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2011年2月

2011年2月28日 (月)

静かな対話

最近はまとまった時間が取れないので鉄道の走行写真を撮る機会がほとんどなくなってしまいました。その分、身近となった南薩線の遺構を訪ねる機会が増えたことはよかったのかもしれません。遠い過去に確かに存在した鉄道の痕跡にふれることは、これはこれで味わい深いものです。人間とは勝手なものでそこに現として存在しているものより、想像力を要するものの方に魅力を感じてしまうものです。女性も片思いで心の中で想っている方がより美しく輝きます。南薩線の遺構も保存車両も当時を想像しながらあれこれ自分なりの解釈を加えて見つめるとそこに静かな対話が生まれます。

そんな対話をしているとうち捨てられた悲哀と相まって得もいえぬ表情が見えてきます。そんな表情をカメラに納めるのも最近の楽しみになってきました。

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2011年2月27日 (日)

駅前商店外板更新

三寒四温を繰り返しながら確実に春本番に向かっているようです。先日はウグイスの初鳴きを聞き、モンシロチョウの飛翔も確認できました。今日は午後から雨となり、道路に飛び出してくるカエルたちを踏んづけないように車を走らせるのに苦労しました。

鉄道誌を見ていましたら鹿児島総合車両所が総合車両所としての機能を終えたことが載っていました。全般検査や車両製作などは小倉工場に集約され、業務が大幅に縮小して車両修繕などが主な仕事になるとのことです。また、485系の後継となる787系などの特急形電車は鹿児島には配置されず、大分からの送り込み運用となる模様で、車両所としては重ねて寂しくなることになりました。

かつての南薩線吉利駅前で営業を続ける駅前商店。木造2階建て、店の部分と母屋の部分が分離した趣のある姿をしています。このほど外板の更新工事がなされたようです。ブリキ板などではなくきちんと他の部分と同じ素材で補修されたのは嬉しいことです。一方、永吉駅前の商店は営業をやめ、店舗部分は住宅として改装されたことはご存じの通りです。このたびの永吉駅跡の整備事業で駅前商店の前にあった駅前広場は新しいアスファルトで固められ、数台分の駐車スペースのラインが既に入れられています。

写真は吉利駅前商店のビフォー、アフター。

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2011年2月26日 (土)

経年の魅力

地元バス会社の高速バス横転には驚きました。しかも運転妨害による事件だとは。加害者の背景にどのようなことがあったのかは、これから明らかにされると思いますが、信じがたい行為であるとともに許せないことです。乗客や乗務員が軽傷で済んだのは不幸中の幸いというものの、心のケアが大切だと思います。このような衝撃的な事件はトラウマとしていつまでも心のどこかに重く残ってしまうものです。

今回事件に巻き込まれた車両は今年になって活躍を始めたばかりの新車。再起できるのかは分かりませんが、この世に生を受けた“もの”には様々な人たちの思いが込められています。ものを大切にすることはひいては人を大切にすることにもつながってくると思います。人間の愚かな行為が、人や物を破壊していくことに何ともやりきれない思いになります。

最近、鉄道車両を見るときに、経年の味わいに注目するようになりました。人間は年を重ねるほどに深みが増し、その深みが内側から感じられるようになります。残念ながらそうでない人もいるのですが…。鉄道車両についても、長年使い込まれている故に醸し出されるオーラのようなものがあるように思います。これは鉄道車両に限らず、すべてのものに言えることで、ものが単なるものでなくなるのはそこに人間が関わり、日々の営みが凝縮されていくからなのだと思います。そういう意味では使えば使うほどものはものとしての価値が高みに達していくのだと思います。

最近の鉄道車両の設計思想は、製造コストを抑えた上でメンテナンスフリーにしてできるだけ手のかからないものにし、その分耐用年数を減じて、次世代の車両に更新していこうというもの。現代的だと思います。これだけ技術革新のサイクルが早くなれば、新しくても技術的にはどんどん古くなっていきます。言葉は悪いですが、使い捨ての時代は一層進んできているような気がします。リサイクルが進んでいるのがせめてもの救いです。

