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2011年3月12日 (土)

桜島と787系

一夜明けた今日、次第に被害状況が明らかになりつつありますが、まだまだつかみきれていない部分があることが今回の災害の甚大さを物語っています。多くの人の命が失われたこと、生活が奪われたことに今日も心が痛みます。原発も心配です。

今日、九州新幹線が全線開通しました。自宅からも鹿児島中央駅を発着するN700系を見ることができました。青磁の車体色は新鮮で、800系との区別は一目瞭然。パンタグラフのカバーも800系との大きな違いです。また8両編成となったことでこれまでの800系が6両編成だったことから長く感じます。

九州新幹線は始発から平常運行されましたが、津波警報を受けて日豊線の鹿児島中央・隼人間、指宿枕崎線全線は始発から運転見合わせとなりました。

写真は鹿児島総合車両所に停車中の787系。有明用に増備された4両編成を転用したもの。かつて多客時に通常の「つばめ」に増結され11両編成となって鹿児島にもやってきたことがあった車両です。ロゴは「787AROUND THE KYUSHU」に変更。

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鉄道」カテゴリの記事

コメント

(前略)仕事の帰路、もしや783の姿が十数年振りにと思い立ち寄ると淋しく定期運用を終えたREと787。数年前まで見馴れていたフォルムでしたが鋭い直線ラインの姿は格好イイ。「K&H」継承に際してメタリック(濃淡)グリーン塗色も期待していましたが久々の鹿児島での対面は嬉しかったです。丁度撮影に来た少年と楽しく写し処で高校生?と訪ねましたら今春「中学」卒業とのコト。『緑色のキリシマや黄色のキハ200がデビューした頃に生まれました』の言葉にア然。オジちゃんになった筈です、90年代以降に登場した車輛に関しては私などよりも遥かに詳しく色々教えて貰いました。平成生まれの彼にとっては817系や200DCは充分「研究対象」となる友達車輛。フィルム(残)枚数を気にせず撮影出来る世代の彼らは羨ましい限りで国鉄の呪縛から未だ抜けられない私達よりも平成の鉄道を楽しんでいる様です。若い諸君達と話していますと新鮮な刺激を与えて貰え、凝り固まったテツ趣向に気付かされます。「有難うございます」と礼儀正しく挨拶し帰路に就く少年、何時までも鉄道を好きでいてネと心の中で願いました。彼みたいな息子がいてくれたらなァと欲張る鉄オヤジの高のぞみ、のぞみと言え

投稿: 夢幻鉄道 | 2011年3月13日 (日) 00時58分

きっと今春中学校を卒業するという彼も、今日はすてきな紳士に会ったと嬉しい気持ちで帰って行ったのではないでしょうか。振り返ってみるに一番鉄道に強い関心を寄せていたのは小学生から学生までの若い頃だったように思います。あの頃の鉄道そのものに“魅力があった”というのもありますが、自分の心の問題が一番大きいような気もします。“魅力がった”と言うより“魅力を感じた”と表現する方が正しいのかもしれません。少年のような心を持つならば、今の鉄道も私たちが若い頃の鉄道に負けない魅力をもっているはず。若い彼らとの交流は、おじさんの心に再び少年の頃のみずみずしい心を呼び起こさせてくれるかもしれません。

投稿: Nakachan | 2011年3月13日 (日) 15時03分

地震の関係で、指宿枕崎線に導入されたキハ47改造「特急」は、1日遅れのデビューとなったようですね。
塗色、はっきり言って、趣味が悪いとしか思えません。
肥薩線のそれは、何とか許容範囲でしたが…。

画像の787系、1996年夏に初めて乗って以来、南薩訪問に欠かせぬ存在でした。
ビュッフェを組み込んだフル編成だと、客室乗務員も多く、昔(中学生の時に見た急行安芸)の食堂車を髣髴とさせ、懐かしさを感じたものです。
今年初め、南薩訪問の際、最後の乗車になるであろう787系「リレーつばめ」に乗車しましたが、前述した客室乗務員は僅か2名、乗車時間も、博多~新八代では中途半端で、かつての、博多~西鹿児島(やはりこの呼称が一番!)を4時間かけて走っていた頃が懐かしく思えました。

787系の今後は、都落ち運用で、新幹線を補完する裏方に徹する仕業が主任務となるようですが、ガンメタの塗色、快適な車内空間など、JR他社にない特異なデザインは、鉄道車両史に残ることは確かだと思います。

投稿: hvcc | 2011年3月13日 (日) 19時14分

東日本での大震災のために九州新幹線全線開業イベントや関連する列車の運行に影響が出ました。運命のいたずらといえばそれまでですが、ここまでこぎつけた方々のことや大きな期待を寄せる地域の方のことを思うとやるせない気持ちになります。地元新聞の第一面を華々しく飾るはずだった新幹線開業の記事は大津波にまるごと飲み込まれてしまう形となってしまいました。

鹿児島本線にデビューした頃の787系は間違いなく日本一の特急列車でした。食堂車が軒並み廃止となる中、ビュッフェの復活は鉄道の旅の魅力を一気に高めてくれました。多彩なシートの提供も魅力的でしたし、特急列車らしい長編成も魅力的でした。

この流れをくむ787系は、今回の改正で博多・門司港間の「きらめき」、博多・宮崎空港間の「にちりん」「にちりんシーガイア」、延岡・宮崎空港間の「ひゅうが」に使用されるようです。「きらめき」の中には2編成併結の12両編成の列車もあり、注目です。

「きりしま」で使用されるのは有明などで走っていた4両編成。本家に比べると少々内容的には寂しいものとなっています。他、2往復783系5両編成の運用があります。

投稿: Nakachan | 2011年3月14日 (月) 00時03分

管理人様、こんばんは。巨大地震災害の影響は確実に南九州地区にも波及している様です。金曜日の夜から全てのTVチャンネルはキー局の特別報道に埋め尽くされ「ローカルニュース」はラジオやネットからのみ。鉄路に依る貨物輸送も混乱している様子でコキを伴わないカマが目の前を通り過ぎるのに驚きました。東北地方の太平洋岸を中心に路盤の崩壊や車輛の被災、未だ連絡が取れない安否不明の列車。無論、鉄道の被害よりも人命の救助・避難(被災)住民への援助が優先されますが今暫く使命が有った筈の車両達に「今までご苦労様、有難う」と言いたいです。人も鉄道車輛も全てに寿命や運命がある訳ですが苛酷な定めに心が痛みます。被災現場で復旧に尽力されておられる職員諸氏に激励の気持ちを抱くと共に1日も早い運行再開を祈るばかりです。又、大切な蓄積資料や書籍・収集品や模型を失くされた同好の皆様には掛ける言葉も見つかりません。

投稿: 夢幻鉄道 | 2011年3月14日 (月) 00時16分

今回の大震災、自然災害とはいえ多くの人生を奪い、狂わせてしまったことに気持ちを持っていく場所が見つかりません。これから訪れる日本の経済停滞などの二次災害がどのようなものになるのか不安でいっぱいです。中には自分のところでなかったから良かったなんて無責任な会話をしている人たちもいるかもしれませんが、これからその影響が日本国民一人一人に重くのしかかってくるのではないかと危惧しています。自分のこととして受け止め、それぞれができることをしていくことがこの未曾有の大災害から日本を救い出す大きな力となっていくことになると思います。

投稿: Nakachan | 2011年3月15日 (火) 19時19分

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