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2011年2月25日 (金)

生きている地球

ニュージーランドの大地震に胸が痛みます。生きている地球上に住む以上、どこかで不運な運命に遭う可能性があります。厳しい運命ですが受け入れざるを得ないところが人間の弱さ。今回、多くの留学生が行方不明になっている建物に十分な耐震対策がなされていたらと悔やまれます。親族を始め関係する方々の胸の内は察するにあまりがあります。伝えられるところによると高い志を持った方ばかり…。余計に無念さが伝わり、何故こんな方々にかくも過酷な運命を与えなさったのだろうかと…。

薩摩半島南部にある野間半島を巡ったとき、露出したがけが目に入り、行き過ぎた車をバックさせ観察してみました。いくつにも重なった層が傾き、さらに押しつぶされたように曲がっています。いわゆる褶曲です。こんな光景を目の当たりにすると生きている地球の営みが実感として伝わってきます。

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コメント

管理人様、こんばんは。NZの大地震、リビアでの無差別殺戮・自然現象と人為争乱の違いはありますが何の罪も無い人々が命を奪われる現実には怒りと歎きが心に渦巻きます。理由はともあれ自分よりも若い人達が先に逝くのは悲しいモノです。昨夜起きた高速バス横転事件も社会的な歪みが齎した側面も否めません。「希望」は人生を歩む上で欠かせない活力源、自叙努力も必要ですがフト掛けられた言葉に救われる事も有ります。この世界から理不尽が1つでも無くなる様に、差し延べられる温かい心を持ち続けられるヒトでありたい。まだまだ学ぶべきモノが多いと感じる未熟者です。

投稿: 夢幻人☆ | 2011年2月26日 (土) 22時11分

地球内部でも歪みが生じ、それが限界に達したときに大きな衝撃を伴う事象が起こることを考えると人間社会も同じようなものだなあと思います。地球のそれは自然の摂理の中で全体のバランスを保つために行われている営みですので、仕方がありません。しかし、人間の世界で起こる歪みは知恵を出し合い、誠意を持って根気強く取り組むことで最小限に抑えることができる可塑性に富んだものだと思います。敬虔な世界も醜い世界も玉石混淆の人間世界。どうか人類がこれまで蓄積してきた知恵を結集してよりよい人間社会を互いに築いていきたいと願うばかりです。

投稿: Nakachan | 2011年2月27日 (日) 10時06分

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