明治から始まった日本の鉄道。これだけの歴史があればあちこちに経年の重みを感じるものが溢れています。これが鉄道の魅力の一つなんだなあと最近改めて思います。

写真は日豊線南宮崎・鹿児島間が電化されたときに投入されたED76の最終ロットの車両。今なお現役で頑張っています。この車体に刻まれた経年の証を観察するのが一つの楽しみになってきました。弊鉄道に在籍するED76にもこんな表情が再現できたらいいなあと思っています。

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2011年2月25日 (金)

生きている地球

ニュージーランドの大地震に胸が痛みます。生きている地球上に住む以上、どこかで不運な運命に遭う可能性があります。厳しい運命ですが受け入れざるを得ないところが人間の弱さ。今回、多くの留学生が行方不明になっている建物に十分な耐震対策がなされていたらと悔やまれます。親族を始め関係する方々の胸の内は察するにあまりがあります。伝えられるところによると高い志を持った方ばかり…。余計に無念さが伝わり、何故こんな方々にかくも過酷な運命を与えなさったのだろうかと…。

薩摩半島南部にある野間半島を巡ったとき、露出したがけが目に入り、行き過ぎた車をバックさせ観察してみました。いくつにも重なった層が傾き、さらに押しつぶされたように曲がっています。いわゆる褶曲です。こんな光景を目の当たりにすると生きている地球の営みが実感として伝わってきます。

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2011年2月24日 (木)

歩くこと

朝、職場へは徒歩で向かいます。近い距離ですがさわやかな空気を味わいながらこの間に仕事モードへのスイッチが入ります。人間不思議なもので歩いているといろいろなことを考えます。「人間は考える葦である」と哲学者は言いましたが、「足は考える人間である」という表現もあながち外れてはいないように思います。

最近、しっかり歩く機会がなくなりました。これは思考力の低下にもつながりそうですので、暖かくなったのをいい機会にまた歩く努力をしてみたいと思います。

写真は鹿児島駅の様子。かつてヤードがあった部分は市営バスの駐車場に。西郷隆盛が最期の時を迎えた城山に夕日が沈みます。

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2011年2月23日 (水)

枕木

かめまる館近くの築堤の下に枕木が転がっているのを見つけました。保存状態?は上々のようです。整備に伴い廃棄物として撤去される運命にあるのではないかと思います。このような生々しい遺物についてはうまい方法で展示すれば「ほう」と言いながら見入る人たちも多いのではないでしょうか。

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2011年2月22日 (火)

観光列車に期待

今日は、キハ47改造の観光特急「指宿のたまて箱」が鹿児島入りしたとラジオで聞きました。今朝の新聞にも同車をはじめ、九州各地で活躍する観光列車に、今後続々と登場予定の観光列車が紹介されていました。国鉄末期にジョイフルトレインと称してサザンクロス号などいろいろなイベント列車が九州でも登場しました。その再来のような様相を呈してきました。記事には列車自体が資源という見方が記されていました。まったく同感です。鉄道旅の味わいには他の交通機関では得られないものがあります。そのよさを積極的にアピールすれば需要はいくらでもあると思います。豪華寝台列車クルーズトレイン(仮称)の設定金額に目を疑いましたが、1編成の定員が30名程度という思い切った豪華仕様にJR九州の意気込みが感じられました。日本の富裕層はもとよりアジアの富裕層も視野に入れているのだろうと思っていましたら、記事にもそのように記されていました。豪華客船での旅を楽しむことができる層の人たちには安いものなのでしょう。このような豪華列車の運転は、鉄道そのものの魅力の底上げにも大いに貢献するものと思われます。

写真は九州の魅力の一つである石橋。九州各地に味わいのある石橋が点在しています。河川改修や洪水等で姿を消す石橋には心を痛めますが、まだまだ多くの石橋が残っています。そんな九州の魅力を多くの人たちに味わって欲しいと思います。

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2011年2月21日 (月)

永吉駅跡の整備状況

三寒四温といいますが、昨日に比べると今日はまた温かくなりました。夜になっても暖房不要です。梅の花も季節の到来を知り、あちこちで楚々とした姿を見せ、私たちの目を楽しませてくれます。

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今日は仕事を終え、その後地域の専門部の会がありました。1時間もしないうちに終わりましたので、帰宅後14系15形の作業の続きをしました。今日は、号車番号の貼付。1号車から7号車まで合計28枚を切り出して貼り付けました。

