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2011年6月

2011年6月30日 (木)

カレンダー

長閑な時が流れるスハフ32273の車内。機関車次位に連結された車内からは貫通路越しに大きなヘッドライトと砲金製のC5550と記されたプレートが覗き、レールの凹凸やカーブに合わせて小さく踊るように揺れ動いています。床下や窓からは炭水車の細かいジョイント音に続いて自車のそれに比べて間延びしたTR23のジョイント音。時折汽笛が聞こえ、踏切警報音が後ろへと飛び去っていきます。ブラストがとぎれ、ジョイントを刻む音が少々ゆっくりとなったかと思えば、床下からゴゥーという制輪子と車輪が摩擦する音。やがて列車は大きく左右に振られ、不規則なジョイント音とともにホームに滑り込んでいきます。

駅のホームからは駅名を繰り返し告げるアナウンス。数人の乗客の入替がありました。その度に車内へ入る吊りドアがごろごろと重々しい音を響かせます。ジリジリジリというベルの音、そして笛の音。窓からブーという低いブザーの音がすると勢いよく汽笛が鳴り、ドレインを切りながらぎっちらぎっちらオールで進む船のように前後に揺すられるように静かに加速していきます。駅入線と同じように不規則なジョイント音とともにポイントをいくつか渡り、駅構内を横切る踏切を過ぎると、再び長閑な時間の始まりです。窓際でほおづえをついて目を閉じる老人、雑誌に目を落とす中年男性、機関車のはき出す煤煙で汚れるのではないかと心配になるような白いよそ行きの服をまとった妙齢の女性。デッキとの仕切り板には北海道の地図。

そんな車内を変わらずC5550のヘッドライトと砲金製のプレートが揺れながら貫通路越しに見つめています。

毎年、レイルマガジンの付録に付いている「蒸気機関車たち」(広田尚敬)のカレンダーを楽しみにしています。上に記したのは6月のカレンダーに添えられた写真の様子を勝手に文章にしてみたもの。よい写真の一つの要素はその中からいくらでも物語を作ることができるものではないかと思っています。

明日から7月。カレンダーがひとつ進みます。7月も素晴らしい写真。役者はキューロクです。

さて、写真はアナグマです。子どもなのでしょうか。あまり人を警戒することなく出てきました。ちょっととぼけた顔をしていますが、足の爪は立派です。

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2011年6月29日 (水)

夏本番

今日も暑い一日でした。官舎にはエアコンを取り付けていません。また、テレビともさよならしてDVDなどのモニター専用。その分、他の住宅に比べると電気消費量はかなり少ないのではないかと思います。確かに暑いことは暑いですが、これが当たり前と思えば、それほど辛いものではなく、返って自然の空気を楽しむことができるような気もします。電力消費を基準以下に抑えた家庭には、奨励金などを出すなんてしたらみんな頑張って節電するのでは、なんてつならないことを考えたりもします。

昭和へのノスタルジーをエアコンやテレビなしで味わうのも一興だぞと自分を納得させながら過ごす毎日。本格的な夏は始まったばかりです。

写真は、昨日のもの。こんな写真を見ているとますます暑くなってきそうです。

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2011年6月28日 (火)

梅雨明け

今日は終日研修会。座学での勉強会です。遣唐使や鑑真が訪れた地とのことで窓からの眺めが見事です。話によれば、遣唐使の記録は鑑真が乗ってきた船以外はないそうで、これは意外でした。また、当時の中国の人が描いた地図の複写を見せてもらいました。この地図は実におもしろいもので、この地の複数の港が大きく描かれ、九州の地図の大部分を占めるような地図でした。博多と並ぶような港の扱いに、当時この地がどれだけ重要な役割を担っていたのか伺い知ることができました。

帰りは行きとはコースを変え、海沿いの路を選択しました。梅雨明けしたとのことで、東シナ海の眺望を楽しもうと思ったからです。この辺りは天然の良港が点在するリアス式海岸。レンズをあちこち向けていましたら、ちょうど良いタイミングで2隻の漁船がやってきました。つい先日までの雨が嘘のような抜けるような晴天。焼けるような日差しに夏を感じる一日となりました。

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2011年6月27日 (月)

