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2011年4月

2011年4月30日 (土)

緑の中で

外で過ごすことが心地よい季節になってきました。東北大震災以来午後9時にイルミネーションが消灯していた鹿児島中央駅のアミュランが通常通り午後11時まで点灯するようになりました。昨日行ってきた花博での一コマ。大勢の人で賑わっていましたが、ちょっと外れた場所ではこんな光景も目にすることができました。

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2011年4月29日 (金)

花博の電車

花かごしま2011に行ってきました。鹿児島駅操車場跡の駐車場に車を止め、シャトルバスに乗り換え。駐車場横にはコキ104系が止まっています。花博よりどちらかというとこちらの方や3月で運用を終了し、駅構内に留置されている485系の方が気になります。コキ104系はそれぞれ運用による汚れがいい味を出しており、この味わいを模型でも演出したいところです。

花博は絶好の天候に恵まれ、会場内をゆっくり散策することができました。新幹線をモチーフにした植栽も見られ、ひとつひとつ興味深く見て回ることでした。

写真は軌道緑化を施工した会社の作品。軌道緑化を説明するとともに本物?の花電車が鎮座しています。

帰りのシャトルバスは鹿児島駅で踏切通過列車待ち。やってきたのはコキ5000系牽引のEF81でした。

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2011年4月28日 (木)

玄関先は専用軌道

鹿児島へ帰ってきました。夕食後、ぶらぶらと2時間ほど町歩きを楽しみました。鹿児島中央駅や操車場へも足を伸ばし、鉄分補給。いつ綺麗になったのか分かりませんが、宮田踏切近くの線路沿いの公園は鬱蒼とした雰囲気からすっきりとなり、何より線路と公園の間にあった草木が綺麗に取り払われ、絶好の鉄道ビューポイントになっていました。本でも読みながら半日ほど過ごしてもよさそうな雰囲気です。

操車場には役目を終えた485系。闇の中で鈍い光を放っていました。昔はディーゼル車のアイドリング音、電車のコンプレッサーや送風機の音などで賑やかでしたが、キハの低いエンジン音が聞こえるくらいでそれは静かなものでした。

今日の鹿児島市電専用軌道はユートラムⅡこと7000形です。ここは民家の玄関先に線路があります。犬走りが生活道路になっているような、風情のある場所です。

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2011年4月27日 (水)

レール、そして…

今日はようやく遅延運行が正常ダイヤに近づきつつあり、机上もずいぶんすっきりとなりました。これからは定通目指して仕事の処理に励みたいと思います。

ライフログノートに先日行われた職場の歓迎会で撮影した写真のインデックスシートを貼り付けました。現在が即過去となっていく現実、可能な限り記録として残していくことは未来へのメッセージになるような気もします。故きを温ねて新しきを知る。時々過去の自分を振り返ってこれからの自分を考える材料になればと思います。

女性は年を重ねるとどうなっていくのでしょう。いわゆる単なるおばさんになっていく人とますます女性に磨きをかけていく人の二つに分かれていくような気がします。単なるおばさんは、感情にかまけて口から不満や愚痴を言うのが生業とばかりに自己中心的な発言を連発します。一方でますます女性に磨きをかける人は奥ゆかしく、理性に裏付けられた謙虚な深みのある雰囲気を醸し出します。

世の男性が求めるのは後者なのですが、前者が多いことが世の男性の不幸なのかもしれません。

「写真と記述は関係ありません」と断っておきましょう。

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2011年4月26日 (火)

新緑と緑の電車

今日は高気圧の縁に辺り、南から暖かい空気が流れ込みました。初夏を思わせる生暖かい風。今年初めての夏日となりました。

老化防止に取り組んでいる新聞の第1面のコラムの視写。今年こそはと元日の分から新聞休刊日以外はウヤなし。どうしてもできない日は、次の日などにまとめて書いています。頭の回転が鈍ってきたなと思っていたのですが、これを始めるようになってから改善されてきたように思います。また、このブログも昨年の10月から何とかウヤなしで今日まで続いています。こちらもぼけ防止に少々の効果はあるのかもしれません。お酒が入った状態で書き込むことも多く、後から読むと気恥ずかしくなるようなものもありますが、続けることが大事と自分を納得させ、今後もつたない内容ですが続けてみたいと思います。

