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2012年1月12日 (木)

布計駅前

山野線廃止に伴い運転が始まった代替バス。今ではどのような状況になっているのか調べていませんが、バス停は健在でした。そしてその横には上屋付きの立派な待合所?も。かなり経年が進んだ表示板ですが、「布計駅前」という駅が現役であるかのような表示が泣かせます。最近の寒波で伊佐市大口はマイナス5℃といった報道をよく耳にします。さて、そこより遙かに山間のこの地はどの程度まで気温が下がっているのでしょうか。

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コメント

青/白/赤の3色のバス停の標識はかつては最もポピュラーなものだと思います。現在、どの程度あるのかは知りませんが、九州には結構残っていると思われます。かすれた色や文字が雰囲気を演出しています。列車があった当時は、水俣からはループの手前の大川どまりでした。鉄道廃止の代行であれば、布計-久木野間もバス路線が必要です。しかし、あの狭い峠道に路線バスは走らなかったと思われますが、実際はどうなのでしょうか。ひとつだけ心残りなことがあります。昭和50年ごろ、産交のボンネットバスは小国2台・本渡2台?・水俣1台・人吉2台が残っており、小国のほかに水俣にもトヨタDBがいたはずです。小国と人吉は追いかけて行って撮影しましたが、水俣のトヨタがここに運用されていた可能性もあったのではと、確認しなかったのが心残りです。小国のDBが前面ガラスが完全に分離したクラシックな感じでしたが、水俣のDBは前面ガラスにセンタピラーが入った松本車体のボンネット用最終期ボディの車と考えています。

投稿: なんさってとう | 2012年1月13日 (金) 21時53分

バス停はそこに人の暮らしがあることの象徴であり、辺鄙なところで見かけるとこんなところにも人の暮らしがあるんだなあと妙に感心した気持ちになります。水俣から久木野・大川までと山野から布計まではそれぞれ利用があったと思いますが、県境を越えての久木野・布計の人の行き来はほぼなかったものと思われます。山野線が直通していた頃は鉄道を使って県境を越える意味もありましたが、鉄道無きあと大口・水俣間は鉄道沿いではなく国道をそのまま進んだ方が距離的にも時間的にも短縮になりますので、山野線沿いの峠を越える代替バスは走っていなかったと記憶しています。

ボンネットバスもお詳しいですね。私は人吉で複数のボンネットバスが運行されているのを見たことがあります。まさにタイムスリップしたかのような光景でした。子どもの頃でしたが…。

投稿: Nakachan | 2012年1月14日 (土) 19時07分

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