写真は永吉駅整備の様子。ホーム跡をメインのモニュメントとして公園化が進んでいます。どうも素顔の南薩線に厚化粧を施しているようで、むずがゆい思いもします。どこにでもある標準化した公園になろうとしています。

永吉駅の歴史やかつての情景写真、構内配線図などの資料も案内板で展示されるとその価値がぐっと増すと思うのですが、どうのなのでしょうか。もし、何の説明もなく単なる自転車道のターミナルとしての整備であるのなら文化的な見地から近代化遺産に対する理解のなさの表れであるといわざると得ません。今後の工事の進捗に注目したいと思います。

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2011年2月20日 (日)

かめまる館の整備工事

今日は地元の一番標高の高い山にある神社での大祭。麓の気温はそれほどでもありませんでしたが、山の上はさすがに寒く足の先からじんじんと寒さが染みてきました。10時から始まった神事は厳かに進み、奉納舞いや奉納太鼓など見応えがありました。夕方は神社のある麓の集落で代々伝わるというお呼ばれに預かってきました。数軒の家でお参りをした人たちを迎えて、そばなどを振る舞うのだそうです。築100年を超えるお宅で、子どもの頃何度も訪ねた祖父母の家を思い出すような古い建物。これだけでも訪問した価値大いにありでした。

神社の大祭とお呼ばれの間に時間ができましたので、14系15形の残りの車両に方向幕を取り付けました。前回はランナーから切り取った後にシールを添付しましたが、今回はランナーから切り取る前に添付しました。こちらの方が作業効率が格段に上がりました。

昨日訪れたかめまる館の工事についてその概要について表示がなされていましたので写真に撮ってきました。マーカーで色を付けられた部分が今回の工事がなされるところです。海側にある駐車場への取り付け道路設置のために築堤が一部切り取られることが分かります。既に工事用の杭が打ち込まれています。

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2011年2月19日 (土)

南薩鉄道復活?

伊集院方面に用事があったので車を走らせました。途中、永吉駅跡に寄ってみました。南薩線掲示板でおなじみのHVCCさんが先日の訪問時に工事をしている旨、記されていたのが気になったからです。行ってみて驚きました。永吉駅跡地全面に渡って工事がなされています。最近、南薩線跡に並行する国道に「永吉駅跡」という立派な案内板が上下線別に2基設置されました。自転車道の入り口案内が主目的のものです。その中に「P」という表示があり、こちらも気になっていました。もともと駐車場はなかったからです。

観察した工事の概要です。

①道路側に駐車スペースの確保②自転車道側に駐輪スペースの確保③東屋設置④広い敷地の全面芝化⑤駐車スペースから自転車道の間はタイル張りもしくは石板張り⑥ホーム両端のスロープに階段設置⑦ホーム上面のタイル張りもしくは石板張り⑧駅名標設置

ここへきてこれだけの整備をすることに驚きました。事業主体がどこなのか見るのをうっかりしていましたが、姿を現した駅名標に鹿児島県の表示がありますので、県の事業なのかもしれません。整備され生まれ変わる永吉駅跡。一方で当時の面影が消えるという寂しさも感じました。

ここで吉利駅のことが気になりました。国道にまったく同じ案内板が設置されています。もちろん「P」マークも。今日現在、手つかずの状態でしたが、こちらも同様の整備がなされるのかもしれません。

また、永吉・吉利間にある橋脚群。ここでも既存のかめまる館整備のため工事が進行中。自転車道化を免れたわずかな区間の築堤が欠き取られる計画のようです。

写真は最近ホーム上に設置された駅名標。まるで南薩線が再び運行を始めるような雰囲気です。当時のものを復元する形で作製されたならなおよかったなと思います。また追って様子を撮影した写真をアップいたします。

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2011年2月18日 (金)

山の神社

今日は朝から終日座学の日。午前中は良かったのですが、昼食を済ませた午後は少々忍耐のいる時間となりました。目を通した資料の中に「JR加世田駅」の文字が…。何これ?廃止から四半世紀以上経ち、鹿児島交通線が私鉄ではなくJRの路線であったと勘違いしている人が記してしまったようです。これには驚いてしまいましたが、歴史の風化の現実に少々ショックを受けてしまいました。

座学終了後、日曜日に大祭が行われる神社の下見に行ってきました。山にある神社でかつては山頂に建立されていたようです。度重なる台風による倒壊で現在地に移転したとのことですが、いつ頃移ってきたのかは不明と案内板に記されていました。

