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2012年3月

2012年3月29日 (木)

村田旅館2階ミニロビー

昨日も村田旅館で送別会が行われ、参加してきました。今回は大勢での送別会で、大宴会場いっぱいの人たちの対応にバイト生たちまで含めて大忙しの様子でした。木造の当時の建物を生かしているとはいえ、内装等は改装している部分がほとんどです。しかし、古い建物をリニューアルしながら今なお現役ということに大きな価値を難じます。

玄関を入ってすぐに2階の客室へ上がる階段があります。左右両方から階段があります。

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階段を上がると客室の廊下と反対側に小さなロビーがあります。この窓を開けると正面の様子が望めます。万世線現役当時はこの窓から薩摩万世駅の様子が望めたはずです。

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2012年3月26日 (月)

電車の座席気分で

今日は、家内と子どもたちが洋服を買うためにいくつかの店に出かけたようです。こちらは仕事ですが…。3人の子どもたちは三者三様だったとか。衣服に全く関心を示さない長男、ユニクロでは全く購入意欲がなかった次男は専門店に入るなりお目当てのブランドものの衣服のみ欲しいものの対象。長女はショッピングそのものを楽しんだようで、ものに対する関心がまったく違うようです。衣服に関しては長男が私にもっとも近いかもしれません。

日曜日にカタログショッピングで頼んでいた座椅子が届きました。座椅子といってもほどよい高さがあり使い勝手が良さそうなのと、デザインが何となく九州新幹線800系の座席を思い起こさせるようなものだったので購入しました。官舎にはソファの自前がなくゆっくり座る場所がなかったのです。これからはここに座ってゆっくり本でも読もうかと思っています。

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風呂上がりに外へ出て金星・月・木星の並びを鑑賞。等間隔に並ぶ姿は見事でした。絞り開放、VRにて手持ちぎりぎりになるシャッター速度で撮影しました。

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2012年3月25日 (日)

村田旅館の洗面所

鹿児島市内の書店まで出かけて鉄道誌等をチェック。定期的に購入している「蒸気機関車」と「国鉄時代」を購入。他にも鉄道以外の新書等を購入して7000円超の出費。しかし、いろいろな知識が得られるので、遊びに行ったり飲みに行ったりすることを考えると安い買い物だと思います。

写真は旧薩摩万世駅前にある村田旅館の洗面所。昭和の香りが漂っています。向かいに姿見がありますが、これもかなりの年代物。

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鏡の部分を拡大すると、このような標記が…。

「アサヒビール」「リボンシトロン」と右からの文字。木枠には「株式会社丁子屋商店」とあります。丁子屋は万世に古くからある商家です。

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2012年3月24日 (土)

今日も送別会

今日も送別会。昨日もそうですが私が紹介役です。あらかじめメモしておいたことを思い出しながら紹介をしていきます。100パーセントメモしておいたことを紹介していてはもちませんので、80パーセントでOKと事前に自分に言い聞かせておきます。無難に5名分の紹介を終えることができました。

今日の会場もなかなかのレトロ。昭和の頃の建築。天井のRが泣かせます。こんなところで送別会ができるのもなかなか贅沢なのではと思えてきます。

写真は昨日、送別会が行われた村田旅館のフロント付近。フロントで笑顔を見せるのは女将さんです。万世線のかつての栄華を今に伝える旅館風景です。

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2012年3月23日 (金)

村田旅館にて

異動の季節になりました。今日は職場の送別会。発表が遅いものですから係が会場を押さえようとしても中心部のめぼしい飲食店は軒並み予約でいっぱい。そこで私が以前リクエストしていたことを係が覚えていてくれて、村田旅館に連絡を取ったところ予約を取ることができました。万世線の終点、薩摩万世駅の駅前旅館です。

隣には同じく駅前旅館の松屋があります。今日は、旧薩摩万世駅跡の空き地は、両旅館の利用客の車でいっぱい。中には大阪のバス会社の大型バスまで駐車。こちらは松屋を利用するお客さんを乗せてきたようです。いったいどんな方々なのでしょう。

タイムスリップしたような気持ちになる歴史ある純和風旅館。そのひとつひとつが今となっては博物館のような貴重さです。毎度のことですが、女将さんが気持ちよく迎えてくださいます。料理もおいしく、いい時を過ごすことができました。

帰りに女将さんに尋ねたところ、操業は昭和5年。現在4代目だそうです。

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2012年3月14日 (水)

石積みの水路

アクラスからワラ1が発売されます。二軸貨車主体の貨物列車ではなくてはならない形式だけに、今回の製品化は嬉しい限りです。模型店に予約し、3両で代引き料金まで入れて1万円弱。本当ならばもっと連ねて運転したいところですが、これ以上の出費は・・・。カトーやトミックスが手頃な値段で定期的に主要形式を製品化してくれることを願うばかりです。

貨車と言えば小さい頃、カツミやエンドウのブリキ製の貨車をお小遣いで買うものでした。旅客車には手が出ませんが、貨車ならばブリキ製とはいえ金属製の貨車を500円で買えたのですから。

さて、下の写真は南薩線の築堤近くを流れる水路です。何もなかったところに人が生活するために手を加え、鉄の道を敷き、水の流れを制御した証を土木建造物として見ることができます。石積みの護岸は歴史を感じさせ、風情たっぷりです。

東京の歴史ある煉瓦積みの橋脚が地震対策のために補強されるという報にふれました。仕方がないとはいえ、東京の町中で見ることができる煉瓦積みの鉄道施設が姿を変えていくのは惜しい気がします。

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2012年3月13日 (火)

バラスト入りコンクリート?

