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2011年5月 7日 (土)

2冊の写真集

注文していた原京一氏の写真集「蒸気機関車の記憶」が届きました。表紙は北海道のD5170の夜間バルブ撮影。故人となられていますが、こうして作品が世に出されたことを有り難く思います。

Dsc_0326 夜間バルブの写真は怪しい光に浮かび上がる蒸気機関車が情感たっぷりに写し込まれており、見るものを魅了してやみません。静寂と空気感、その中で確かに生きている蒸気機関車という圧倒的な存在感。写真という表現手段の豊かな可能性を感じずにはおれません。

惜しいと思ったのは用紙がマット紙である点。光沢紙であればもう少し黒の締まりが表現でき、全体に透明感が出て作品本来のよさが伝わったのではないかということ。明るい照明の部屋で見るとマット紙特有のパステル感で全体のコントラストが弱くなります。少し照明を落とした部屋で見ると黒が締まり、作品の雰囲気が伝わってくるようです。日中に撮影された写真についてはそのような問題はなく、素晴らしい仕上がりです。

先日届いていた大木茂氏の写真集「汽罐車」をこれまでじっくり見る時間がなかったので、今日は地図で場所の確認もしながらゆっくりページをめくってみました。

Dsc_0325 こちらはすべてモノクロの写真。蒸気機関車のみでなく時代を写し取った作品といった方が作品群の性格を言い当てているような気がします。大木氏も巻末で述べておられますが私小説的な写真集で、氏の生きてきた道のりがこの写真集に表現されています。

人々の生活の中で生きてきた蒸気機関車の等身大の姿がありのままに表現され、またそこで働く鉄道員、乗客の姿が生き生きと写し込まれていることにある種の感動を覚えます。

私たちが失ってきた大切なものに気づかせてくれる2冊であるような気がします。

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鉄道」カテゴリの記事

コメント

管理人様、お久しぶりです。

現役時代の蒸気機関車の写真には、大変興味があり、なつかしい2人のお名前による写真集を見てみたいと思います。おそらく私の好みは後者の方であろうと思われます。

最初の蒸気機関車の写真集と言われるのは、「柔」の作詞で有名な」関沢真一氏の「滅びゆく蒸気機関車」で、その続編として「さあ行こう僕たちの美しいやつ」というのも出版されました。最初の写真集は大量に販売され、これを機に昭和40年代の後半には多くの蒸気機関車の写真集が世に出ました。

関沢新一氏の2冊は、内容的にはあまり話題になることも少なかったのですが、私はこの写真集に今でも影響を受け続けています。いつも手元に置いてあり、今でも新鮮な感覚を頂戴している次第です。当時の蒸気機関車の撮影といえば、やっと日本国民がカメラを手にした時期で、構図をまとめて撮るだけでも難易度が高かったような状況の中で、この写真集は、すでにこれを越えて、自由な構図の中で独特の雰囲気を演出しています。現在の自分にここまでできるかといえば、それは到底無理で、ここから先は感性の違いを認識せざるを得ません。愛機はフジカG690であったということですが、69判の画面に対して適宜トリミングで作品を仕上げるというのは、現在では用いられていない手法です。当時の蒸気機関車撮影では誰一人としてフジカGで撮っているのを見たことがありません。シャープな写真を撮るために大きなフォーマットのカメラを使用するのではなく、雰囲気を含めて大きく写しこんで、トリミングの自由度を確保して作品に仕上げることができることを重要視した選択であったのではないかと思われます。

これに影響されて、私もフジカの後続機種を使用しておりますが、関沢新一氏が使っていただけに、非常に合理的なカメラです。マミヤやホースマンにも69判がありましたが、撮影の簡単さや連射の早さでは、はるかにフジカが勝っています。しかし、いざ撮影となるとこじんまりと69のフレームにまとめてしまい、単に35mmの一眼レフよりも少しシャープな写真を撮ったに過ぎません。このあたり、使い方そのものを考え直す余地がありそうですがフィルム代も馬鹿にならず、なかなか冒険できないのが現状です。