夜の回送列車

暑かった以外は平凡な一日。今、新渡戸稲造の「武士道」を読んでいます。もう何年も前に買った本でしたが、英文を翻訳したものですので、表現が少々難解で少し読んで本棚の肥やしになっていました。今、改めて読むと日本人の心を改めて理解することのできる名著。なんだか読んでいくうちにしゃきっとなっていく感じがします。

写真はこれまたずっと前に撮った817系。夜の散歩中に撮った気合いの入っていない行きずりの写真です。お客さんの姿がないところを見ると回送列車のようです。

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2011年6月26日 (日)

足回りをそれらしく

 午前中は地域のミニバレーボール大会がありました。ルールが工夫されており、わたしのように上手でない者も楽しむことができる内容でした。せっかくの休みですので、趣味を楽しむなどしたいところですが、人と関わりながら楽しむこんな日も大切なのかもしれません。
 午後は、最近やっていない模型いじりをするための情報収集をしました。量産品の模型も技術の進歩で非常にディテールが細かくなりました。一方でプラ地肌のままが多い大手メーカー製品の足回りはトイ的で是非とも塗装しなければなりません。車輪も黒メッキのものが多くはなりましたが、それでも光の加減では光ってしまい、これも塗装する必要があります。模型の美しさを保ちながら、より実感的な色合いになるような塗装の仕方について、先輩諸氏の記述を見ながらメモをとっていきました。

最近、車両を見ると足回りの様子が気になるようになりました。

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2011年6月25日 (土)

ユニバースの車内

昼から書店へ。月末はいつものように鉄道誌などのチェック。最近の書店はテーブルや椅子が置かれ、そこで図書館のように本を見ることができるようになっています。立ち読みはいくらでもしてしまいますが、さすがに椅子に座って読む勇気はありません。私は本や雑誌に折り目をつけない主義で、立ち読みで済ませてしまう場合も商品である本にダメージは一切与えないように細心の注意を払います。しかし、棚に置かれている雑誌の中には立ち読みによって表紙に折れ目ができているものも少なくありません。傷んでいる本は買う気になりませんので、これまで何度か購入を断念したり他の書店に回ったり、ネットで購入したりしてきました。この辺り、書店でのマナーとして互いに気をつけたいところだと思います。

今回は「国鉄の基礎知識」など4冊を購入。福沢諭吉を払って野口英世が一人戻ってきました。定期購読している季刊誌が重なったためで、ちょっと痛い出費でした。1ヶ月仕事を頑張ってきたご褒美ということで自分自身納得することにします。

写真は先日乗ったユニバースの車内。後ろには化粧室を備えています。高速バスはともかく、貸し切りバスで化粧室付きのバスがやってきたのは初めてのことで、長距離高速バスの続行便としての運用も視野に入れての仕様なのかなと興味深く見ることでした。しかし、車内のつくりは至ってシンプルで非常に合理的。すっきりとして無駄なものは何もないといった印象。この辺り、日本車と韓国車の設計思想の違いなのか、単にバス会社が指定した仕様なのか。

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2011年6月24日 (金)

ユニバース運転席

今日も暑い一日でした。梅雨の中休みなのでしょうか。真っ青な空に「アルプスの少女ハイジ」のオープニングで出てくるようなふわっとした真っ白な雲がいくつか浮かんでいました。遠くに見える山も一つ一つに木々がはっきり見えるようなクリアな空気感。

午後から片道1時間30分ほどのところへ出張の予定で、勤務終了後すぐ近くの線路端へ出没する予定でしたが、都合により出張は朝になって取りやめ。今日の天気を考えると、惜しいことをしてしまいました。

夕方鹿児島へ行き、深夜こちらへ帰ってきました。車を降りて空を見上げると満天の星。まさに文字通り星の数ほどちりばめられた星たち。そんな中を天の川がゆったりと流れています。夜になっても空気がクリアだったようです。

先日乗ったヒュンダイユニバースの運転席です。乗用車の運転席のようなシンプルさ。

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2011年6月23日 (木)

ユニバース

今日は、久々に自分のデスクで一日フルに仕事のできる日でした。お陰で仕事が進みました。

昨日、音楽会に行ってきたことを記しました。会場までは貸し切りバスで移動。やってきたのはIWASAKI BUS NETWORKのユニバースでした。ご存知の通り韓国ヒュンダイ自動車のバス。会場には多くの同社のバスが集結していましたが、どれも塗装が錆で浮いているような経年車ばかり。こちらにも乗ってみたい気もしましたが、新しさと話題性ではユニバースは当たりでした。