鹿児島市電専用軌道。ディーラーに頼んだ車の修理が終わるまでの時間つぶしに歩きながら撮影したことは前、お話ししたとおりです。鉄道写真から遠ざかっていますので、この機会にいろいろな撮り方を試してみようと、様々な角度から市電を見てみました。公園に行くと新緑が美しく、電車とからめて撮ってみたくなりました。近くで子どもたちも遊んでいたのですが、残念ながら子どもたちとのタイミングはうまくいきませんでした。

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2011年4月25日 (月)

スポーツ的な要素も必要?

午前中は、青空の下をちょっとしたドライブ。通勤手当支給のための通勤距離測定です。最短経路の往復を自動車のトリップメーターで測定し、平均で通勤距離を決定します。受給者本人の測定でよいのですが、今回は支給額がアップするちょうどきわどい距離だったので第三者の登場と相成ったわけです。結果は往路復路ともに基準の距離を1キロ以上上回り目出たく予定通りの支給が決定しました。自宅や経路が分かりませんので、受給者本人に同乗してもらいながらの測定になりましたので、途中いろいろな話が聞けて意義深い時間ともなりました。某公共施設での受付業務時代のエピソードなど我々が伺い知ることのできない苦労があるものだとよい社会勉強になりました。

今日はNHKのディープピープルは篠山紀信を始めとする3人の写真家の登場でした。女性の魅力を引き出す撮影術が3人の写真家それぞれの個性的なアプローチによって紹介されていました。どれが正解ということではなく、表現したいものによって様々な迫り方があるということだと思います。

私も鉄道だけではなく、人を撮る機会も多いのですが、最近はノーファインダーで撮影するおもしろさを味わっています。ファインダーを覗きながら構図を決めたりやシャッターチャンスを捉えたりして撮影するのが本来の姿だと思います。しかし、人物を相手にした写真はコミュニケーションや安心感が大切です。ファインダーを覗いていると慣れていない人はついつい警戒したり身構えてしまいます。被写体に十分接近し、広角で取れる距離からコミュニケーションを撮りながら手に取ったカメラでさりげなくシャッターを切るととても自然な表情が撮れます。もちろん写真を撮っている意志は伝えなければ盗撮もどきになっていしまうので要注意。

鹿児島市電専用軌道。踏切は被写体としてはとてもおもしろい場所なのですが、ひっきりなしに車が通り、バイクが通り、いいときには電車がいずと、なかなかよい場面には出会えません。のどかな光景のようにも見えますが、時の隙間をすかさず切り取ってシャッターを押す、ある意味瞬発力と判断力を必要とするスポーツ的な要素も要求されるような気がします。

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2011年4月24日 (日)

扉の前は電停なり

夕べはというか日付変わって今朝の2時まで飲み会が続きました。9時までに川内まで行かなければならない用事がありましたので、昨夜9時からあとはアルコール無し。よくアルコール無しで5時間も我慢したものだと思います。

睡眠時間3時間にて川内へ。往復の道すがら鉄道車両に出会うことができました。まずは鹿児島本線を行くED76牽引のコンテナ列車。絶妙なタイミングですれ違いました。次に九州新幹線を行く800系、そして肥薩オレンジ鉄道の車両とオーバークロスにて出会い、青磁色にて快走するN700系にも出会いました。また、鹿児島本線を行く415系にも2回。今日は、運に恵まれていたようです。

