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2011年1月28日 (金)

最後の485系にも影響

寒さが続くせいか、最近鉄道模型の部品付けやインレタ貼付が滞ったまま。来週にはこの寒さが和らぐと予報が出ていますから、作業をする気持ちになってくるかもしれません。

先日、近くの海岸に新たに3頭のマッコウクジラが打ち上げられました。これで最近になって5頭が打ち上げられたことになります。浅瀬が続く場所ですので、一旦迷い込んでしまうと座礁して動けなくなるのでしょうか。

新燃岳の火山活動は198年ぶりのマグマ噴火だということです。連日報道される内容を見ていると状況は深刻になってきているようです。日豊線の国分・田野間は他のローカル線とともに運転見合わせが続いています。最後の活躍をする485系も同区間を走行することができません。同区間で撮影予定だったファンも多いはず。いつになったら運転再開となるのでしょうか。写真は田野・門石信号場間を行く485系。ずいぶん前の撮影。

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鉄道」カテゴリの記事

コメント

 引き続いての鯨漂着、鳥インフルエンザや噴火騒動で、全国ニュースも取り上げられていないように思いますが…。
私の年代では、鯨は貴重なタンパク源として、食生活に欠かせぬ存在でした。
確かに、相当な数の鯨を捕獲していた時代もあったと思いますが、ほぼ全ての部位を有効活用していたように記憶しています。
 諸外国の一部には、動物愛護精神そのものは結構なれど、自分たちの価値観を押し付ける強硬派が存在し、調査捕鯨にさえも、執拗な妨害行為を加えている現状には、何か違和感を覚えます。
漂着した鯨は、そもそも生命力が弱いが故に打ち上げられたものですから、沖へ無理やり押し返しても、果たして元気になるかは未知数です。
捕獲するよりも、打ち上げられた鯨を有効活用する方が、全てにおいて合理的だと思うのでが、国内でも、妙な動物愛護の風潮が蔓延しているのか、はたまたメディアの過剰報道の仕業か、誰もそれを「食そう、否、有効活用しよう!」という発想(行動)にならないのが残念です。
多分、吹上の浜界隈に住んでいる人々からすれば、天からの授かり物という感覚もあると思いますが、最近は、メディアが直ぐ騒ぎますから、「如何ともし難い…」という状態なのかもと、遠隔の地から「歯がゆい思いで」想像しています。

 噴火活動、心配していますが、歴史的に見れば、200年近いスパンなんですね。
西郷さん、坂本竜馬、少し前の篤姫、吉利が縁の小松帯刀などが生きた時代よりも、さらに昔という状況は、私も含め、大多数の人は実感できないだろうと思います。
 先の大戦末期、本土決戦が叫ばれ、吹上浜や、志布志湾付近に、米軍が上陸作戦を仕掛けてこようとしたこと、南鉄沿線にあった飛行場から、多くの若者たちが、還らぬ旅に出たことはおろか、南鉄自体が存在していたことも、半分以上忘れ去られている現状には、何とも言えない「やるせなさ」を感じざるを得ません。

投稿: hvcc | 2011年1月29日 (土) 18時54分

子どもの頃は鯨肉が給食に出たり田舎店に鯨肉の缶詰が並んでいたりするものでした。捕鯨が禁止されてからもうどれくらい経つのでしょう。日本の食文化からすっかり忘れ去られてしまったようです。今回のクジラ打ち上げ騒動でも肉の話はあまり聞こえてきません。クジラを食べるという行為が人々の意識の中からなくなってきているのかもしれません。以前、多くのクジラが生きたまま打ち上げられたときには、沖へ返すことを基本に行政も動きました。結果的に多くのクジラはその場で息絶えてしまうのですが、その献身的な姿や堤防から祈るように作業を見守る近くの学校の小学生の姿が全国的に報道され、それは食というより命に主眼をおいての報道になっていました。そんな経緯もあってか、こちらの人は新たなクジラ打ち上げに際してもそのことが頭から離れないのかもしれません。

投稿: Nakachan | 2011年1月31日 (月) 18時43分

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