負担が原則だと思います。もちろん今までの高速道利用料金が適正なものだとは思えません。もう少しコストを抑え、利用しやすい料金体系にすべきだとは思っていました。しかし、税金を投入しての無料とか上限1000円というのは行き過ぎです。もしこれが高速道路会社の経営戦略として出され、高速道路会社の収支の中で行われる案ならば何の文句もありません。むしろ歓迎すべきことだと思います。

しかし、政府主導で行われる今回の政策は、公共交通機関への影響など総合的に判断して、どれだけの費用対効果が期待できるというのでしょう。今回の土・日の上限1000円案が浮上した理由の、実質上の値上げで国民の理解を…云々にはこれが国の舵取りをするエリートの考えることかと驚くとともに、党の本音が見え隠れしているようで情けなく思えました。

飛行機や鉄道を使って家族で旅行するとなると大きな出費を伴います。よほどお金に余裕がなければ距離が遠くても車での移動を選択せざるを得ません。正規の高速道路料金を支払ってもこちらの方が安上がりです。

急速に少子高齢化が進む中、国として子どもを育てやすい環境を整えていくことが急務です。子ども手当など取り組んではいますが、環境問題と合わせて考えると家族での移動手段として公共の交通機関の利用を促進することも国として正しい方向性だと思います。高速道路に大量の税金を注ぎ込む前に鉄道や航空機・バスを家族でする場合の家族割引切符などの財源として使った方がよほどましです。

次世代の国民を育てているのは各家庭です。価値観の多様化や不況により家族を持たない、または子供をもうけない夫婦も増えてきています。子どもを育てるのは喜びも大きいのですが、その一方で経済的な負担は家計を圧迫します。子どもを育てるのが当たり前の時代から個人の自由意思による選択の時代に入っています。独身貴族で海外旅行をするなど悠々自適な生活を謳歌している人たちもいます。それはそれでよいのです。しかし、社会の構成員である者の責任として持続可能な社会を構築するためには命をつないでいくことは大前提です。私たち一人一人もそうやって営々と続いてきた命のバトンタッチの一番先の位置にいるわけです。

命をつなぎ、命を育て、次の社会の構成員として送り出す家庭は国としてもっと大切にする必要があります。

環境に優しい社会のインフラとしての公共交通機関を育て、次代を担う構成員を育てる家庭を支援するためにも、今のような税金の使い方はしてほしくありません。

JR九州では、土・日上限1000円高速への対策として「ゲキ☆ヤス土日乗り放題切符」を発売しています。連続する土・日の2日間有効で大人10000円。そしてこの切符のポイントは大人とのセット販売で子どもが1000円ということ。大人一人で子ども3人まで購入可能です。これで九州内のJR線は特急はもとより新幹線の自由席など全列車乗り降り自由です。これならば家族での思い出づくりに、また里帰りなどに列車を気軽に利用できます。レンタカーや宿泊施設とのタイアップも行っており、たいへん魅力的です。

このような切符は新たな需要を開拓し、利用者増につながることと思います。フェリーや航空機でも同様な家族割引切符が出されるようになれば観光業界の活性化等、日本経済にとってもプラスになると思えます。

しかし、残念なことですがこの切符は12月19日をもっ終了。

土・日上限千円を継続したり平日上限2千円を行う財源があるのであれば、日本の将来を考えた公共交通機関の家族割引等に回してもらった方が費用対効果は大きいと思います。

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2010年12月 6日 (月)

低床電車ユートラムⅠ全面広告解禁

今朝の新聞に鹿児島市電の低床電車1000形の全面広告を解禁したという記事が載っていました。愛称ユートラムⅠ。これまで低床電車以外の車両については全面広告を実施し、賑やかな様相を呈していました。しかし、最近は交通局オリジナルの電車が増え、これはこれでファンとしては嬉しいことなのですが、広告収入の減少は交通局の経営にとって大きな痛手となっていました。

不況は町をゆく電車の姿も変えていました。そこで少しでも収入増につながればという期待を込めて、全面広告解禁となったようです。

写真を見ると1015のようです。黄色を基調とした塗色を見慣れた目には、新鮮に映ります。全面広告とはいえ、けばけばしくうるさいデザインではなく、電車のデザインを考慮した好ましいものです。白とブルーの直線的な塗り分けはさわやかで、センスの良さを感じます。全面広告電車というより塗色の衣替えといった方がよさそうな仕様です。