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2011年6月22日 (水)

ミニオーケストラ

久々に晴れ間が覗き、明るい一日となりました。ただ蒸し暑さだけはいただけませんが、雨が降り続くよりはよほどましです。

午後から音楽会があり、演奏を聴いてきました。地元で一番メジャーな楽団ですが、今日は最小限の16人で構成したミニオーケストラ。それでもやはり生の演奏はいいものです。和音が奏でるハーモニーの響きにうっとりしてきました。

先日はオーディオに凝っている駐在所のお巡りさんが「このCDは音がいいですよ」と言って2枚のCDを貸してくださいました。確かに歯切れの良い音が楽しめるCD、そして低音がぐっと響いてくるCDでありました。

鉄道のサウンドも好きですが、音楽のサウンドも心にぐっと響いてきます。

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2011年6月21日 (火)

今日も朝から荒れた天気。稲光と雷鳴が間断なく続く朝でした。そして昼前、バリバリバーンという瞬間的な破裂音と閃光とともに一瞬で職場の中が真っ暗に。目の前に雷が落ちたようです。見回った結果、建物内のブレーカーが落ちたための電源落ち。ブレーカーを上げると幸い復旧しました。

気になったのはすぐ近くにある官舎。パソコンの電源プラグのスイッチは切って出ていましたので、大丈夫かとは思いましたが、聞くところによると数年前の落雷で官舎の電化製品がいくつか被害を受けたことがあると聞いて、心配になって見に行ってみました。

ブレーカーはやはり落ちていました。ブレーカーを上げ、電化製品の様子をひとつひとつ確認したところ、どれも被害はなかったようです。一番気になっていたパソコンも無事起動することができました。

そろそろ晴れ間が恋しくなってきました。気持ちの良い風に吹かれながら外での活動を楽しんでみたいですね。

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2011年6月20日 (月)

この写真を最後に帰路に…

キロ28やサロ455などの落とし窓はその構造故、晩年は隙間から入り込んだ雨水が車体内側にたまり腐食の原因に。一部の車両は、ユニット窓に交換され、いかめしい姿になったのはご存知の通り。

前にも何度か記しましたが、私の車の水漏れはこの梅雨特有の連日の雨で深刻な状況です。助手席側の床には水がたまり、車の傾斜で前へ行ったり、後部座席側へ行ったりと水が大移動。手でかき出した後はタオルにしみ込ませては絞るという作業。それでも完全に乾くまでには、よい天気のもとで数日はかかります。

この雨ではいたちごっこですが、水のかき出しだけはしておきたいところです。今日、よい方法を思いつきました。官舎のすぐ横に上の方へ上っていく道があります。かなりの傾斜がありますので、ここに車を横にして止めれば車内にたまった水はドアの方へ流れ、ドアを開けたところで自然に流れ出すはずです。

実際にやってみました。車内にいると車が横倒しになるのではないかと思うような傾斜。そっとドアを開けてみると水が出てきました。これは簡単でよい方法です。

それはともかく、早く対策を講じないとキロやサロのように穴が空いてしまいそうです。

知覧線寄り道記。白い轍の先は期待に反して行き止まりでした。ずっと以前、このまま車で通り抜けたことがあったのですが今では完全な藪になっており、「ゴミをすてないで!」という札が下がった鎖で封鎖されていました。知覧から寄り道を続けながらやってきましたが、お昼を大きく回りさすがにお腹がすきました。この後、万之瀬川に架かっていたトラス橋近くの弁当屋で定番の弁当を買い、帰路につきました。小野の山の中にある廃線跡や佐々良トンネル、石積みの築堤などの残像をおかずに遅い昼食を楽しむことができました。

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2011年6月19日 (日)

白い轍

朝7時から集落の清掃作業。草刈り機をかついで道路横の草払いをします。草を払いながら最近薮化とする鉄道の築堤をボランティアで草払いするのも悪くないなと思いながら作業を進めます。「日本を美しくする会」というのがイエローハット創業者鍵山秀三郎氏によって全国規模の広がりを見せていますが、「日本鉄道風景を美しくする会」を立ち上げて、各支部で鉄道風景を美しく保つ取組をするのもよさそうです。もちろん廃線跡も含めて…。

知覧線寄り道記。白川の築堤を離れ、阿多寄りへ車を進めます。白川・阿多間の県道をクロスし、左側へ移った廃線跡はご覧の通り。緩やかな曲線がかつて鉄道であったことを偲ばせます。白い轍がこれから先、廃線跡をトレースすることができることを保証しているように思えますが、その真相はいかに。

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2011年6月18日 (土)

どのような経緯で?

