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2012年1月18日 (水)

布計小学校今昔

山野線薩摩布計駅近くにあった布計小学校は今でも建物が残っています。地元の人たちに大切にされ、近年改修工事が行われ、羽板や窓枠、瓦などが更新されています。また、痛みの大きかった末端部が撤去され、やや小振りになっています。しかし、廃校になってからどれだけ経つのでしょう。山野線廃止よりずっと以前に廃校になっています。その学校が今まで大切にされているというのは特筆に値するのではないでしょうか。

外側は真新しく生まれ変わった布計小学校ですが、室内は昔のままです。

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1986年当時の布計小学校です。既に廃校になっていますが、鉄棒やジャングルジム、バスケットゴールなど、まだ残されています。校庭のトラックもその存在を認めることができます。また、手前に建物の影が見えることから現在は撤去された校舎が現存していることが分かります。玄関の右側の部分の長さから撤去された部分を伺い知ることができます。(写真は弊HPから再掲)

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コメント

管理人様、こんばんは。布計小学校と言えば数年前に映画のロケが行われたと記憶しております。その撮影時に原寸大の零戦を再現し暫くの間は同地で保存展示との地元紙の記事を読んだ覚えがありますが、外見だけのレプリカ故に朽ちて撤去されたかもしれませんね。さて昨日の新聞には『廃車となった旧西鉄、熊本市電の連接電車を展示公開へ向けて』の記事がありました。すぐに掲載写真の電車後方に鎮座するシゴロク99号機に焦点がいきました、赤錆てボロボロだったカマが見事に補修されている事に安堵しましたが復元とは表現できない御化粧が、。溶鉱炉行きから救ってくださったのですから所有者様には大いに感謝するべきなのです、解ってはいながら素直に喜べない私は小心者です。暖かくなりましたら時間を見つけて探訪し布計の自然にて狭い了見を洗い流し大切な鉄道遺産の一つが残された事実を心の底から喜べる大人の趣味人になりたいと思う次第です。雨垂れに濡れつつ光る99の美しき輝き、山野線の貨物を牽いて吉松駅を出る汽笛は町に響いて・飾り気が無いからこそ美しい黒の情景、現役煙姿への憧れは止まずそして慕る想いも断ちがたし。

投稿: 夢幻鉄道 | 2012年1月19日 (木) 23時41分

布計小学校の写真ありがとうございました。保存されているのは嬉しいですが、昔の姿のほうがいかにも小学校という感じですね。学校の木造校舎は例外なくこげ茶色でした。おそらく木の板の腐食防止の処理が、現在では健康上の問題や不燃化などの理由により、使われていないことよるものではないでしょうか。枕木のように油を引くというのが建築材料にも多用されていたのではないかと思います。バスの床板もタールが定期的に塗布されて、その直後には車内はとても石油臭いものでした。なくなるのは校舎ばかりでなく、唱歌なども有名なもの以外は時代とともに歌われなくなり、大きく変化しているものと思います。桜の形の厚紙製の名札や図工に使った”きびがら”など、すでに過去の思い出です。ところで古いものを残すのにはセンスが多く必要で、整備すればよいというものではなく、モノは残っても雰囲気は台無しというケースがあまりにも多すぎます。南薩線では、浜田橋の上のタイルや永吉のホームやその周辺など、オリジナルの姿をかえってぶち壊しているような気がします。小学校の写真を南薩線のほうに1,2日挙げさせていただきますね。

投稿: なんさってっとう | 2012年1月20日 (金) 18時19分

夢幻鉄道様、零戦がいた頃行ったことがあったのですが、先日訪れたときには既に跡形もなくなっていました。さて、先日の記事では私も奥に映っていたC56の方に目がいきました。下地塗装までの姿は雑誌で見ていたのですが、その後の様子を見たのは初めてでした。何やらかつて日本中を連れ回されたポンパ号のような趣になっているようですね。カラー写真でなかったので色彩は定かではありませんが、鮮やかなカラーリングになっているのが想像できるデザイン?でした。新しく搬入された熊本市電も同じような出で立ちになるのでしょうか。保存に対するスタンスや車両に対する歴史的な理解等、いろいろな要因がからみ、保存車両の運命は翻弄されていくのだと思います。まずは救ってくださったことに最大の感謝の意を表したいと思っています。

なんさってっとう様、春の季節の布計小学校の写真ありがとうございました。現在撤去されてしまった校舎が写り込んでいますね。私にとってこの布計を含む山野地区は縁のあった土地でこの布計小学校跡にも何度かお世話になり、泊まり込んだこともありました。その当時はまだ建物の痛みは感じられませんでしたが、その後訪れる度に老朽化が心配されるような状況になっていました。正面右側は明らかに屋根がたわみ倒壊の危険が迫っているように見えました。改修されましたが、老朽化即撤去という構図にはならず、延命が図られたことは素晴らしいことだったと思います。これから年を経るに従い、かつての味わいに似た雰囲気が出てくるのではないかと思います。それにしてもこんな山奥の廃校にお金をかけて改修したことに関係者された方々の知的なセンスに感心するばかりです。

投稿: Nakachan | 2012年1月20日 (金) 20時17分

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