用事を済ませて帰宅するとすぐに地域の総会。総会の後は役員さんの数人とまたまた飲み会となりました。飲み会はいろいろな人の話や違う世界の話を聞けるので結構楽しいものです。ときに今のお笑いタレントのレベルを遙かに上回るお笑いに腹の底が痛くなるほど笑いに包まれる場面もあり、あちらこちらに存在する「地上の星」に人間の奥深さと良さを見いだすことしばしです。そんな人に出会う度に自分はまだまだだと痛感し、精進しなければと自分の小ささを恨めしく思うことです。

今日の鹿児島市電専用軌道の写真は電停です。狭い空間に設置された電停は生活空間と余裕ゼロの間隔で接しています。

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2011年4月23日 (土)

それぞれの時間

今日も飲み会があり、結構な人数が集まりました。その中である女の人から声をかけられました。「何年式のパジェロですか」。「もう16年目ですから1994年式ですかね」。「私はその頃パジェロの工場でパジェロを作っていましたから、この車も関わっていると思います」「そうなんですか、自分の乗っている車づくりに関わった人にこうして会えるなんてなんだか不思議な感じです」。「私の夫も同じ工場でパジェロの組み立てをしていました」。

いやあ、これは奇遇でした。工場は岐阜、ここは鹿児島。こんなところで自分の車を作った人に出会えるなんて。その女の人は自分が関わった車がこうして元気に走っているのが嬉しいとも話していました。

今日の鹿児島市電専用軌道の写真は、傾いた日の光に優しく包まれる市電です。読書する人、うつらうつらする人、それぞれの時間が流れています。

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2011年4月22日 (金)

ご婦人と花と鉄路

今朝は昨夜のお酒が少し残っている状態で目が覚めました。一っどんがまだ血液中を巡っているような感覚でした。しかし、シャワーや朝食で次第にアルコール感覚も抜け、通常の状態で出勤することができました。ひところお酒に弱くなった時期もあったのですが、最近は次の日に二日酔いすることはなくなりました。

それでもこの怒濤の一週間はよほど体に応えたらしく、だるく体の動きが鈍い一日となりました。

しばらく続く鹿児島市電専用軌道シリーズ。今日は花を持ったご婦人です。鹿児島県は生花の消費量が日本一だと言います。どこの墓地もいつも生花が飾られ、先祖を大切にする県民性が伺えます。人間の豊かさは、やはり物ではなく心の中にあると当たり前のことのようですが改めて思います。さて、この花の行き先はどこなのでしょうか。花とともにご婦人の心も届けられます。

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2011年4月21日 (木)

路面電車とスナック

今日は地域のとある会の総会。総会後は懇親会。ほどよく食べ、ほごよく飲みました。家で一人で飲めばひっくり返る量ですが、人と話しながらであればひっくり返ることはありません。

二次会では知る人ぞ知る「一っどん」が出ました。これは貴重な焼酎でなかなか手に入るものではありません。この飲み会には黒瀬の杜氏の方も参加されており、「一っどん」の魅力が倍加しました。

しかし、一世を風靡した黒瀬杜氏も今は昔で、その数を急激に減らしてきているのだそうです。過疎化の波はこのような伝統産業にも暗い影を落としてきています.

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2011年4月20日 (水)

竹屋旅館

今日は朝から夕方まで座学の研修。さすがに疲れました。

今回は研修後に懇親会を持つことになり、旧南薩線加世田駅近くの旅館へ。若干の欠席者がいましたが、20人が集まりました。会場となった2階の窓から外を覗くと南薩線の資料を収めた鉄道記念館の石蔵が目の前に見えます。

本年度は会計係です。集めた会費を酔いが回る前に支払いに行きました。そのとき女将さんに旅館のことをいくつか尋ねてみました。今年で創業90年ほどになること、今の経営は3代目になること、もとは駅の真正面にあり移転してきたことなど。操業90年ということは南薩鉄道が大正3年4月の開業で今年で生誕97周年ですので、開業後程なくして駅前旅館として創業しています。