夕方、娘の付き合いで県立図書館へ行ってきました。最近、読書が面白くなったらしく定期的に県立図書館から本を借りるようになりました。学校にももちろん図書館がありますが、児童数が多く人気の本はなかなか借りられないのだとか。

今、九州新幹線全線開業に合わせて鉄道関連の企画展をしています。娘が本を借りている間に一通り見てきました。お母さんが連れた小さな女の子二人が母親とともに興味深そうに見ているのが印象的でした。「つばめだよ、お母さん」と嬉しそうに呼びかける女の子。鉄道が愛される様子を見るのはよいものです。

知覧線寄り道記。白川の石積みの築堤は一部補修がなされています。ちょうど南さつま市のクリーンセンターの入り口の向かい側に当たるところです。結構な長さに渡り、写真のようなコンクリートブロックになっています。どのような経緯でこのようなことになったのか分からないのですが、築堤の高さに合わせ、あまりオリジナル部分との違和感がないように施工されています。

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2011年6月17日 (金)

吉松の魅力再び

地元新聞のコラムに鉄道の町吉松に再び鉄道を軸にした賑わいを取り戻す取組のことが取り上げられていました。かつての鹿児島本線であり、吉都線(宮崎線)を介して宮崎へもつながるまさに都市間輸送の交通の要衝だった場所。学校の児童生徒の約半分は鉄道関係者の子どもだったというのも当時の吉松の性格をよく表しています。

今でも立派な駅舎やホームにその面影を見ることができますが、機関区があった頃はその広い構内と敷き詰められた線路の多さに、吉松がどれだけ重要な役割を担ってきたのかを伺い知ることができました。鹿児島、吉松、大口、都城、志布志、宮崎などジャンクションに当たる当時の駅は鉄道が主要交通であった時代の栄華を感じることができ、子どもの頃の私たちには鉄道の原風景ともなる場所だったものです。

吉松駅を起点にウォーキングコースを設定し、それに地元ガイドを付ける取組が進行中であることが紹介されていました。田の神様、温泉、美しい田畑など吉松のよさを発掘、発信していくとのことです。先日の駅構内へのひまわりの種まきも吉松の魅力を高めるための取組の一つだそうです。今後の盛り上がりに大いに期待したいと思います。

鹿児島中央駅前では永らく親しまれた南国日生ビルに替わって新しいビルが建設中です。ホテルがメインとなる建物になるようで、西駅時代の風景がまたひとつ消え、新しい風景が加わります。

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2011年6月16日 (木)

地形に逆らわない築堤

今週は自分の仕事よりサポートに回ることが多く、明日も終日そのような形になりそうです。たまには年次休暇も取りたいのですが、毎年ほとんど取れていないのが現状で、年次休暇を取りやすい環境づくりが進めばよいのにと思うことです。

知覧線寄り道記。白川の石積みコンクリート塗りの築堤は、この辺りが一番の高さを誇っています。山裾の地形に逆らわず、ゆるやかにうねるような曲線を描く築堤にローカル私鉄らしさを感じます。今でもここを走っていた小型タンク機関車が牽く列車や気動車列車が走ってくる様子を容易に想像できるような、当時の情景がよく残っている場所だと思います。

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2011年6月15日 (水)

知覧線の石積

 よく降ります。目の前の川がこれまでにない増水をし、茶色い大きな流れが多くの浮遊物を伴って右から左へと移動していきます。大きな災害が起こらなければよいがと思うような雨模様です。

 知覧線寄り道記。白川付近の石積みの築堤は切石を規則正しく積み、石組みのみで形や強度を保つものではなく、石積みを基本としながらもその間をコンクリートで塗り固めたつくりになっています。そのため石積みではありますが、のっぺりとした表面が特徴です。トンネルや橋台などコンクリートが多用されている知覧線ですので、ここでもコンクリートを最大限活用するという工法になったのでしょうか。

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 築堤の壁石の表面をアップしてみました。砕石が多く混ぜられたコンクリートです。石積みとコンクリートの併用は、石積みから完全コンクリート製のものへ変わる過渡期特有のものなのかもしれません。

