ブルトレ再出発
朝刊を見ていて「マレーシアでブルトレ再出発」という小さな記事が目にとまりました。記事によるとマレーシアで“第二の人生”を送るのは「富士・はやぶさ」(東京-大分・熊本)として活躍した中古車両とのこと。鹿児島からも旅立った車両がいましたので、用途廃止後に遠く海外で働く場を見つけられたことは車両にとって幸運なことだったのかもしれません。マレーシアの人たちにも大切に使ってもらい、人気列車として活躍してもらいたいと思います。小さな写真が添えられていましたが、「富士・はやぶさ」で使われていた寝台車ではなく14系座席車でした。記事とリンクしない写真におやっと思いましたが、おそらく14系座席車と14系寝台車の混結なのでしょう。記事では列車丸々「富士・はやぶさ」で使われていた寝台車が用いられるような印象を受けますので、記事を読んだ多くの人は「富士・はやぶさ」で使われていたのは14系座席車だと誤解しそうです。
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コメント
「遥か南国で第二の人生…」、聞こえは良いのですが、かつて、譲渡された気動車(キハ58系)の哀れな末路を思い出しました。
何時の間にかエンジンが取り外され、すなわちトレーラー化され、冷房も効かず、ヨタヨタと牽かれて行く様は、「哀れ」そのものです。
技術的な問題、保守部品の調達など、何れにしても保守作業に関わる事項がネックでしょうか。
機関車に牽引される客車は、部品点数も少なく、保守は楽かと思いきや、件の車両は窓が固定ですから、冷房装置無しでの運行は難しいはず。
その辺り、ブームの後、30~40年あまり前、各地に譲渡され、今では邪魔者扱いされている蒸気機関車に似ている気がして、不憫(ふびん)でなりません。
投稿: hvcc | 2011年12月22日 (木) 20時49分
書籍やネット、ユーチューブなどで海外に譲渡された車両の様子が紹介されていますが、中にはかなり荒廃している車両もあるようですね。つい最近、ユーチューブで見た12系は窓ガラスはなく、洗面所も割られ、廃車され長年放置されていたような荒れよう。設計や製造、運行に携わった方、お世話になった利用者それぞれ、どんな思いで見るのだろうと惨憺たる気持ちになりました。翻って日本においてもHVCC様が記されたように保存蒸気機関車等の車両の中には放置同然のものもあるようで、管理の大変さはあろうかと思いますが、善処を望みたいところです。
投稿: Nakachan | 2011年12月24日 (土) 10時04分