麓から山道を延々と登りやっとたどり着きました。車一台が通るのがやっとの道で離合困難。当日は複数ある山道を利用して登りと下りの一方通行の措置がとられると無線放送で伝えられていました。

たどり着いた神社は思いの外境内が広く、立派なものでした。人々の信仰の深さが伝わってきます。苔むした石段に神社の歴史を思うことでした。

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2011年2月17日 (木)

方向幕取り付け

三菱自動車からプラグインハイブリッド車の市場投入が発表されました。中型SUVのアウトランダーをベースに作られるといいます。充電した電力で走り、エンジンで発電した電力がサポートします。これまでのハイブリッド車と違うのはエンジンで直接駆動するのではなく、すべてモーターを使う点。これは古くはDF50、そして最新の機関車としてはDF200と同じような駆動方式です。これには食指が動きますね。VVVFのような音がすれば鉄御用達の車となるのでは。

1リッター当たりの燃費は50キロ。これまでのハイブリッド車を大きく上回ります。価格は350万円前後と新機軸にしては低く抑えられています。発売は2012年度ということです。

今日は夜、会があり、いったん帰宅して14系15形の作業を小一時間進めました。扉上の「B寝台」表示の取付と「方向幕」の取付をしました。方向幕は「明星」の行き先である新大阪と西鹿児島のうち、地元と言うことで西鹿児島を選びました。シートから切り出し、その四隅をわずかにカットして枠にフィットするようにします。スハネフ15 2両に取り付け、今日の作業は終了としました。

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2011年2月16日 (水)

トレインマーク取付

今日もあまり代わり映えしない一日。仕事を終え、食材を求めて車を走らせます。割と品が豊富な店まで往復の距離20キロ超。それでもビールの友の枝豆が冷凍食品のコーナーに見あたりません。何故?柿ピーを買おうと探しましたがこれも類似品はありますがお目当ての品はなし。地方の悲哀を感じながら帰ってきました。

気を取り直して、食事前に鉄道模型の作業を進めることにします。最後に残ったオハネ15にインレタを添付し、スハネフ15に「明星」のトレインマークを取り付けました。ホースはまだ取り付けていません。

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2011年2月15日 (火)

クヌギ林

所用で車を走らせていましたら見事なクヌギ林に出会いました。高校の演習林のようです。今は葉を落とし寒々として風景です。夏になるとカブトやクワガタが集まりそう。

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2011年2月14日 (月)

新幹線も魅力ですがこちらも

今日の仕事が終わろうとした時間に新たな問題が発生。その処理のために帰宅は22時頃となってしまいました。もちろん夕食はまだ。波乱の週明けです。

九州新幹線鹿児島ルート全線開業で新大阪までの直通列車が運転され関西がぐっと近くなります。その時短効果は魅力的です。その一方で高速バスにも注目。鹿児島にある地方の小さなバス会社が昨年辺りから地元である南九州市から大阪までの高速バスを運行しています。途中、鹿児島中央駅で小一時間の小休止をして大阪へ向かいます。鹿児島中央駅から大阪までの料金は片道9800円。新幹線全線開業に対抗して、さらに予約状況に応じて片道5800円という破格の料金設定を打ってきました。かつての寝台列車のごとく夜中の寝ている時間の移動ですから時間が最大に有効活用できます。プランの中には往復乗車券+1泊宿泊で19800円というものもあります。これは朝到着してすぐにチェックインできるという特典付き。これだと大阪へ着き、そのままホテルの部屋に荷物を置き、まるまる2日間楽しんで再び夜行で帰ってくるいう時間のフル有効活用が低コストで実現できます。

新幹線も魅力ですが、この時間の使い方、そして料金。十分に新幹線に対抗できる内容だと思います。もちろんバスは最新型のゆったり3列シート車です。

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2011年2月13日 (日)

金属インレタに不具合

この連休中、一日ぐらいは鉄道に乗ってどこか出かけようかと思っていましたが、どうも神様が許してくださらなかったようで体調が今ひとつでした。今日は完全復調したものの大事をとって静かに過ごすことにしました。