蒸気機関車に限らず、長時間かかって撮影場所を探せば探すほど、絵葉書的な写真になる傾向があり、気がつけば写真相互間に関連性の薄い、”絵葉書”の集合になっています。写真集ではこれをいかに克服するかが一つの大きなポイントではないかと思っております。35mmフィルムからのトリミングには限界があり、やはり撮ったようにしか写真上での表現はできません。

ところで、マット紙の使用は品の良い体裁となりますが、インクがしみ込むので色が薄くなるようです。無光沢の紙でもインクの乗りの良いものは数多くありますが、価格はアート紙と同程度のようです。

投稿: なんさってっとう | 2011年5月 8日 (日) 13時14分

なんさってっとう様、こんにちは。
「滅びゆく蒸気機関車」と「さあ行こう僕たちの美しいやつ」、タイトルだけは雑誌等で見たことがあるのですが、現物は見たことがありません。なんさってっとう様が手元に置いておくと言われるくらいですから素晴らしい写真集であることが想像できます。カメラのお話も興味深く読ませていただきました。どんなカメラなのかよく分からなかったのでネットで調べもしました。人間と蒸気機関車のごとく人と道具が一体となって仕事をする喜びを味わわせてくれそうなカメラでした。なんさってっとう様のカメラのお話を読むと以前使っていた古いカメラを引っ張り出して撮影したくなる衝動に駆られます。

投稿: Nakachan | 2011年5月 9日 (月) 19時01分

2冊を比べますと、「滅びゆく蒸気機関車」の方が内容的にも良いように思います。相当たくさん販売されたと見えて、続編では、書店が懲りたのか、続編はこの1/10ぐらいの少なさです。たしかに一般受けするかと言えば、それはノーかもしれません。相当古いので、ビニールカバーにはほとんどすべての個体について、カビが生えているようです。昨晩もあたらめて見ていると、体がかゆくなってきました。乾燥剤を入れてダニの水分を抜き、死滅させなければなりません。

現役蒸機の時代には白黒フィルムが主流で、現像方法などにそれぞれのノウハウがありました。私の場合にはトライXを100ft巻きからパトローネに巻き直し、1本あたり200円程度で使っていました。ちなみに日中装填(これ死語になりました)は定価500円で、安売り店でも値引きは僅かでした。これをASA200~320で露光し、コダックのマイクロドールXで少し短め(D76などと同時間)に現像するというものでした。フィルムと現像液の組み合わせによるフィルムの実効感度低下を予め露光過多で補うものでした。この結果、暗部から明部まで銀の乗りが均一化する傾向にあり、撮影対象や光線状態をあまり選ばない白黒写真が得られました。ちなみに印画紙の現像はいろいろ既製品を試した結果、自家調合のD72に落ち着き、引き伸ばしレンズはニッコールでは調子がいまいちなので、倍率による収差変動の少ないガウスタイプのフジノンEPを好んで使用していました。蒸機を白黒で撮影することは、処理も含めて2度楽しめる要素がありました。カラーリバーサルはコダクロームIIを使用しておりましたが、こちらは撮りっぱなしでした。今見るとカラーの方が断然良いのですが。


投稿: なんさってっとう | 2011年5月10日 (火) 23時53分

私も現像器具一式を買い揃え、夜、締め切った部屋で作業に没頭した思い出があります。思い出といいますのもその準備や作業時間の兼ね合いからいつの間にかやめてしまっていたからです。なんさってっとう様のような専門知識も技術もまったくもって持ち合わせておらず、こうして説明を拝読するにつけ、奥深いものだなあと感心しております。当時の写真誌などでトライXの名はよく目にしており、そう多くはありませんが使ったことがあります。一般のフィルムより感度が高く、鉄道撮影には重宝しました。当時コダクロームやトライXなど諸先輩方が使っているフィルムをカメラに装填するときの高揚感というのは今でも忘れません。

投稿: Nakachan | 2011年5月13日 (金) 00時08分

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