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2011年4月 2日 (土)

毘沙門天

南薩線跡地で用地転用があまり進んでいない有り難い区間である伊集院・日置間。山間であることが幸いしているのかもしれません。

その中にあって最近変化があったのが、上日置駅近くの毘沙門天付近。上日置駅より伊集院寄りにあります。毘沙門天の整備に当たり、毘沙門天への取り付け道路となった南薩線跡が劇的な変化を遂げました。これまで笹竹に覆われていた築堤がその姿を露わにしています。開業当時の姿が今ここに蘇りました。下から見上げると今にもハノーマーク製の機関車が走ってくるような錯覚にとらわれます。

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コメント

お久しぶりです。
この場所はブタ小屋に近いせいなのか臭くてたまりませんが、線路跡には菜の花も咲いていてなかなか雰囲気の良いところです。毘沙門天に直接上がる細い道が整備時にコンクリートで固められているのが少し気になります。昔ならともかく、最近ではこのような舗装方法はほとんど見られなくなったはずなのですが、アスファルト舗装のための機器が大掛かりなのに対して、この方法ではどのような場所でも簡単に舗装できるのがその理由でしょう。一方、住吉小学校裏の線路跡も同じようなコンクリートになってしまい、民家への入り口付近にあるピンクの花の木との調和がとれなくなり非常に残念です。

投稿: なんさってっとう | 2011年4月 2日 (土) 23時06分

(前略)「限界集落」なるいかにも大学教授が付けそうな品の無い名称が有ります。『過疎化』と言う現象も既に半世紀近く前からあって今も進行中です。確かに町は便利です、街になると利便性は更に高まり都会にはヒト・カネ・モノが集まります。鹿児島市も30年位前に比べると遥かに都市機能の集積が高まっていますが特色は薄れている様に思えます。例え人口流出に歯止めが効かず大きな娯楽施設が無くとも神仏を大切にしている所には住民相互の強い絆が有ります。山の神・水の神・海の神・農の神・漁の神、自然に対する感謝と共に畏敬の念を伝えてきた日本の素晴らしい伝統文化だと思います。毘沙門天の由来はともかく鎮守の神様を大切にされておられる「毘沙門集落」の皆様に敬意を表します、南薩の良心を手本に北薩の古里も大事にしたいと思います。お陰様で鳥感冒も収まり鶴達も羽ばたいて行きました。

投稿: 夢幻人☆ | 2011年4月 3日 (日) 16時15分

なんさつてっとうさん、お久しぶりです。

毘沙門天の少し加世田寄り、山手に養豚場があり、香ばしい臭いを堪能できます。
ちなみに、吉利手前の国道改修箇所辺りも、同様の臭いが、訪問の度に出迎えてくれます。
もっとも、豚料理を味わう立場からすれば、「悪臭」とは口が裂けても言えませんね。
話が横道に逸れましたが、毘沙門天近くには、逆さ文字の用地杭が健在で、その他、鹿籠を出て直ぐの道路脇に残るのを、今年1月の訪問時に確認しています。

投稿: hvcc | 2011年4月 3日 (日) 18時05分

なんさってっとう様、夢幻人様、hvcc様、コメントありがとうございます。香りまで出てくるとは流石に南薩通だなと感心いたしました。なんさってっとう様、お久し振りです。これからもよろしくお願いします。私が訪れたときにはあの香ばしい臭いはしておりませんでした。風向きだったのか、廃業してしまったのか?コンクリート舗装は毘沙門天へいく歩道部分のみで線路跡は特に変化はありませんでした。毘沙門天へ通じる国道からの狭い道の入り口には新しく白地に黒文字の看板が立ちました。国道から見える築堤はとても立派に見え、その高さはかなりのものです。

投稿: Nakachan | 2011年4月 3日 (日) 21時27分

管理人様、こんばんは。「なんさってっとう」さん・「hvcc」さん・管理人様と共に尊敬しております先輩方が「豚小屋」話に花を咲かせていらっしゃるのを拝見しワタクシ「匂いフェチ小僧」も参戦。アノ鼻をくすぐるスメルは日常の煩わしい都市生活を忘れさせてくれる癒しですね。野趣に充ちた匂いを小生は『田舎の香水』と呼んで愛しております。最近は滅多に苦しめなくなったデンプン工場の1度嗅いだら忘れられない激辛臭に較べたら甘くて上品な芳香です。吹上浜駅のローカル「セレブ!?」なWCも同じくエレガントな良きモノだったと記憶しています。バキュームカーの匂いも洗練されていて今や貴重な奉公車、平成世代の諸君達は新聞紙が非常時に活用出来る事を知っているでしょうか?。芳香違いのコメントで失礼致しました。

投稿: 夢幻鉄道 | 2011年4月 3日 (日) 22時16分

地方路線におけるあの臭いはある意味、その路線を特徴付ける強烈なインパクトがありましたね。住宅街であったにも関わらずと言うか、工場設置の後に住宅街になってしまってもかぐわしい臭いを放ちながらも操業を続けていたデンプン工場が私の実家のすぐ近くにもありました。何もかもがごっちゃにあった昭和の時代の風景でした。今でもその敷地の石造りの併が残っていることと、初期の工場の敷地境が奇妙な形の道路として今でも残っていることが知る人ぞ知るうんちくでもあります。

投稿: Nakachan | 2011年4月 4日 (月) 23時37分

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