塗色の違いでこれまでの1000形とはその印象がずいぶん異なりますので、広告丸出しの広告電車より返って目立ちそうです。ちなみに1年間の広告料は341万1千円。これまでの制限付きの広告料は176万4千円。新しい低床電車7000形は対象外です。

交通局では次の広告主が現れるのを待っているとのことです。第1号に続いてセンスのある広告電車の登場が待たれます。

写真はオリジナル塗装のユートラムⅠ。鹿児島駅での撮影です。

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もう一つ、新聞の記事で列車が空転して75分の遅れというものがありました。日豊線の北俣・大隅大川原間でした。宮崎発鹿児島中央行きの6753Dのようです。早朝の列車ですが、この列車の前に6927M(普通)と6001M(特急)が同区間を同方向へ通過しています。空転の原因は朝露と落葉のようです。M車全軸駆動の電車は難なく通過しても、4軸中1軸駆動のキハ40系は粘着力が弱く、空転したものと思われます。キハ40系の中には粘着力を高めるために2軸駆動に改造された車両もあると雑誌で読んだ覚えがあります。

写真は北俣・大隅大川原間に続く大隅大川原・北永野田間の勾配区間をあえぎながら登る朝のキハです。

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2010年12月 5日 (日)

寄り道写真

今日は町の文化祭。よって鉄分なしの一日。

文化祭に出向く途中、ちょっと寄り道をして風景を撮ってみました。昨日撮影したとき露出設定でマイナス補正していたのに気づかずに撮ってしまいました。これはよくやる失敗。その都度元に戻すことと撮影する前に仕業前点検のごとくひとつひとつ確認することを徹底しなければ大事なときにミスをしそうです。

プラス補正だとデータが飛んで救えない場合がありますが、マイナス補正だったので何とかなりました。RAWデータで撮影していましたのでニコンキャプチャーNXで現像処理をして見たときのイメージに近づけました。

遠くに見えるちょっとでこぼこした高い山が金峰山。その左側は吹上、日置方面です。南薩線が走っていたところですね。金峰山のちょっと左側に雲のようなものが少し立ち上がっているのが見えるでしょうか。桜島の噴煙です。空気が澄んだ日に噴火するとここからもよく見えるのです。場所によっては金峰山の山頂から煙りが上がっているように見えます。

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帰りに同じところを通ってみました。潮汐の違い、太陽の位置の違い、風による波立ちなどにより、写真を撮ろうと思うような光景ではなくなっていました。

もう一枚の写真は、同じ場所からたまたま飛んできた鳥を入れて望遠で撮ってみました。トリミングしてあります。

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2010年12月 4日 (土)

ポンパ号

NEKO発行の「わが国鉄時代」も今回で5冊目。投稿画像をもとにした構成はファン目線での写真や記述が楽しく、毎回楽しみにしています。今回の表紙は絵に描いたような昭和の風景。よくぞこのような光景をフィルムに残していたものです。遠い日の記憶を蘇らせるに十分な力があります。

ページをめくっていくと「ポンパ号」のコラムがありました。これによると当時国鉄が大々的に行っていたディスカバージャパンキャンペーンの目玉として運転されたとのこと。タイアップした日立のテレビ「キドカラー」のキャッチフレーズである「ポンパ」をそのまま列車名に。当時のテレビはスイッチを押してもなかなか画像が出てきませんでした。日立の「ポンパ」はスイッチを「ポン」と押すと「パッ」とつくという意味を表しています。余談ですが「キドカラー」キャンペーンは飛行船でも行われていました。大きくキドカラーと書かれた飛行船が鹿児島市内にもやってきて教室の窓からみんなで見上げたものです。これが私にとって初めての飛行船目撃でした。インパクトは十分、今でも飛行船と「キドカラー」の名は鮮明に記憶の中にあります。

話をポンパ号に戻します。ポンパ号は鹿児島にもやってきました。コラムによると大分にやってきたのが昭和45年といいますから鹿児島も同じ昭和45年だと思われます。ポンパ号はC1191を先頭にオハ60系客車を5両つないだ列車。外装はどこかの保育園の遊具かと思わせるような派手なもの。中の座席は取り払われ、いろいろな展示がなされていました。C11は無火で移動は他の機関車に頼らなければなりませんでした。