旅館の名前は「竹屋」です。旧万世線の薩摩万世駅前には村田旅館と並んで「松屋旅館」が今でも営業中。松屋とは遠い親戚に当たるとのことで、松とともに縁起の良い竹を屋号に。加世田・薩摩万世(薩摩大崎町)の開業が大正5年です。「竹屋」より早く創業していた「松屋」のことを考えると万世商人の町としてどれだけ繁栄していたかが伺い知れます。

記念にコースターと箸袋をもらってきました。バックは鹿児島交通株式会社発行の「軌跡-南薩鉄道70年」の表紙です。

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2011年4月19日 (火)

指宿枕崎線の春

すっかり春なのにぶるっとするくらい冷たい空気に包まれました。風邪を引かないように注意しなければなりません。

「感動の美景鉄道」というDVDの冬偏を見ました。「撮影期間5年!全国の鉄道と日本の美しい四季が奏でる究極の映像美!膨大な映像の中から選び抜いた感動の鉄道風景311シーン完全収録」とパッケージの裏側には記されています。2枚組で合計161分。

秋編、冬編、春編と通販で購入してきました。まだ夏編のアナウンスはありませんが、もうじき夏編も出るのではないかと思います。裏面に記されているとおり、質の高い映像で構成されており、何度見ても飽きない内容です。

鹿児島市電専用軌道の写真を掲載してきましたが、今日は一休み。専用軌道に並行して走る指宿枕崎線の写真です。市電の写真を撮っていると同線をいく列車の音がしてきます。こちらの方も気になります。生活踏切となっている小道を駆け上がり、駅に停車中の列車を撮ってみました。

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2011年4月18日 (月)

流してみましたが…

今日から向こう一週間夜に会がないのは一日のみ。怒濤の一週間が始まりました。この時期、理事会に総会、歓迎会が目白押し、ダブルブッキングも起こるスケジュール。3月末から4月末にかけての歓送迎会をはじめとする出費はいかばかりか。これらを鉄道模型に振り向けられればどれだけの車両の増備ができるのでしょうか。

アルコールとともに蒸発してしまう飲み会と後々まで残る鉄道模型、どうみても福沢諭吉の使い道は後者の方が正しいような気がするのですが、世の中には付き合いというものがありますので致し方ありません。

鹿児島市電専用軌道の写真7枚目。目の前にある少々見上げるような築堤を見て、市電を流してみたくなりました。うんとスローシャッターにして撮ってみました。今ひとつです。世の中にはズームを併用しながら流すテクニックもあるようですが、このときにはそんな余裕はありません。この次にはズーム併用なるテクニックを試してみたいと思います。

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2011年4月17日 (日)

ブルーと白が似合いの電車

つたない内容のブログですが、自分の歩んできた証として残す努力をしてみることにしました。一生懸命アップしても終わりながないくらい容量があるのですが、いつどのような理由で消滅してしまうのか先は分かりませんので、テキスト文書として残すことにしました。といっても簡単な単純作業。パソコンのモニターにブログ画面とワープロ画面を並べて表示し、レイアウトを適当に考えながらテキストと画像のコピペをただただ繰り返すのみ。

プリントアウトして紙媒体として保存するとともにデータもバックアップをとっておこうと思います。

鹿児島市電専用軌道の6枚目。ホワイトバランスを晴天日陰にして少し温かい色になるように調整しました。また、トーンカーブを調整して少し明るめにしてあります。3月11日のあの日からこのような日常の風景がとても尊いものに思われてきました。

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2011年4月16日 (土)

1000形と9500形の出会い

九州新幹線全線開業を機に運転が始まったユートラムⅡによる鹿児島市電の観光電車。報道によると周知不足もあるのか、また東日本大震災による出控えもあるのか、当初の見込みより利用者が少ないようです。利用者からは座席がロングシートで内側を向いていることや鹿児島中央駅のみでしかできない乗降などいろいろ課題が指摘されているようです。

