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2011年6月 6日 (月)

佐々良トンネルの亀裂

「赤いハイヒール」という曲。太田裕美さんが歌った曲です。実は私が初めて買ったシングルレコードなのです。「木綿のハンカチーフ」に続く曲でした。音楽を聴くと、その当時のことが走馬燈のように思い起こされます。

夕食をとりながら久々に太田裕美さんのベストCDを聞きました。当時、コンサートを聴きに行ったこともありました。きっと好きだったんですね。あまり歌詞の意味も考えずにというかそんな男と女の恋物語なんて遠い世界のことのようで実体験がなかったので雰囲気だけで聞いていたのかもしれません。

ほろ酔い気分で聞いてみると、男女の関係がある曲では爽やかに、ある曲では奥深く、ある曲では知恵の輪のごとく、どれも男と女がテーマ。この年になるとそれぞれ心に染みてくるから不思議です。人間世界では、いや生物の世界ではやはり異性の関係というのが身近で永遠のテーマということなのでしょうか。

ダークダックスが歌う鉄道唱歌。これもいいです。しかし、さすがに同じフレーズで繰り返され永遠に続くようなCDは、最後まで聞くにはよほどの覚悟が必要です。

知覧線寄り道記。まだ佐々良トンネルです。南薩線の大田トンネルは水害後、危険になったということで営業運転を自粛しました。どのような様子だったのは詳細は分かりません。佐々良トンネルの田部田側出口付近に大きな亀裂がありました。コンクリートの劣化や地震などにより遠い将来、部分崩壊ということもあるのかもしれません。

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コメント

 太田裕美さん、恥ずかしながら同世代でした。
ということは、Nakachanさんからすれば、少し年上の女性ということになりますね。
彼女のデビュー曲も含め、一応知ってはいますが、20歳まではロック(洋楽)、20代半ばからはジャズに凝っておりましたから、残念ながら、レコード(懐かしい響き!!)を買うとかのご縁はありませんでした。
 遠隔地に嫁いだ妹が、ご本人を見たと話したことを憶えています。
妹が20歳頃でしたから、太田裕美さんは多分23歳頃なのでしょうが、何でも、某所のエレベーター前で見かけたのだとか。
曰く、「可愛い人だった」との言葉が、30年以上を経ても、耳に残っているから不思議です。

 話は変わりますが、廃止から半世紀を経てもなお、現役当時の姿を保ち続ける「佐々良トンネル」には脱帽です。
近寄る地元民も少ないようですから、まさか立ち入り禁止となったり、埋めて閉鎖されることはないでしょうが、貴重な遺構を残して欲しいと願っています。

投稿: hvcc | 2011年6月 7日 (火) 19時27分

 中学生の頃だったかもしれませんね。家にあった古いステレオにかけて聞きました。細い4本足で支えられた一体型のものでした。メーカーはビクター。真空管仕様だったのでしょうか、スイッチを入れてかなりしてから音が聞こえてくるものでした。妹は山口百恵のファン。やはり同じステレオで聞いていました。HVCC様も妹さんとの関わりで接点があるのですね。どうも今振り返ると私は軟派だったようです。その点、HVCC様は硬派だったようですね。佐々良トンネルの存在は、南薩中央部に鉄道があったことを知らない世代には、かなりのインパクトがありそうです。
 肥薩線の嘉例川駅はそれまで一部の鉄道ファンの間では注目を浴びていましたが、ここにきてこれだけ世間一般の人に注目を浴びる存在になるとは思ってもおりませんでした。南薩線の大田トンネルやこの佐々良トンネルなど、将来注目を浴びる存在になることはないのでしょうか。

投稿: Nakachan | 2011年6月 7日 (火) 22時19分

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