鹿児島での展示は鹿児島駅で行われました。どのホームに据え付けられていたのか記憶がないのですが、駅本屋から見るとホームに対して左側に停車していたようにも思います。しかし、これも今となっては定かではありません。鉄道少年にとっては非日常の鉄道ビッグイベントで一人で自転車をこいで2日続けて行きました。入場記念にポンパ号のイラスト入りの下敷きをもらうことができました。ポンパ号を真横から編成順にイラスト化したもので、大変美しい仕上がり。これが欲しくて2日目も行ったように思います。

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2010年12月 3日 (金)

定置網

この地域の漁業の話を聞く機会がありました。お話をされた方は定置網を主にされているとのことで、定置網についていろいろ語ってくださいました。

定置網にはいろいろな海の生き物が入ってくるとのことで、ウミガメ、マンボウ、ジンベイザメなど水族館ではおなじみの生き物も入ることがあるのだそうです。鹿児島水族館のジンベイザメ「ゆうゆう」もここから運ばれています。また、北は北海道から南は沖縄まで、日本各地の水族館にいろいろな海の生き物を提供しているということでした。

また時にはミンククジラやザトウクジラも入ってくるそうです。通常クジラの捕獲はできませんが、定置網に入ったクジラは例外。外へ出すのは危険を伴うため、捕獲してもいいことになっているそうです。

沖縄近海でとれていた魚が、今普通にこの海域でとれるそうで、温暖化の影響が海の生き物の生態にも現れてきているとのこと。

写真は定置網が行われている海域。もう一枚はその海を望む斜面の小さな集落風景です。

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2010年12月 2日 (木)

朝焼け・コウノトリ

九州新幹線鹿児島ルート全線開業まで100日だそうです。新聞でもテレビニュースでも盛んに取り上げていました。鹿児島にとって交通地図が塗り替えられる歴史的なことです。長らく新幹線は都会の乗り物であり、こんな田舎とは縁のないものだと思っていただけに、長く生きているといろいろなことが起こるものです。祖母や祖父は天から驚きをもって見ているに違いありません。

朝、外を見てみると綺麗な空が広がっていました。三日月と輝く惑星が凛として幻想的です。思わずカメラを取り出して手持ちで撮ってみました。ISO1000に設定しマイナス1段補正しています。

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この写真を撮ったすぐ横に当たるのですが、午前中コウノトリを見ることができました。水辺にいる姿や飛んでいる姿はこれまでに何回と見ています。今回は、風見鶏のように電柱の先にとまっていました。近づきながら何枚か写真に納めました。

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2010年12月 1日 (水)

検索ワード

早いもので今日から12月。2010年も残すところあと1ヶ月です。

先月は、何とか頑張ってブログのお休みゼロ。日記代わりに気軽に書き込んでいるブログですが、立ち寄ってくださる方がいらっしゃるのは継続する大きな励みになります。

ブログの管理機能にはいろいろあって楽しめます。直接訪れてくださる有り難い方もいらっしゃいます。また、検索ワードでヒットして立ち寄ってくださる方もいらっしゃいます。そんなことが「生ログ」という項を選択すると調べることができます。

検索ワードで意外と多いのが「摂津鉄道」。坂本衛氏が機芸出版社のレイアウトモデリングに製作記を載せている純日本型レイアウト。そのことを取り上げたことがありました。そのページにヒットするのです。訪れてみて内容にがっかりされているだろうと申し訳なくも思っています。

おもしろいところでは「鉄道模型 ガニマタ」。16番の鉄道模型が国鉄の1067㎜ゲージの場合、実際より軌間が広くなりガニマタになることを書きました。そのページへのヒットです。おもしろいことを検索される方がいらっしゃるものです。

その他最近の検索ワードを拾ってみると「夜・電車・レール」「紙吹雪」「霧島神宮・撮影地」「第八櫻島丸船内」「800系・新大阪乗り入れ」「平川動物公園」「天賞堂・C5557」「鹿児島・バス広告」「キハ181」等々、実に様々。

それにしても、ブログに書き込んだ言葉へ検索ワードでどんどんヒットしてくる検索エンジンのすごさに驚いてしまいます。

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