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 本線の伊集院・加世田間、加世田・枕崎間、万世線、知覧線とその工事時期によって石や煉瓦が多用されていたりコンクリート製に変わったりとその工法の変化には興味深いものがあります。

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2011年6月14日 (火)

残したい遺構

夕方、ネットで南薩線を検索。とあるサイトで加世田トンネルにヒット。ちょっとおもしろそうだったのでそのサイトをしばらく閲覧。廃墟をテーマにしたサイトでした。リンク先にあるサイトも見てみました。旧道や旧道トンネルなど琴線に触れる部分が多数。

その中に、とある霧島にある廃墟ホテルが目にとまりました。学生時代、バイト先のオーケストラが夏期合宿で使ったホテルでした。フロント、廊下、部屋、風呂、全体練習に使った大広間、そのすべてが年季の入った廃墟となっていました。パートごとの練習、全体練習、弓の張り替え、夕食…、そのすべてが遠い過去と認識せざるを得ない光景でした。現役の姿が記憶に残るホテル、その変貌ぶりにしばし言葉を失ってしまいました。

知覧線寄り道記。こちらも兵どもが夢の跡です。白川から阿多寄りにしばらく進むと石積みの築堤が次第に高くなってきます。うっすらと見えるラインを見ると、この辺りは3段分の高さがあるようです。普通であれば傾斜45度ほどの土盛りの築堤にする方が一般的だと思うのですが、如何なる理由でこのような石積みになったのでしょうか。この区間、知覧線の第一級の遺構として後世に伝えていく施策を関係自治体にはお願いしたいところです。

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2011年6月13日 (月)

白川付近の低い石垣路盤

このところJR北海道に関するトラブルが新聞紙上に出ることが多くなりました。トラブルはJR北海道にのみ起きているのか、特急列車火災による関連で北海道関連に注目が集まっているのかその辺りが分かりません。起こっている問題自体はよろしくありませんが、今回の度重なる問題がJR北海道だけの問題なのか、はたまたそうではないのか、公正な立場での報道なのか知りたくなります。

知覧線寄り道記もいよいよ終盤です。薩摩白川駅を花瀬へ向けて発車すると道路に沿った低い築堤を進みます。この築堤、東川辺(広瀬)付近と同じように石垣になっています。どのような経緯でこのような施工方法をとったのか興味があるところです。この辺りの道路は狭隘で、車の離合もままなりません。途中、離合用のスペースが確保されているほどです。近い将来、道路改修によりこの辺りの風景は一変する可能性も否定できません。

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2011年6月12日 (日)

強風下の12号機

ここ数日まとまった雨が降り、私の車のフロアは水浸し状態。どうも以前突き止めた水漏れとは構図が違っているようです。いったいどういうことなのか天気の良い日に水をかけて実験してみる必要があるようです。フロアを這っているカーナビの配線に影響が出て、再び画像が大きく乱れるようになりました。車内の湿気で他に影響が出ないか少々心配しているところです。

昨日は南薩鉄道12号機が保存されている公園の隣の体育館でとある大会がありましたので、その合間に窓から強風にさらされる同機を撮ってみました。窓を開けるなんてとんでもないことでしたので、吹き付ける雨が流れる窓越しに撮っています。狂ったように揺さぶられる木々の中でじっと耐えているように見えました。

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2011年6月11日 (土)

薩摩白川駅前

今日は嵐のような天気。お陰で傘を一本だめにしてしまいました。といってもこの傘、1本500円の安物。見た感じはよいのですが、安かろう悪かろうで傘を差すと中心部から水漏れ、水漏れによって金属部から錆が発生、それにより錆が混ざった水が手元に流れてくるという代物。たたんだときのロックもかかりにくく、さらにくるっと巻いて固定するマジックテープも次第にくっつきにくくなるという粗悪品の見本のようなものでした。いくら風が強いと言ってもすぐに裏返ってぽきっといったのは、構造部材の設計や素材の悪さからくるものだったのかもしれません。500円ですから自業自得です。

知覧線寄り道記。薩摩白川駅の駅前商店です。古いたばこの表示が郷愁をそそります。近くには白川小学校もあり、昨年創立130周年を迎えました。しかし、児童数はかなり少なく、複式学級にて授業を行っているようです。薩摩白川駅の開業は1927年(昭和2年)6月1日。現在は南さつま市金峰町白川ですが、当時は阿多村白川でした。白川の中心として多くの児童が学校に通い、この辺りも賑わっていたのではないでしょうか。