トミックスの16番14系15形のインレタ添付を進めることにしました。スハネフ15に金属インレタを転写したところ、シートをはぐと転写したはずのインレタが一緒にくっついてきます。こすりつけが足りなかったかともう一回念入りにこすりましたが、結果は同じでした。1枚目を断念し、もう一枚チャレンジ。結果は同じ。車体の塗膜の問題で剥離するのかと思い、試しにキハ181系の金属インレタを貼り付けたところ、何の問題もありません。これでインレタの問題であることが明らかになりました。

インレタは長期保存には向かないと説明書にも記載されています。しかし、14系15形よりずっと前に製品化されたキハ181系のインレタ添付をつい先日行った際には問題はありませんでした。これまでの金属インレタがインレタ自体に厚みがあり、まさに金属そのものといった感があったのですが、14系15形のものは厚みがなく金属シートのようなつくりです。保存状態はキハ181系とまったく同じですので、14系15形の粘着材に何らかの問題があるのかもしれません。

とりあえずトミックスの通販で同じインレタシートを注文しました。最悪の場合は24系のメタルシートを使い、文字を拾いながら14系15形のナンバーをつくるしかありません。

金属インレタ以外の作業を進め、5両の作業が新たに終わりました。

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2011年2月12日 (土)

全線開業まで1ヶ月

九州新幹線鹿児島ルート全線開業までちょうど1ヶ月となり、開業日の指定券の発売があったと報じていました。いよいよですね。お目当ての指定券を手に入れることができた人は開業日が待ち遠しいことでしょう。

今日はエコノミクス甲子園の全国大会が六本木で行われました。全国から集まった24チームで優勝を競い合います。ユーストリームで生中継をしていましたので、開会から閉会までずっと見てみました。

前日に筆記が行われ、その後6チームずつ4班に分かれて与えられたテーマに沿ったプレゼン作成。ほとんど寝ていないチームもあったようです。

経済に特化した問題は難問揃い。見ているこちらはちんぷんかんぷんです。前日から始まったハードな日程と多様な問題をクリアして優勝したのは灘高チーム。実力の違いは他を圧倒していたように思います。

皆様のおかげでこの大会に息子が参加することができ、いい体験と勉強をすることができました。次男と長女も会場で観戦しました。こちらもいい刺激になったのではないかと思います。1票を投じてくださった方々、どうもありがとうございました。

写真は先日鹿児島貨物ターミナルでEF81を撮ったときに鹿児島駅に入ってきた485系です。九州新幹線開業まで1ヶ月ということは同時にこの車両たちの残りの活躍も1ヶ月ほどになったということになります。

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2011年2月11日 (金)

下り勾配票

金曜日の午後から体調下り勾配。仕事から帰り、夕食も作れずというか食べる気にもならず床の中へ。夜遅くにはだいぶ戻ったのですが、今日は朝から神社の神事に午後は講演会、その後御神酒開きで帰ってきたのは夕方6時頃。無理がたたったのか再び下り勾配。

山崎豊子さん原作の「沈まぬ太陽」が今日は放送されますので小さなワンセグの画面をのぞき込みながら鑑賞しました。原作本が出たときに読み、映画が封切りされたとき見に行き、日本航空関連の本もいくつか読んでいました。組織、とりわけ利権が絡んだ巨大組織が本来の目的を見失ったときの膿の大きさに驚くばかりです。

国見会長の役割を現在は京セラをすばらしい企業に築き上げた稲盛氏が担っています。ドン底からのスタートで成果が見えてくるのは並大抵のことではないと思います。いつしか成功物語として映画館でみることができるようなシナリオを期待しています。私の体調は下り勾配でしたが、稲盛氏の改革は登り勾配になりますように。

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2011年2月10日 (木)

専売公社引込線

夢幻鉄道様からのご質問に答える形で専売公社引込線の記憶をたどってみます。

西鹿児島を発車した鹿児島本線の列車がカーブで加速しながら大きくカントで車体を傾けながら迫ってくるポイント。弊HPから1枚写真を引っ張ってきました。久々にヘッドマークが復活した1984年頃です。この頃はまだ専用線の線路自体はあったように記憶しています。指宿枕崎線側の線路から分岐して写真を撮っているあたりに延びており、そのまま専売公社の敷地へ。1本でつながった引込線は門に入る前で分岐して敷地内は2本の引込になっていたと思います。使用廃止から長らくそのまま線路もポイントも敷かれたままになっていました。ここを渡るときは、大きくカントして傾いた踏切を渡り、さらに専用線の踏切を渡らなければなりませんでした。

