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2012年2月

2012年2月29日 (水)

健康維持と廃線跡

この歳になってくると病気予防やいつまでも元気で過ごせることに自然と関心が向いていきます。書店に行ってもついその手の本に目がとまります。鉄道車両は他の交通機関に比べても長命です。我が身もメンテナンスを丁寧に行い、鉄道車両のごとくしぶとく生き延びたいと思います。

最近気をつけていることはカロリー制限。とにかく食べ過ぎは病気のもとということのようです。腹6分から7分を心がけ、間食はまったくしないことに。空腹も健康のためによいと思えば心地よいものです。

半分は健康維持のために歩いた南薩線跡。ここは吹上浜駅を永吉駅へ向けて出発して最初のカーブ。南薩線を歩くと自然の地形に沿った急カーブやこまめな勾配が多いことに改めて気付かされます。フランジの音を響かせながら曲がっていったそれぞれの時代の車両達の姿が浮かびます。

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2012年2月28日 (火)

新製配置

造形村のDD54が甲種回送されてきました。アルミサッシ仕様の3次形です。4次形以降は振動への対応としてHゴム化されています。初期設計仕様を尊重して3次形としました。ブルトレの牽引はこのグループはできませんので、一般型客車は貨物列車の牽引に当たることになります。

手すり等のパーツはユーザー取り付け。かなりの数に上ります。すべて金属製のパーツですので、うまく取り付けることができれば精密感を高めることができそうです。飾り帯は、銀色塗装で表現されていますが、金属質のデカールが付属しており、好みで貼り付けることができるようになっています。ナンバーは銀色のインレタで金属ではありません。トミックスのDF50用のインレタを拾って貼付すれば感じが良くなりそうです。

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2012年2月26日 (日)

あっね

今日は、旧鹿児島交通線の吹上浜駅跡から吉利駅跡まで往復、線路跡を歩いてみました。自転車で走ったことはありましたが、徒歩では初めてです。車では見えないことが自転車では見え、自転車では見えないことが徒歩では見えることに改めて気付きました。寄り道しながら3時間強の道程は、在りし日の南薩線を偲ぶ味わい深い時間になりました。

旧吹上浜駅の駅前商店横に掲げられた注意喚起の看板。最近の作です。「あっね」の意味が分かりますのでしょうか。鹿児島の人はすぐに分かる方言で、「あぶない」ということ。南薩線現役の頃は中央線のない狭い道でしたが、改良が進み立派な道になりました。しかし、この部分の線形は以前のままで急カーブの末、線路跡を跨線橋で越えます。

地元の人しか通らないような道ですが、県外の人が見たら????の看板となりそうです。

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2012年2月18日 (土)

475系にようやく着手

先日の新聞に鹿児島市が鹿児島本港区へ市電路線新設へ向けて検討を始めるとの記事がありました。センターポール化や軌道緑化、低床電車導入など積極的な事業展開を見せる鹿児島市電に新たな光が見えてきました。県庁への延長、谷山駅への延長など、これまで検討されてきた経緯がありますが、残念ながら実現していません。今回は新幹線全線開業を契機としたさらなる観光立県としての地盤固めという今後の鹿児島の行方に関わる事業展開だけに、是非官民一体となって実現させて欲しいと思います。

長らく眠っていた455(475)系の運転整備に着手しました。鹿児島へは急行「かいもん」号、「そてつ」号として発着。日豊線南宮崎・鹿児島間が電化されたときには急行「錦江」として走る姿も見ることができました。また、急行列車大幅削減のあおりを受けて、普通列車としてグリーン車を組み込んだまま運転されたのもご存じの通りです。

今日は、2両の先頭車のお顔に手すり等のパーツを取り付けました。模型で手頃なグリーン車やサハシを組み込んだ7両で編成します。

今日も相変わらず、飛ばしたパーツを探すのに余計な時間をとられました。模型とつきあうにはいらいらせずに、忍耐強く作業を続ける力が必要なようです。

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2012年2月14日 (火)

バレンタイン

昨日は建物の中より外の方が生暖かいという一気に春本番を思わせるような陽気になりました。春本番へ向かう季節の移ろいは人の気持ちに希望のようなものを抱かせてくれるような気がします。

ネット店から本が届きました。新聞の書評欄等で興味を持った本を中心にネットで購入しています。時折メールで送られてくるギフト券を使えば、1割引で購入できますし、送料も無料、しかもポイントもつきますから書店で購入するより早く確実で効率的、経済的です。ピンポイントの購入はネット店ですが、やはり書店に並んだ膨大な書籍の中から購入するのがメインです。いい本に出会えると本当に良かったなあと、いい人に出会ったような喜びがあります。

今日はバレンタイン。娘手作りのチョコをもらいました。商業ベースのバレンタインチョコには少々批判的な面もあったのですが、この年になってくると気持ちを伝える機会を作ってくれているという点ではバレンタインデーをここまでメジャーなものにした業界の功績として評価できるのではないかと思うようになってきました。