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2011年6月10日 (金)

白川駅バス停

久々に激しい雨になりました。先日来の暑さによる汗が冷えたのか、少しばかり風邪を引いてしまいました。冬の寒さより夏の汗冷えの方が私にとっては要注意なようです。鼻声に気づき、大丈夫ですかと職場で気遣ってくれる人がいることを嬉しく思いました。

知覧線寄り道記。薩摩白川駅の跡にやってきました。駅跡には土が盛られ、ホームなどの遺構を見ることはできません。ただ、バス停に「白川駅」と記されていることが駅があったことの証となっています。樹脂製のバス停表示部の円板は、台風等によってバス停が倒された際に取り付け部が割れ、支柱から外れてしまうことが多く、幸にして発見されたものはこのように再度取り付けらます。このようなバス停があちこちにありますが、ここ白川駅のバス停も例に漏れずそのような被害に遭っているようです。ここに廃レールが積まれていたことやバス待合いの小さな小屋があったのはご存じの通り。今はそれもなく、バス停だけがぽつんと立っています。

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2011年6月 9日 (木)

グラウンドゴルフ場?

地元新聞によれば、肥薩線吉松駅に隣接するSL会館「ぽっぽ亭」で金・土曜日にビアガーデンの営業が始まったとのことです。よく整備されたC5552や吉松駅に出入りする列車を眺めながらのビールは一度飲んでみたい気がします。新聞には各方面への最終列車が記されており、ほろ酔い気分で列車に乗り込む、新たな光景が吉松駅に生まれそうです。営業は9月中旬まで。

また、その翌日の新聞には吉松駅構内の機関区や側線があった空き地にある200メートルの花壇にヒマワリを植えたという記事が掲載されました。鉄道の町、吉松が観光列車の投入を契機に再び鉄道で注目されるのは嬉しいことです。今後、この部分にはJRによる桜植栽の計画があるとのことで、大畑や栗野のように美しい鉄道風景がここにも登場しそうです。

知覧線寄り道記。昨日の写真にあった築堤のよく管理された部分です。まるでゴルフ場のよう。「車両乗り入れ禁止」の札まで掲出され、ここが特別な場所であることがうかがえます。道路との境がガードレールではなくフェンスである点も気になります。ちょっと細長いですが、地域の人がグラウンドゴルフなどに利用しているのでしょうか。永吉駅跡では広い構内を利用して地域の人がグラウンドゴルフをしているという例があります。

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2011年6月 8日 (水)

青田に寄り添う白川の築堤

今日は仕事を終えた後、鹿児島の自宅へ帰ってきました。片道60キロ弱、往復でその2倍。午後から肉体労働をしたので筋肉痛の体を引きずっての運転でした。

知覧線寄り道記。佐々良トンネルを後にして、歩いてきた道を引き返します。いつものことですが、往路に比べて復路はとても短く感じられます。幻のトンネルの上辺りなのでしょうか、一番高くなった部分へ止めた車へ戻ります。以前は、ここから白川方面へそのまま廃線跡をトレースすることができたのですが、現在では叶いません。川辺・白川を結ぶ道路へ上がり、廃線跡を左手に見下ろすような形で白川方面へと車を進めます。

白川の集落がある里へ。田植えを終えた青田がゆるやかなカーブを描いています。この緩やかなカーブが知覧線の路盤との境界。一部の築堤は草が綺麗に払われ、美しい姿を見せています。こんな風景の中を走る列車を幻でも良いので見てみたい気がします。しかし、幻ではなく、本当にここを列車が走っていたという事実を今に伝える遺構の存在は我々を魅了してやみません。

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2011年6月 7日 (火)