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さて、この引込線の現役時代の様子はというと、西鹿児島駅から機関車に推進された有蓋貨車が貨車を先頭にゆっくりやってきました。入換のための要員が貨車に張り付き、緑色の旗を振っています。三角ポイントの踏切は、本線側にしか警報機がついていませんので、係員が立って通過するまで遮断することになります。私は、C57に推進されてきた列車をこの三角ポイントで見たことがあります。情報を持っていたわけではなく、毎日のように運転されている列車ではないと思いますので、運が良かったと思います。

写真がないので模型で心象風景をば。

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ワムを先頭に推進運転でやってきます。職員の方が何人か要所にしがみつき、旗を振ってやってきます。蒸気機関車全廃後はDF50が同じように推進運転しているのを見たことがあります。「すみません、貨物列車が通りますのでしばらくお待ちください」と踏切では通る人に声をかけています。手を伸ばせば届きそうなところを「たっとん、たっとん」と静かにワムが通り過ぎていきます。そして、いよいよ機関車の登場。

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石炭や蒸気の香りを漂わせながら静かに押し込んでいきます。これは踏切を通過しているイメージ。機関士さんや助手さんも目の前です。近づいてくる生きた蒸気機関車の迫力に圧倒されそうになります。

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機関車が自分のすぐ横に来ました。まさに門前の分岐器の上を通過し、門の中に入っていこうとしているところです。あの狭い空間でこのような贅沢な光景を見ることができたのですね。当時は、専売公社の前の引込線にはいつもワムが止まっていたように記憶しています。

写真がなく、あくまでも当時の記憶をたどりながら記述していますので、実際とは違った部分があるかもしれませんのでその際はご勘弁ください。

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2011年2月 9日 (水)

整列乗車に御協力ください

先日、鹿児島にやってきたEF81を撮ったとき、おもしろいものを見つけました。普通の人には何がおもしろいのか、こんなものをおもしろがる人の方がおもしろいと思われるかもしれませんが、ついカメラを向けてみたくなります。車を走らせながら、車窓から見えるものでおもしろいなと思うものがたくさんあり、つい車を止めて撮りたくなることもあります。しかし、そんなことをしているといつまでたっても目的地に着かないので、心の中でシャッターを切って通り過ぎることがしばしば。

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2011年2月 8日 (火)

14系15形への作業

高速道路の無料化区間がまた増えましたね。社会実験とのことですが、財源と収支、その効果について明確な数値を示してもらいたいと思います。

14系15形の作業の手始めとして、車両番号を転写する治具を作成しました。車体下端から3.2㎜の位置に転写とあります。以前治具を作成していましたが、反省点を生かし新たな治具を作りました。今回は、左右に3.2㎜のラインを示し、それに合わせてインレタを置けるようにしました。また、中心などの基準を書き入れ、窓下にセンタリングしやすいようにしてみました。

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今日の作業は、治具の作成のほか、車内へのはしごの設置。これはすべてたたんだ状態での設置にしました。その後、妻板へのインレタ添付。車体表記を添付することで俄然模型が生き生きとした表情を見せるようになります。エンド表記の①②はフックと雨といの間にインレタ表記ぎりぎりの隙間しかありませんので、ルーペを見ながらぎりぎりの切り出しが必要です。

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2011年2月 7日 (月)

天賞堂からカンタムサウンドキハ52

ネットを見ていましたらヨコハマ鉄道模型フェスタ2011の様子がアップされていました。その中に天賞堂のキハ52 0番台の試作品の画像がありました。プラ製なのはこれまでの同社の気動車と同じ仕様ですが、カンタムサウンド搭載とあります。実は、これまで弊ブログへアクセスしてくださる方の中に「天賞堂キハ52」で検索してたどり着いた方が多くいらっしゃったのです。何故だろうという疑問がこれで解けました。

同社のホームページでもまったくアナウンスされていない企画で寝耳に水。カンタムサウンド搭載車両となしの車両があるようです。マイクロエースからも同じキハ52 0番台が発売されます。マイクロエースの製品は当初の計画よりかなり発売が遅れる模様ですが、かち合うことになってしまいました。