先日の新聞に500形または600形といった旧型電車を観光電車に改装する計画があることが載っていました。課題を克服して末永く活躍する観光電車として成長して欲しいと思います。

鹿児島市電専用軌道の5回目は上下電車のすれ違い。旧型電車は日中は波動用として車庫にずらっと並んでお休み中。やってくるのは新型、または車体更新の電車ばかりでした。

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2011年4月15日 (金)

猫バスにしたら

週末は歓迎会続き。今日は67人が集まっての歓迎会。ちょっと年代物の旅館で行われました。玄関前の車寄せ、木製の引き戸玄関、玄関内のつくりなど、昭和の香り漂う場所でした。女将さんに聞くと、もう50年になるとか。嫁に来たときにはこの建物はあったと古いことを申し訳なさそうに話してくださいました。「結婚式もここでやっていたんですよ」と昔のことを懐かしそうに話してもくださいました。古い宴会場の壁には金箔が貼られ、天井には和室に不似合いなシャンデリアもぶら下がっており、披露宴会場として使われていたことは容易に分かりました。

ここは南薩線加世田駅裏。歓迎会が終わり、旅館前の道から小道を入るとすぐにDD1200や4号機関車が鎮座する駅跡広場に出ました。闇の中にうっすらと姿を見せる両機は普段の印象より、大きく感じました。小さな機関車とはいえ、鉄道車両はやはり大きなものです。

さて、鹿児島市電専用軌道の4回目です。低床電車のユートラム。つり上がった目に横に開いた口、となりのトトロの猫バスに似ています。1両ぐらい猫バスラッピングにしてみたら注目度大になりそうな気がします。踏切、停留所と、市電には人との交差点が多くあることも魅力の一つです。

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2011年4月14日 (木)

統一地方選と専用軌道

夕方から面白い仕事に取りかかったので、仕上げの一歩手前まで頑張って帰宅しました。写真も生かせるこの仕事は、仕事と言うより趣味に近く、どれだけ遅くなろうとも一向に苦になりません。こんなことをしながら、世の中には本当に自分の好きなことをしながらお金を稼いでいる人もいるんだよなあと、学生時代に自分の進路をもっと真剣に考えるべきだったと今更ながら悔やむことです。とはいいつつ、今の仕事も楽しいのは事実。運命のいたずらを楽しむことも人間の生きる技なのかもしれません。

鹿児島市電専用軌道の3回目です。統一地方選挙が行われました。私が赴任している選挙区は無投票かと思われましたが、二人が新たに立候補して三つどもえの選挙戦に。新たに立候補した人はよく分からない人でした。選挙公報を読んでもいまひとつぴんときません。結局問題にならないくらいの投票数の差で現職が当選しました。もちろん無投票はあまりよいことではありません。しかし、立候補する人もそれなりの準備と政策を掲げて立候補して欲しいと思います。選挙になったことで、多大な税金が出費されることになります。それに見合うだけの選挙をして欲しいと有権者であり納税者である自分は思うのです。

鹿児島市内では多くの方が立候補しました。選挙ポスターがよい被写体になりました。最近は歳のせいか車両だけの写真にはおもしろみを感じなくなり、生活や社会など何らかのテーマのようなものが感じられる写真を撮りたくなってきました。好きな鉄道の写真を撮りに行くと、そこにはいつも出会いがあり、その出会いをフレーミングし、絶妙な瞬間にレリーズを押す快感?に酔う楽しさを味わいたく、また新たな出会いを求めることに写真を趣味とする楽しさを見い出しています。

選挙ポスターと新緑、道路に落ちる夕方の影模様、そしてマンションという時代性との出会いがこの場所ではありました。

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2011年4月13日 (水)

緑の中をいく

最近少々睡眠不足です。午前様に5時半起きが続いています。一日があと3時間ほど長ければいいなと言う気がします。やりたいこと、やらなければならないことが手つかずのままたまっている感じです。仕事の方は充実しているのですが、趣味の方がいまひとつ。時間をどうにか捻出する必要があります。