佐々良トンネルのコサージュ

「恐怖の2時間18分」。1979年、アメリカのスリーマイル島で起こった原発事故を扱った柳田邦男氏のドキュメント。1986年の出版。文庫本が今年5月に第5刷りとして増刷され、その本を今読んでいます。今回の東日本大震災による福島第1原発の事故。今日の報道によれば、事故調査の組織が立ち上げられ、その構成メンバーに柳田邦男氏も迎え入れられているとのこと。柳田氏はこれまで航空機事故、医療現場、装置産業事故など、現代社会の今日的課題を客観的な事実の検証をもとに、冷静に見つめその本質を明らかにされてきました。今回の原発事故の検証でも大いにこれまでの経験と氏の冷静な目がいかされることと思います。チーフの失敗学を提唱している畑村洋太郎東大名誉教授が出された基本指針には共感できる部分が多々ありました。周りからの干渉を受けることなく、客観的な事故調査がなされることが今後の鍵だと思います。「恐怖の2時間18分」を読み進めいていくと、原発という最先端の技術を支えるのはやはり生身の人間であり、特別な存在ではないという事実に突き当たります。今回の福島第1原発事故も、調査が進むにつれ、私たちが唖然とするような事実が出てくるのではないかと危惧しています。

知覧線寄り道記。最後にコサージュで少々おしゃれをした佐々良トンネルの様子をご覧いただいて、佐々良トンネルを後にしたいと思います。

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2011年6月 6日 (月)

佐々良トンネルの亀裂

「赤いハイヒール」という曲。太田裕美さんが歌った曲です。実は私が初めて買ったシングルレコードなのです。「木綿のハンカチーフ」に続く曲でした。音楽を聴くと、その当時のことが走馬燈のように思い起こされます。

夕食をとりながら久々に太田裕美さんのベストCDを聞きました。当時、コンサートを聴きに行ったこともありました。きっと好きだったんですね。あまり歌詞の意味も考えずにというかそんな男と女の恋物語なんて遠い世界のことのようで実体験がなかったので雰囲気だけで聞いていたのかもしれません。

ほろ酔い気分で聞いてみると、男女の関係がある曲では爽やかに、ある曲では奥深く、ある曲では知恵の輪のごとく、どれも男と女がテーマ。この年になるとそれぞれ心に染みてくるから不思議です。人間世界では、いや生物の世界ではやはり異性の関係というのが身近で永遠のテーマということなのでしょうか。

ダークダックスが歌う鉄道唱歌。これもいいです。しかし、さすがに同じフレーズで繰り返され永遠に続くようなCDは、最後まで聞くにはよほどの覚悟が必要です。

知覧線寄り道記。まだ佐々良トンネルです。南薩線の大田トンネルは水害後、危険になったということで営業運転を自粛しました。どのような様子だったのは詳細は分かりません。佐々良トンネルの田部田側出口付近に大きな亀裂がありました。コンクリートの劣化や地震などにより遠い将来、部分崩壊ということもあるのかもしれません。

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2011年6月 5日 (日)

苔むす佐々良トンネル

日曜参観がありました。子どもと一緒に登校ということでしたので、雨脚の強い中、水たまりや雨水の流れを避けながら学校へ行きました。校庭はまるで池のように水をため込んでいました。水はけが悪いのではと思いきや、かつての8・6水害の後、校庭に貯留施設としての役割を持たせ、すぐには外へ流さないよう施工されているのだそうです。

知覧線寄り道記。佐々良トンネルの田部田側に出てきました。トンネルを出るとすぐに草木との格闘を強いられます。トンネルポータルを撮ろうとようやくこの位置までやってきました。写真をじっくり撮ったり、トンネルもゆっくり観察したりしたいのですが、早く退散したいという気持ちの方が強いのも事実。足下に少々の恐怖を感じながらシャッターを切りました。

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2011年6月 4日 (土)

はびこる草木もここまで

今日は、久しぶりに休日らしく家で過ごすことができました。テーブルの上に「積ん読」のようになっていた本を整理。といってもどこへ片付けようかと思案中。整理整頓は永遠の課題のような気がします。

ノートに生活のことなど様々なことを集約して綴っていくライフログ。本の整理中に出てきた息子や娘からもらった手紙を貼り付けておきました。可能な限り一元化して時系列で保管しておくと分類の繁雑さがなく実に気軽です。デジカメで撮った写真もインデックス印刷して貼っておけば、記憶の彼方に消えてしまいそうなこともいつまでも昨日のことのように詳しく振り返ることができ、楽しいものです。

知覧線寄り道記。佐々良トンネルの中から田部田方面を見てみました。草木に覆われ、この先へ進むのは容易ではありません。物理的にも、危害を加えるかもしれない生物の恐怖からも相当の構えがなければ難しそうです。トンネルの中からは外がとても明るく感じるのですが、植物が育つのはトンネルの入り口からほんのわずかなところまで。すぐに植物が育つには条件不足となるようです。廃線跡を自然へ回帰させようとする力もトンネルの中まではさすがに及びません。