天賞堂のスハ32系もアクラスとかち合い、カトーとトミックスも24系25形0番台でかち合い、トミックスが24系0番台の製品化に変更したといういきさつがあります。

メーカー同士、他社の動きには神経を使っているとは思いますが、最近このような同時期に同じ製品を企画してしまうことが重なっています。互いに事前調整ということもできないと思いますので、関係者の心労はいかばかりかと思います。

マイクロエースのキハ52の予約を考えていたのですが、またまた思案を要することになってしまいました。アイドリングしながら停車しているキハ52は酒の肴にももってこいのような気もしますし…。

さて、今日は帰宅後、模型いじりの基礎資料集めをしました。475系を考えていましたが、ブルトレの14系15形があることを思い出し、こちらから先に作業をすることにしました。

14系15形は1978(昭和53)年デビューの分散源現方式の車両で車体は同時期にデビューした集中電源方式の24系25形に準じています。新製後、63両すべてが早岐客貨車区に配置。新大阪・長崎・佐世保間の「あかつき」として活躍を始めます。その後向日町運転所に転属し、あかつきに加え、「明星」(新大阪・西鹿児島間)、「彗星」(新大阪・都城間)での運用にもつきます。JR化前後には一部の車両が再び九州に転じ「さくら」や「みずほ」として活躍することになります。

模型の設定は、鹿児島にゆかりのある列車として「明星」とすることにしました。この列車には乗車したことあります。年代は1984年頃。新大阪から西鹿児島行き「明星」と長崎行き「あかつき」が併結されていた頃の列車。「明星」が7両、「あかつき」が6両の合計13両編成。鳥栖・西鹿児島間で「明星」として単独運転していた区間を再現することに。ということで7両編成です。

向日町運転所所属の7両編成。同運転所にはオハネ15が42両、スハネフ15が21両の配置。すべて欠番なしの1番からの連番です。結局、早岐時代に「あかつき2号」として運転実績のある編成で組むことにしました。1号車からスハネフ15-21+オハネ15-31+オハネ15-32+オハネ15-35+オハネ15-22+オハネ15-25+オハネフ15-20です。

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2011年2月 6日 (日)

海辺にて

カンタム機を2両線路の上に載せて音を楽しんでみました。蒸機とディーゼル機から出るそれぞれの音が混ざり、活気のある機関区にいるような雰囲気です。これだと小さなセクションを作り、停車している音だけ楽しんでも十分いけそうです。

昨日、海に寄ってみました。すぐ近くは住宅街で近所の人たちが三々五々訪れ、散策を楽しんでいます。こんな海が近くにあったらいいですよね。えさを目の前でついばむ野鳥に興味津々。お母さんは携帯を取り出してパチリ。ここではそれぞれの人に長閑な時間が流れていました。

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2011年2月 5日 (土)

鹿児島にやってきたEF81304

次の週末の3連休で家族が東京に行きます。私だけ都合により留守番です。家内はガイドブックや地図を頼りに3日間の計画を立てています。今回は移動のための電車利用を妻が主体的にやらなければなりません。これまであまり関心がなかった都内の鉄道を路線図を見ながらどう利用するか意外とやる気満々で調べています。今日は、近くの書店から日本全国JR線や私鉄線乗りつぶしの白地図を買ってきました。これは鉄道趣味への目覚めかもしれません。少々肩身の狭い思いをしながらやってきた鉄道趣味、妻も鉄子さんになれば今後明るい展望が開けるかもしれません。とうにフルムーン利用の権利を得ている二人ですので、白地図持って旅行に出かける日がやってくるかも。

夕方鹿児島駅の近くを通ったので、鹿児島貨物ターミナルを覗いてみました。ひょっとしてEF81がいるのではないかと淡い期待を持ちながらでしたが、果たして期待のカマはいました。銀ガマのEF81304。関門間のEF30を置き換える目的で生を受けたEF81300番台が鹿児島へやってくるなんてついこの間まで考えられないことでした。

鉄道誌の情報によると九州生え抜きのED76の老朽化による置き換えをEH500投入で余剰となるEF81で行うとのこと。次第に鹿児島関係の運用もEF81に置き換えられるのかもしれません。ED76の最終ロットは昭和54年の日豊線南宮崎・鹿児島間電化のために増備された1015から1023までの9両。まだ新しいと思っていた76ですら既に車齢30年を超えています。ちなみに手前のカマはED761021。日豊線南宮崎・鹿児島間電化時の増備車で桜島の降灰対策で側窓が落とし込み式の窓から引き戸式に設計変更されています。Dsc_0132

