« 職場体験 | トップページ | 南薩の鉄道沿線の発電所 »

2012年2月 4日 (土)

蟹ヶ地獄にある発電所

今日、旧知覧線の中心駅があった川辺と知覧で二日市があり、多くの人たちで賑わいました。私は二日市には関係なく知覧で午前中会合が開かれましたので出席してきました。そして、帰り道、前から訪ねてみたかった麓川発電所へ行ってみました。道路沿いのこれまで藪だったところが払われ、発電所は往路の車中からもはっきりと認めることができました。ここではないかという入り口も確認して帰りの探索に備えました。

この麓川発電所の存在はなんさってっとう様にご教示いただいたものです。麓川と厚地川が合流する辺りというお話をもとに資料を調べてみると確かに九州電力の水力発電所として現在も稼働中であることが分かっていました。

川辺町風土記には、同発電所は南薩水力電気株式会社が大正9年に開設したもので、発電所は川辺、取水口は知覧にあり、電気はすべて頴娃に送っていたとのことで、まったく地元に恩恵のない発電所であったと記されています。

近くの蟹ヶ地獄を跨いで敷設された知覧線の全線開通が昭和5年ですからそれよりずっと以前に発電機のうなりをあげていたことになります。

辺りの雰囲気、そして石積みの建屋はそんな歴史を感じさせるに十分な風格を備えていました。

Dsc_0179_s

|

« 職場体験 | トップページ | 南薩の鉄道沿線の発電所 »

南薩鉄道」カテゴリの記事

コメント

「麓川発電所」、直ぐ近くを何度も通りながら、未だ見たことがありません。
次回訪問時の楽しみが増えました。

山間部でよく見られる導水菅式の発電施設ですね。
このような小規模水力発電所を多く設置すれば、原発など不要になるはず。
発電機などの性能も向上していると思いますから、今後、こうした施設が増えることを期待しています。

投稿: hvcc | 2012年2月 5日 (日) 07時36分

写真を見せていただきありがとうございました。分岐していた水路が合流している様子がよくわかります。薩南中央鉄道線の路線計画変更の一つの理由にもなっていたものですが、発電所はすでにここに建設されており、建設予定という名目は適当であったことがわかります。路線変更については、いろいろなかけ引きがあるはずで、真相はすでに調べることもできません。”南薩鉄道の父”はかけひきをうまく使って伊作や東加世田の住民から資金をうまく調達していました。頴娃は免許失効区間の終点ということで、当時からまわりの村よりも栄えていたものと思われます。当時は”石垣”という名称が使われており、戦後相当時間がたって開通した指宿枕崎線の駅名との対応にはズレがあります。薩南中央鉄道はさらに延伸を考えていたようですが、もちろんこれも実現していません。しかし、実際の写真を見せていただくと、知覧線の建設時の様子に少しずつ近づいてきたような気がします。ところで知覧線の遺構では東阿多の小さな鉄橋が消えて非常に残念ですが、花瀬-白川間に水路をまたぐ小さな鉄橋や暗渠が複数残っていると思われます。現在では無意味な陸橋となっている郷ノ原跨線橋をスタートとして、白川橋梁までにある、郷ノ原橋梁、佛山第一橋梁、佛山第二橋梁、佛山開渠、白川函渠の5ヶ所がそれです。3月の桜の季節に現地調査に行きますが、遺構調査というよりは、現地での聞き取りによる調査と確認になる予定です。

投稿: なんさってっとう | 2012年2月 5日 (日) 13時26分

HVCC様
これまで木々に遮られて見えなかったのではないかと思います。立ち入り禁止と書かれた私有地がすっきりと藪払いされたために道路からも容易に見ることができます。次回の訪問時、是非立ち寄ってみてください。

なんさってっとう様
ご教示いただいてようやく現地を確認することができました。大田発電所と同じ石積みの建屋ですが、こちらの作りは簡素です。大正の時代から今日に至るまで黙々と発電を続けてきた歴史に敬意を表さずにはいられません。桜の季節での現地調査、成果を期待しております。

投稿: Nakachan | 2012年2月 6日 (月) 22時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 蟹ヶ地獄にある発電所:

« 職場体験 | トップページ | 南薩の鉄道沿線の発電所 »