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2011年6月 3日 (金)

タイムトンネル

昼過ぎ、ちょっと用事があったので老人ホームへ行ってきました。さて、事務室で用事を済ませ外へ出ようとすると出られません。自動ドアの手動ボタンがあるのですが押しても反応なし。事務室から人が顔を出し、上にある1番のボタンを押し、次に下にある2番のボタンを押してくださいとのこと。よく見るとちょっと離れて上下にボタンがありました。認知症や痴呆などで外部へ出てしまうことの予防なのでしょうか。このような施設では当たり前の装備なのでしょうが、今日初めて知ることとなりました。

知覧線寄り道記。トンネルの内部から光が注ぐ入り口を撮ってみました。この向きから撮ると、コンクリートを打った際の型枠の形がよりはっきりと浮き出して見えます。いろいろな表情を見せる廃線跡トンネル。もう少しおつきあいください。

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2011年6月 2日 (木)

手作りの味わいが

仕事を終え、久しぶりに自転車をこいできました。田を眺め、東シナ海を眺め、自分の動力で地球上を移動する感覚を味わってきました。走りながら、今年こそは山野線の水俣・久木野間を走ってみたいなと思いを巡らせました。

先日、鉄道誌をチェックに行った際、つい衝動買いしてしまった本がありました。「懐かしの鉄道パノラマコレクション」という写真集。タイトルの通り、横長の本を開くと見開き一面に一枚の写真が納まるというパノラマ写真。「懐かしの」とあるように最近の写真ではなく正に「あの頃」の写真なのです。南九州関係では昭和47年に撮影された南薩線加世田駅での上下列車交換風景、ホームを行き交うおばさんたち、そして口ひげを生やした下駄履きのおじさんが当時の風土を思い起こさせてくれます、そして、昭和50年に撮影された日豊線鹿児島・竜ヶ水間をいくDF50牽引の24系富士、食堂車を連結し、併走する南国交通のいすゞの貸し切りバスも時代を物語っています。最後は、昭和48年に撮影された日豊線田野・門石信号場間をいくキハ17型3両とキハ20型1両の国鉄色4連。あの頃にタイムスリップできる写真集です。

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さて、知覧線寄り道記。スルメを噛みしめるがごとく、遅々として前へ進みませんがご容赦ください。佐々良トンネルの天井を見てみました。ストロボは焚かずに外から入る自然光で撮影しています。天井に黒々と続くものは蒸気機関車から排出された煤煙でしょうか。古代遺跡の壁画のごとく、過去からの物言わぬ使者がつい先日の出来事のようなリアルさで迫ってきます。煙突から吹き上げる黒煙とともにブラスト音が聞こえてきそうです。

また、トンネル建設時の様子も窺うことができます。支保工に進行方向と並行に並べられた木材の上に流し込まれたコンクリートがその型枠の形を今に伝えています。コンクリート製とはいえ、現代のコンクリートの型枠とは全く違った趣で手作りの味わいを感じることができます。そして進行方向と並行に組まれていた型枠が一番上の部分では進行方向と垂直方向となり幅も広くなっています。この辺り、どのような工法の意味があるのか興味があるところです。

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2011年6月 1日 (水)

獣の通り道にも

今日から6月。最近、季節の割には気温の低い日が続いています。日本の節電への必要性に天が協力してくださっているわけではないでしょうが、過ごしやすい日々を有り難く思います。

東日本大震災関連の予算の見直しで1000円高速や一部区間高速無料化がこの6月中旬で廃止。これまで公共交通機関を苦しめ、エネルギーの無駄遣いを奨励してきた政策にようやく終止符が打たれます。都市間輸送を担う鉄道、高速バスなど収益の改善がなされることを期待しています。ダイヤの間引きや編成の見直しを迫られた鉄道も従前の状態に戻ることができるでしょうか。

知覧線寄り道記。佐々良トンネルの中を覗くとご覧の様子です。大田トンネルの石積み、煉瓦積みの重厚なつくりと違い、こちらはコンクリートを流し込んでの建設。少々味気ないつくりですが、それでも存在感は十分です。地面部分は車の往来もなく、雨水によるものでしょうか、きれいな平面が保たれた状態です。砂状の地面には点々と獣の足跡が続いており、時に狸や猪などの獣が通っているようです。

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