鹿児島市電専用軌道の第2回目です。南鹿児島方面から9500形がやってきました。800形の台車や機器を用いた車体更新車。もっとも台車は800形時代にオリジナルのものを新しいものに取り替えていました。

景気低迷により広告需要が減ったためオリジナル塗装が増え、風景によくなじみます。広告収入の減少は交通局にとっては痛手ですが、落ち着いた塗色は都市空間の質を高めてくれます。

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2011年4月12日 (火)

鹿児島市電の専用軌道

一昨日、車のメーターがぐるっと回り29万キロになりました。購入した頃、2才だった長男もこの春で高校3年生になりました。まだ、助手席のシートベルトが義務化されていなかった頃、助手席のフロアに立ち、握り棒をつかんでいた頃は遠い昔。よく頑張って走っているものだと思います。

経年車故、車検時に依頼した左右のドア下付近の水漏れの修理に不具合があり、ディーラーに持ち込みました。かつてのサロ(キロ)の落とし窓の水漏れのごとく、わずかな隙間から水が入り込んでいたようです。その手直しの間、歩いて鹿児島市電の専用軌道の撮影に出かけました。

前から撮影したいと思っていた場所。手持ちのスナップ撮影でしたが、久々に鉄道の写真をじっくり撮ることができました。夕方の時間帯、思った以上に次々とやってくる電車にいろいろな角度からレンズを向けてみました。勘が戻らず、愚作の連続になったような気もしますが、しばらくアップしていきますのでお付き合いくだされば幸いです。

なお、スナップ撮影のため構図が不十分で多少のトリミングをしておりますので差し引いてご覧ください。

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2011年4月11日 (月)

諏訪神社と桜

東日本大震災からちょうど1ヶ月が経ちました。午後2時46分、黙祷を捧げるようにとの政府からの通達がありましたので、しばしいろいろな思いを抱きながら静かな時を過ごしました。今、こうして普通に生きていることだけでも、そのことにどれだけの価値があるのかということに改めて気づかされる毎日です。被災された方々の一日も早い日常の回復と原発の収束を願ってやみません。

先日立ち寄った南薩線沿線の諏訪神社。鳥居のそばの桜が満開だったので再び寄ってみました。毎年繰り返される季節、この輪廻に私たちはどれだけ心の安寧を得ていることでしょう。秩序正しく繰り返される自然の摂理、四季豊かな大地に暮らす日本人の心の礎になっていることを感じます。先の大震災でも秩序正しく振る舞う日本人、自然の敬虔さに心を寄せてきた歴史に依るところも大きいと思います。

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2011年4月10日 (日)

田の神様

次男が1泊2日の野球部の合宿から帰ってきました。場所は種子島。ジェットフォイルで1時間30分ほど、港からさらにバスで1時間ほどのところが合宿場所だったとのことです。種子島名物安納芋のケーキと黒糖でまぶした落花生が土産でした。

写真はおなじみの旧南薩線日置駅近くにある田の神様。春のうららかな日差しに居眠りをしているようにも見えます。後ろの低い築堤が南薩線の跡です。近くでおじさんが野焼きをしており、田の神様の背景に白いベールをかけてくれました。

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2011年4月 9日 (土)

大川を跨ぐ橋台

今日は、日豊線沿いの国道を通る機会がありました。運良く上下2本の787系「きりしま」に出会えました。また中央駅近くの跨線橋を夕方通ったとき、ちょうど車両基地から駅へ回送される783系「きりしま」も目にすることができました。実は、ダイヤ改正以来、動いている両系列は初めて見たのです。

さて、南薩線探索を続けましょう。上日置・日置駅間にあった大川と県道37号線を跨ぐ南薩線の鉄橋。二つの橋脚を挟んで長短三本の橋桁で跨いでいました。二つの橋脚は失われ、上日置駅側の橋台は崖の補強工事で上の方の一部分がかろうじて見えるのみとなっています。