また、寒くなりました。先日の日曜日は所用で久しぶりに鉄道を利用しました。鹿児島中央から日豊線の某駅まで。宮崎行きの普通列車に乗車しました。国分を過ぎると乗客は少なくなると思っていましたが、ほとんどの座席が埋まっている状態。途中の小さな駅での乗降はほとんどありませんから、都城や宮崎を目的地としている人のようです。

日中の普通列車は2時間に1本ほどしか走っておらず、しかも717系の2両編成ということでこの乗車率だったのかもしれません。都城・宮崎へは787系「きりしま」もいますが、普通列車を選択する人も少なくないことに気付かされました。もっとも俊足で車内設備もグレードの高い717系ですから特急にひけをとらないという面もあるのかもしれません。

帰りの717系も窓際の席はすべて埋まっているという盛況ぶりでした。このスジは行きと比べると15分ほど余計にかかりました。都市圏に入った駅での時間調整と途中駅での特急と普通電車の続行ダブル交換待ちのためです。帰りの717系は汚れがひどく、大きな窓も台無しといった様子。洗車ローテーションの最終段階での運用だったのかもしれません。また最近活発化している桜島の降灰の可能性もあります。

さて、下の写真は南薩線廃線跡吹上浜永吉間の沿線にあったもの。用水路をまたぐ小さな橋の横に古枕木が1本。土留めとして利用されているようです。また、その隣にはコンクリートの塊。よく見るとコンクリートに混ぜ込まれた石は茶色がかっており、バラストのように見えます。

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2012年3月 7日 (水)

枕崎駅に駅舎設置へ

先日の新聞に枕崎駅関連の記事が載っていました。市が駅舎を設置する方向で事業化するとのことです。九州新幹線では終着駅効果で鹿児島中央の利用客が飛躍的に伸びていると言います。指宿枕崎線の「指宿のたまて箱」も絶好調で3両化。枕崎駅も最南端の終着駅としてホームだけでは寂しいということになったようです。

鹿児島県でも嘉例川駅や大隅横川駅など駅を中心にした地域の活性化が話題となり、駅の持つ力を再認識するよい例になったのではないかと思います。

さて枕崎駅ですが、間借りしていた南薩線枕崎駅から追い出される形でホームだけの尻切れトンボの終着駅。今となっては市の顔である歴史ある駅を失ったことが惜しまれてなりません。

前にも記したことがありましたが、東シナ海や開聞岳を望む絶景の地を走る枕崎までの区間に指宿から観光列車を走らせ、枕崎でのかつお節工場見学や物産館立ち寄り、坊津・知覧への玄関口としての観光ルートとの連携など図っていけば、大いに利用が促進され地域活性になるのではないかと思っています。今回の駅舎設置を機に総合的な鉄道活用への道が拓けていけたらと願っています。

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2012年3月 3日 (土)

梅と民家と南薩線

睡眠時間帯を高齢者タイプ?へシフトしてみました。夜10時から2時の間に寝ていることが体によいと本に書いてあったからです。昨夜も10時には寝て、今朝は3時40分頃目が覚めました。そして朝一番は歩くことにしました。真っ暗な中、退屈しないように先日コンパクトラジオも準備。イヤホンから聞こえてくる音質もよく満足しています。

風が強かったのですが、4時から5時まで歩くこと1時間。また、日中予定していた計画がキャンセルになったため昼過ぎ、南薩線跡の自転車道を吹上浜駅跡から吉利の先にある終点まで往復自転車をこいできました。こちらも往復ちょうど1時間。歩くことでは鍛えられない筋肉が自転車をこぐと鍛えられるのだそうです。歳をとると足腰から弱ってきますので、今の内に継続的に鍛えておく必要があります。

吹上浜駅跡を出てカーブを曲がり跨線橋をくぐり勾配を下っていくと、梅の花が咲いていました。この写真は今日のものではなく、先週撮ったもの。今日は、かなり散って寂しくなっていました。

民家があり、ここのご主人が植えたもののようです。既に主を失ってかなり経つようで、倉庫は朽ちて一部崩れ落ちています。今はもの悲しい風景になっていますがが、ここに暮らしがあった頃は、それは見事な風景が広がっていたのではないかと想像されます。

無人となった民家の庭にちょっとおじゃましてみました。ゆったりとした庭、そして少し高いところを南薩線。南薩線を跨いだ先にも梅の木が数本植えられ、軒先から眺めるとそこには南薩線を庭の一部に取り込んだ、見事な眺めが広がっていました。庭園鉄道を楽しむ方もいらっしゃいますが、ここでは自分の庭を本当の鉄道が通っていたのです。

今は荒れています。しかし、ご主人の手で隅々まできれいに手入れされた当時の様子が今でも伝わってきます。

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民家から線路へ上がる渡し板です。枕木が使われています。農作業へ向かう小さな通路がこの先、あったのでしょうか。

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