東日本大震災という体験を通して、今年のチョコの意味合いは変わってきているといいます。感謝の気持ちを持ちながら、一つ一ついただきたいと思います。

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2012年2月12日 (日)

橋詰橋

昨日、今日と良い天気に恵まれました。久々の青空が心地よく、のんびりと過ごしました。

さて、先日訪ねた大口・人吉方面の続きです。

国見山を源流とする芋川。深い谷を流れ、球磨川へ合流します。その川に架かる橋詰橋。石橋としては最末期ともいえる昭和30年の架橋です。

この橋の下流に一勝地橋があり、その訪問も楽しみにしていたのですが、辺りの風景は一変していました。昔の風情が残っていた通りは拡幅され、家並みも失われていました。そして、石橋であった一勝地橋の姿がありません。平成20年に新しい橋へ掛け替えられていました。肥薩線の鉄橋と並んだ姿はいにしえの風景として味わいがあっただけに残念です。石橋の一勝地橋は大正12年の架橋です。

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2012年2月 7日 (火)

蟹が地獄

先日、麓川発電所を訪ねた際、蟹が地獄の案内板に誘われて初めて蟹が地獄へ下りてみました。案内板は県道27号線沿いに立っており、川辺方面から来るとすぐに気づきます。

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人気のない谷へ降りていくのは少々不安になりますが、興味の方が勝りますので足下に気をつけながら歩を進めていきます。下りてみてその景観のスケールに驚きました。知覧と川辺にはかなりの高低差がありますが、その高低差に刻まれた悠久の歴史。岩盤を深くえぐり、恐ろしくなるような荒々しい景観を作り上げていました。その姿をカメラに納めようとしますが、見た目とファインダーで覗いた画像とのイメージが一致しません。よほどはまって向き合わないとその本来の姿を写し取ることはできないようです。

岩の割れ目は深く、その下を水がごうごうと流れています。地獄の形容が当てられたのがよく分かるような気がします。先へ進むには、そのような割れ目をいくつか越えなければなりません。下の写真の正面奥が麓川、そして左手に厚地川、ちょうどここは二つの川が合流する部分です。

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こちらは麓川。発電用に上流で導水路に導かれていますので、普段は水の流れは失われているようです。しかし、なぎ倒された木や水の流れの跡がありますので、大水のときには相当な勢いでここを水が駆け下ることを伺い知ることができます。考えただけでもぞっとします。このような岩盤がむき出しになった風景が奥へとずっと続いていました。

知覧線の鉄橋があったのは厚地川の方。ここからすぐです。このような荒々しい谷を越えた目を覆いたくなるような高さの鉄橋。さぞかし怖かったのではないかと思います。

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2012年2月 6日 (月)

南薩の鉄道沿線の発電所

日曜日、いろいろと用事を済ませ夜、「ALWAYS 三丁目の夕日'64」を見てきました。残念ながら時間の都合がつけられず3Dでは見ることができませんでしたが、昭和のよき時代風景を舞台にした物語を楽しむことができました。子どもの頃の記憶が蘇ります。途中、キハ58主体のキロ2両を組み込んだ急行列車が登場。車窓を見ながらの走行シーンも十分にあり、あの頃の鉄道の旅の味わいを今一度思い出すことができました。ああ、列車に揺られて旅に出たいなと言う思いに駆られます。

さて、先日訪ねた麓川発電所。建屋の様子です。石積みのシンメトリー。実に簡素な作りです。当時、土木分野では橋脚、トンネル、壁石など、建築分野では農業用倉庫や塀などで切り出した石を積む工法が多く採用されました。耐久性に優れ、今でもこうして現役で使用されていることは特筆に値すると思います。

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麓川発電所は大正9年でしたが、こちらはそれより時代がさかのぼった明治41年、島津家の自家用発電所として稼働を始めた大田発電所です。同じ石積みの構造ながら島津家の勢いを感じさせます。

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2012年2月 4日 (土)

蟹ヶ地獄にある発電所

今日、旧知覧線の中心駅があった川辺と知覧で二日市があり、多くの人たちで賑わいました。私は二日市には関係なく知覧で午前中会合が開かれましたので出席してきました。そして、帰り道、前から訪ねてみたかった麓川発電所へ行ってみました。道路沿いのこれまで藪だったところが払われ、発電所は往路の車中からもはっきりと認めることができました。ここではないかという入り口も確認して帰りの探索に備えました。

この麓川発電所の存在はなんさってっとう様にご教示いただいたものです。麓川と厚地川が合流する辺りというお話をもとに資料を調べてみると確かに九州電力の水力発電所として現在も稼働中であることが分かっていました。

川辺町風土記には、同発電所は南薩水力電気株式会社が大正9年に開設したもので、発電所は川辺、取水口は知覧にあり、電気はすべて頴娃に送っていたとのことで、まったく地元に恩恵のない発電所であったと記されています。

近くの蟹ヶ地獄を跨いで敷設された知覧線の全線開通が昭和5年ですからそれよりずっと以前に発電機のうなりをあげていたことになります。

辺りの雰囲気、そして石積みの建屋はそんな歴史を感じさせるに十分な風格を備えていました。

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