一方日置駅側はどうなっているのでしょうか。県道からは様子を伺うことはできません。藪の中に入っていくと、すぐに橋台の左右の築堤を保護するための石積みが見えました。県道と大川を越えるために日置側は築堤を造って上日置側と高度を合わせています。人目に触れることもなく藪の中でひっそりとその姿をとどめていました。

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橋台はというと、橋台に接するように竹の群生があり、完全に目隠しされた状態です。横からのぞき込むようにして撮ったのが下の写真です。橋台はそのままの状態で残っています。

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2011年4月 8日 (金)

頭のない犬釘

今日は、職場の歓迎会。旧加世田駅近くの店で行われました。お店の名前には合わないような若者に受けそうなおしゃれなお店でした。よく笑い、よく語って一次会が終了。一部のメンバーで二次会へも足を伸ばし、帰宅したのは午前1時を回っていました。タクシー代は鹿児島中央・宮崎間の往復特急料金を払ってもおつりがくるような料金。飲んだ代償は高くつきましたが、致し方ありません。社会を生きていく必要コストです。

さて、今日も南薩線の写真を1枚。昨日の犬釘から少しも離れていないとことにあった犬釘です。これもバラストの上に横たわっていました。付近には風化した枕木の見受けられました。この犬釘の特徴は頭の部分がないこと。ただの棒状の形態。棒状の部分の長さが頭のある犬釘の棒状の部分と同じ長さなので、頭が欠落したものに間違いないと思われます。どのような経緯で頭の部分が失われたのかは不明です。

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2011年4月 7日 (木)

犬釘との邂逅

夜の会が遅くまでかかり、夕食をとったのが11時頃。少々お疲れモードです。こんな時間に食事をしたら体にもよくありませんね。人間ドックの申請をしながらドッグ期日までには体を健全な状態に持って行こうと新たな決意を密かにすることでした。

上日置付近の廃線跡を探索していましたら、足下に何やら気になるものがありました。よく見るとバラストに半分埋もれた犬釘でした。記憶の遠くに去ってしまった鉄道の忘れ物への邂逅。廃線跡ならではの味わいです。

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2011年4月 6日 (水)

かつての踏切跡に

今日、大木茂氏の「汽罐車」が郵送で届きました。期待通りの素晴らしい写真集。この装丁、このページ数、この大きさで税込み3990円はやはり破格の値段設定です。おまけに直接注文すれば送料無料の上に24枚分の画像データが入ったCDまで付くのですから…。

さて、今日も南薩線の写真です。電柱のような丸太に釘付けされた注意書き。この路を走ってきながら遠目に見るとはっとさせられます。なぜなら、この注意書きの位置は、かつての南薩線の踏切があった場所なのです。もちろん警報機などない「踏切注意」という注意書きのみの踏切。遠目に見るとその「踏切注意」に見えるのです。

国道をオーバークロスする鉄橋を渡った列車は大きく右へカーブを切りながら山裾に沿って高度を下げ、この踏切付近から山裾を離れ、田んぼの中へと進路をとります。この踏切で線路と道路の位置関係が逆転します。踏切を渡るためにこの部分で道路はSカーブ。

私もこの踏切は南薩線が運行されていた時代、子どもの頃から幾度となく渡っています。警報機がありませんから、注意の上にも注意を払って渡ったものです。それでも無数にある同様の踏切での接触事故はあったようで、気動車には接触でできたものと思われる塗装のはがれなどを見ることができました。

日置から上日置へ向かう列車はこの踏切付近から勾配区間となり、蒸気機関車時代はときどき登り切れずに列車を後退させた後、再び登ることもあったといいます。

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2011年4月 5日 (火)

