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2011年3月17日 (木)

南薩線廃止の日に

今日は南薩線が最後の運行を行った日。あの日は夜明け前から撮影を始めました。西の空には満月。いつもと変わらない朝でしたが、1本通るたびに二度とやってこない列車の時刻が記された駅の古めかしい時刻表に胸を打たれました。

多くの乗客をさばくために中には4両の長大?編成で走った列車もありました。最終期にはキハ100型はキハ103とキハ106、キハ300は1~3の3両が稼動。稼働5両のうち、4両が一列車に組成されるという編成でした。

先日、上日置・日置間にある諏訪神社を訪ねてみました。鳥居越しに南薩線の列車を眺めることができた場所です。道路横の小さな沢にかかる鉄橋の枠が今でも残っています。南薩線も自然への回帰が進んでいますが、付近の集落もその凋落振りには目を覆いたくなるものがあります。美しい里山の風景が広がっていた場所も今では耕作放棄地に廃屋ばかり。少しばかり沈んだ気持ちになりながら夕暮れの神社を後にしました。

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コメント

廃止から27年、全線開業に沸く九州新幹線とは正反対に、失われた鉄道を思い出す人もあろうかと思います。
2年前、廃止から四半世紀の節目に、「南鉄」縁の地、加世田で写真展を開催できたことは、作品提供者のみなさんをはじめ、会場関係者のご協力があっての賜物と、未だ感謝に堪えません。

当地でも、蒸気機関車が姿を消して今年で40年になることから、写真展示を企画し、今月14日からスタートしました。
作品提供者のなかでは、既に2名の物故者があり、他の提供者も、概ね60~70代です。
当時、中学~高校へと進んだ世代、不肖、私など、蒸気機関車に関しては、若造の部類だと思います。

昨年~今年~来年と、各地で蒸気機関車廃止から40年を迎える所も多いみたいですが、撮影者も高齢化の影響か、写真展示などの催しも、なかなか実現できないと聞きます。
南鉄もそうですが、知らない世代は増すばかり、知っている世代は減るばかり…という状況ですから、「歴史を継承していく取り組みが必要」だと痛感しているところです。

投稿: hvcc | 2011年3月18日 (金) 18時53分

(前略)南薩線の廃止から27年、国鉄の分割民営化からでも約四半世紀の時が流れました。今更「国鉄の忘れ物など」と市街地を車で流しておりましたら『コクテツアンテナ』がビビッと反応。まさかとは思いつつ引き返し徒歩で確認。オオッ!緑に白帯のC20型コンテナです、JNRマークこそ消されてますが状態は上々。月に1回は通る道(急カーブが連続)なのに今まで何故気付かなかったのでしょう?。コンテナ自体には余り知識と興味が無い小生もコレは別物。(当時は)つまらない黒貨車達に挟まれたコキのグリーンな箱にはトキメキました。子供の目には特急電車やブルトレと同列の輝かしい国鉄の誇りに写ったかも知れません。かつて頻繁に往来したであろうトンネルの真上に鎮座しているのは偶然でしょうか?。

投稿: 夢幻鉄道 | 2011年3月18日 (金) 20時30分

HVCC様、こんにちは。
加世田界隈での3回に渡る写真展。いろいろな世代の方々にそれぞれ伝わるものがあったのではないかと思います。このたびは地元での写真展開催、おめでとうございます。鉄道を趣味としている人やそうでない人たちが所蔵している貴重な資料は相当数あるのではないかと思います。このような形で社会に提供され、有効活用されることは大変価値のあることだと思っています。

夢幻鉄道様、こんにちは。
相当感度の良い『コクテツアンテナ』をお持ちのようですね。引き返して徒歩で確認とは、これまたコクテツの引力に逆らわない柔軟さが新しい出会いというか発見につながっているのでしょうか。コンテナといえば、機関車牽引の旅客列車が壊滅に近い状態にある中、JR貨物のコンテナ列車は重量感のある列車として最近脚光を浴びてきていますね。コンテナの種類も豊富で見ていて飽きません。

投稿: Nakachan | 2011年3月19日 (土) 14時05分

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