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2011年4月 6日 (水)

かつての踏切跡に

今日、大木茂氏の「汽罐車」が郵送で届きました。期待通りの素晴らしい写真集。この装丁、このページ数、この大きさで税込み3990円はやはり破格の値段設定です。おまけに直接注文すれば送料無料の上に24枚分の画像データが入ったCDまで付くのですから…。

さて、今日も南薩線の写真です。電柱のような丸太に釘付けされた注意書き。この路を走ってきながら遠目に見るとはっとさせられます。なぜなら、この注意書きの位置は、かつての南薩線の踏切があった場所なのです。もちろん警報機などない「踏切注意」という注意書きのみの踏切。遠目に見るとその「踏切注意」に見えるのです。

国道をオーバークロスする鉄橋を渡った列車は大きく右へカーブを切りながら山裾に沿って高度を下げ、この踏切付近から山裾を離れ、田んぼの中へと進路をとります。この踏切で線路と道路の位置関係が逆転します。踏切を渡るためにこの部分で道路はSカーブ。

私もこの踏切は南薩線が運行されていた時代、子どもの頃から幾度となく渡っています。警報機がありませんから、注意の上にも注意を払って渡ったものです。それでも無数にある同様の踏切での接触事故はあったようで、気動車には接触でできたものと思われる塗装のはがれなどを見ることができました。

日置から上日置へ向かう列車はこの踏切付近から勾配区間となり、蒸気機関車時代はときどき登り切れずに列車を後退させた後、再び登ることもあったといいます。

Dsc_0347

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コメント

(前略)数年前まで多く残っていた「踏切跡」も道路(整備・拡幅)改修工事で少なくなりました。警報機付きよりも冊や杭、注意書きだけの味わい深い踏切が沢山有った沿線。中でも1番好きだったのが吹上高校前の踏切でした(運行末期に唯一撮影)。廃止後の空白期を経て「自転車道整備前」「整備後」「高校の側道拡幅後」とたった数年間での変貌を記録してきました。今も踏切があった横に残る商店(建屋)が最高に嬉しいモニュメントです。『さつま湖駅』がそのままの形で残っていたら尚良しでしたが、アノ一帯の(休校日・普段の)ヒト気の無さだけは当時と変わらないですね。忽然と消えてしまったロープウェイ(落下)防護冊は「未確認」で見る勇気がまだ有りません。

投稿: 夢幻鉄道 | 2011年4月 9日 (土) 02時10分

踏切は鉄道と暮らしのクロスポイント。そこに人がいなくとも人間の温かみが感じられる場所です。吹上高校前の踏切跡の記録を撮ってこられたんですね。貴重な記録。踏切横の商店はこれまであまり注目しておりませんでした。当時の写真と重ね合わせると昔を今に伝えるこれまた貴重な存在と言えそうです。

さつま湖付近の道路は桜が満開を過ぎ、桜吹雪が舞っていました。そしてその横には南薩線の路盤跡が道路に並行して続いているのはご存知の通り。桜の道と南薩線の廃線跡、この組み合わせが過ぎ去った時の長さを物語っていました。

投稿: Nakachan | 2011年4月 9日 (土) 19時26分

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