花と軽トラと南薩線跡

南薩線上日置・日置間にある住吉小学校付近の廃線跡です。なんさってっとうさんの文章にコンクリート舗装のお話が出てきたので、寄ってみました。手前が上日置側、奥が日置方面。ちょうど訪ねたときに、軽トラに乗った老夫婦がやってきて右側の山へ築堤を手を取り合いながらそろりそろりと下りていきました。何か山の幸を採りに行ったのでしょうか。季節は春、いろいろなものが芽吹く時期です。上日置からやや長い直線をやってきた列車は小学校を過ぎると山裾に沿って大きく左へカーブし、あの目がくらむような国道とのオーバークロスへ踊り出すことになります。

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2011年4月 4日 (月)

日置駅付近に変化

南薩では早期米の田植えが進みつつあります。植えたばかりの早苗を守るために、あぜ道に笹竹を立てたり、ロープを張ってすだれを垂らしたり、はたまた新しいギミックとして点滅する赤色灯を立てたりとあの手この手の作戦が行われています。この辺りの広大な田んぼの主流は、空砲。今も花火大会が行われているのではないかと思わせるような「どん」という音があちこちからひっきりなしに響いてきます。夜通し鳴り響きますので、生活するものにとっては少々困った環境です。

南薩線廃線跡で変化がありました。日置駅の丸い給水塔の土台が移設の上、保存?されているのはご存じの通りです。ここからかつての踏切を通って吉利方面へ低い築堤が続いています。この築堤で整備が進んでいます。吉利方面の途中から日置駅に向かって舗装工事の準備と思われる砂利の敷き詰めが進んでいます。今、途中で止まっていますが、踏切まで工事が進むことが予想されます。バラストや枕木に犬釘まで現存する区間です。今後の工事の進展が気になります。

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2011年4月 3日 (日)

南薩の春

夕べは自宅で過ごし、今朝の歯磨きはバルコニーにて。先日、歯科医院にて御指導いただいた方法で念入りに。視線の先は二つの路線を交互に。歯磨き中に、まずは鹿児島中央駅に進入するN700系、次に鹿児島本線を行く415系、そしてすぐにすれ違ってやってきた717系6連。これにて今日の鉄分注入もOK。

朝方、用事を済ませるために南薩線沿線を南下。途中下車が多くなり過ぎて、用事がメインだったのか途中下車がメインだったのか分からない状態になってしまいました。いくつか写真も撮ってきましたので、今週の日誌の中で紹介していきたいと思います。

まずはプロローグとして、南薩の春をば。以前は春の田んぼにはレンゲソウが咲き誇っていたものでしたが、最近では少なくなりました。棚田の近くにレンゲソウを見つけました。こういう風景を目にすると心が落ち着きます。

どうしたらこの心の落ち着く風景を写真として切り取ることができるのでしょうか。カメラを地面近くに持っていき、ノーファインダーでえいっとシャッターを押してみました。

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2011年4月 2日 (土)

毘沙門天

南薩線跡地で用地転用があまり進んでいない有り難い区間である伊集院・日置間。山間であることが幸いしているのかもしれません。

その中にあって最近変化があったのが、上日置駅近くの毘沙門天付近。上日置駅より伊集院寄りにあります。毘沙門天の整備に当たり、毘沙門天への取り付け道路となった南薩線跡が劇的な変化を遂げました。これまで笹竹に覆われていた築堤がその姿を露わにしています。開業当時の姿が今ここに蘇りました。下から見上げると今にもハノーマーク製の機関車が走ってくるような錯覚にとらわれます。

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2011年4月 1日 (金)

頑張ろう

今日から新年度スタート。新たなサイクルの始まりです。新人が入ってくるなど、職場の人員も若干の変化。これから1年間、チームワークよく頑張っていかなければなりません。

窓から見える鹿児島中央駅のアミュラン(観覧車)のイルミネーションが23時まで点灯していたのが、今21時には消えています。気のせいか街の灯りも寂しくなった気がします。鉄道の利用客大幅減、百貨店の売り上げ大幅減、新車の売り上げ大幅減…。

子どもたちに明るい未来を保障するために、私たち大人が頑張らなければなりません。

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