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2011年2月 4日 (金)

立春

今日は立春。暦の上では春になりました。朝は冷え込み、霜で真っ白になっていましたが、日中は昨日と同じように、外へ出た方が心地よい日和になっていました。敷地内で春は見つからないかなと散策してみました。梅の木が何本かあります。よく見ると無数の小さな桃色の丸いつぼみが膨らんできていました。その中にいくつか開いているものを見つけました。暦の上だけではなく、自然界にもきちんと春は巡ってきていました。形といい、色といい見事だと思います。なんでも鑑定団の中村氏ではありませんが、自然界は“いい仕事してますねえ”。

帰宅後、キハ181系の作業の続きをしました。今日は時間があったのでキハ180とキサシ180の2両にインレタ等の貼付を行いました。キハ180はキハ180-34、キサシ180はキサシ180-8としました。まだ塗装をしてからと思い、取り付けていない部品もありますが、7両すべての車両に検査表記と車両番号が入りましたので、これでめでたく本線上の運転ができるようになりました。車両番号が入っていない車両は画竜点睛を欠き、身元不明車両として運転する気にならないのです。

今後は、キハ181系同様長いこと箱入り娘状態が続いていた475系に取りかかりたいと思っています。

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2011年2月 3日 (木)

積雪の不思議

今日は節分、暦の通り日中は春の訪れを感じさせる日和となりました。つい先日、雪が降ったのが嘘のようです。

今日も、仕事を終え、夕食までの間に鉄分補給となる模型の作業を行いました。先日に引き続きキハ181系の作業。2両目のキハ180にインレタ等の貼付作業を行いました。今回の車両はキハ180-33としています。見本となるキハ180が1両手元にありますので、インレタの位置決めがスムーズにいき、時間短縮することができました。

写真は先日の雪の様子。この山の向こう側は10センチ以上の積雪、しかし、手前側の当方はわずかな積雪。正月の積雪時には向こう側は20㎝ほど、こちらは積雪皆無。海に突き出た半島には雪は積もらないのでしょうか。とてもとても不思議な現象に驚きました。

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2011年2月 2日 (水)

光の柱

石油の値段が上がってきていますね。今日給油に行くと前回より2円高くなっていました。エジプトの政情不安など心配材料も多く、まだ上がるのかもしれません。

新燃岳の噴火は激しくなる一方で心配されます。見慣れた山の爆発的噴火に驚くとともに周辺地域の方々の生活への影響がとても心配です。霧島は桜島とは対照的に静かな山というイメージがあったのですが、今回の爆発で火山であることを再認識させられました。

先日、夕日が沈む直前、すうっと光の柱が立ちました。どのような現象なのでしょうか。

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2011年2月 1日 (火)

食事前に作業

今日は予報通り空気が若干温み、昼間の空気に心地よさを感じました。これまでの気温の厳しさ故に感じたことで、寒いことには変わりありません。しかし、もうすぐ節分、春はそこまで来ています。今年の冬は厳しかっただけに春のありがたさを余計に感じることができそうです。

今日は、仕事を終えて帰宅し、鉄道模型の作業を行いました。食後はどうしても集中力がとぎれ、細かい作業をするのに適しません。そこで食事前の時間を使って作業を進めることにしました。お腹がぐうぐういいながらですが、この時間の作業は正解でした。これまで平日に作業を進めることはあまりありませんでした。休みの日だけでは作業待ちの車両が溜まる一方で何とかこの状況を改善する必要がありました。この方法だと、コンスタントに作業を進めることができそうです。

今日は、キハ180の作業を行いました。ドアコック表記や妻板の表記、そして金属インレタの貼付を行いました。日曜日に作業したことと内容が同じでしたので、スムーズにいきました。車両番号の金属インレタは形式以外は一文字ずつ数字を拾っていかなければなりません。これも慣れてくると短い時間で作業を進めることができるようになってきました。

トミックスのキハ181系は随分力が入っており、特に181系の特徴である屋上機器の表現は秀逸です。ユニットクーラーやラジエーターの表現はため息が出るほど見事なものです。

全部の車両の作業が終わったら、床下機器と台車、そして座席の塗装を行いたいと思います。

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