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2011年8月14日 (日)

石橋

岩永三五郎が架設した甲突川の五石橋が日常の風景としてあった頃、あまり石橋には関心を寄せていませんでした。子どもの頃からあまりにも日常の風景として空気のような存在だったからかも知れません。石橋への感心が高まったのは、熊本県の霊台橋に出会ったときから。まだ若かった頃、人吉から五木を通り砥用に抜けました。霊台橋の存在は知らず、目の前に突如として現れた大きな単一アーチ橋に度肝を抜かされました。熊本には他にも味わいのある石橋が多数あり、石橋の魅力にとりつかれてしまいました。

最近ではあまり石橋を訪ねる機会に恵まれないのですが、それでも石橋は気になる存在。改修や水害等で数を減らさないことを祈りつつ、時間ができたらまたゆっくりと訪ねて回りたいなと思っています。

写真はおなじみの浜田橋。水面の映ったアーチが面白い表情を作ってくれました。

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石橋」カテゴリの記事

コメント

浜田橋、南鉄沿線では最大規模の石橋であり、国道脇に物産店(かめまる館)があることから、訪れる人が多い箇所でもあります。

南鉄沿線といえば、薩摩久木野の界隈にも、古い石橋がありますが、規模が小さいことや、国道を走行中の車からは見辛いこともあり、知名度では、断然浜田橋ですね。

永吉川橋梁、桁は無くとも、丹念に施工された石積みの橋脚&橋台が、その存在感を誇示し続けていくことでしょう。

投稿: hvcc | 2011年8月15日 (月) 19時34分

管理人様、こんばんは。「石橋」と聞けば廃止された鹿児島市電の路線を思い出します。伊敷線は数え切れない程乗りましたが最後の乗車は「五大石橋を歩いて巡る会」参加時。百人を超える参加者に混じって武之橋まで、まさか全てが失われるとは(絶句)。清水線はたったの1度きり中学の部活で清水中と練習試合をした際に大乗院橋を(これ又)1度だけ。谷山の潮見橋は何度となく渡りましたがアーチ上部と川面が近すぎる姿が気に喰わず撮らず仕舞い。鉄道情景や車輛と同じで『撮りたい時には消えている』そろそろ真面目にハイビジョン動画撮影にも取り組もうと考えています。ただカメラと同じでどのメーカーの機材を選ぶか?大いに迷って今年の【お盆】も終わります、記録媒体が刻々と変化・進歩するのに撮り手の技量が上がらないのが最大の難問であります。

投稿: 夢幻鉄道 | 2011年8月15日 (月) 21時20分

hvcc様、こんばんは。
永吉川を渡る三つの新旧の橋は歴史を感じさせる南薩線沿線でも第一級のものだと思います。観光コースから外れていますので、めったに観光バスが通ることはありませんが、もしここが観光地を結ぶメインコースになっていたならガイドさんの案内スポットとして徐行運転するぐらいの場所になっているのではないかと思います。

夢幻鉄道様、こんばんは。
歳と共に年月の過ぎ去る早さに驚いています。無策のうちにどんどん過去帳入りするものが増え、それについていけない自分に少々もどかしさを覚える昨今です。ものが溢れ、どれを選択すればよいのか迷うのは誰も同じかもしれません。鮮明なハイビジョン動画が家庭用ビデオカメラで撮れるなんて、3分間の8ミリフィルムで撮影していた頃から考えると夢のようです。

投稿: Nakachn | 2011年8月16日 (火) 21時47分

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