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2012年5月12日 (土)

カトーの手中に

草刈り機を初めて使って今年で9年目。都会では無用の品ですが、地方ではこれが大活躍。敷地内にはびこる厄介者の草を退治してくれます。これも扱いのこつがあります。慣れないととら刈りになっていしまいます。長年使っていると自分なりの流儀が身につき、ある意味使いこなせるようになってきます。使いこなせるようになると、何でもそうですが楽しくなるというもの。

今日は、給油3回の連続仕業。まったくのボランティア仕業でしたが長時間も気にならず予定した以上の面積を刈ることができました。

さて、カトーのEF510。試作品の画像がメーカーのHPでもアップされていますが、細部が省略されたりモールド化されているとはいえ、素晴らしい出来です。これからのプラ製16番に新たな世界を開拓してくれそうな気配です。

応援の気持ちも込め、EF510北斗星色と北斗星用客車10両を既に予約しています。オロハネ25500とオロネ25は発売予定品とのことで、これを加えて12両のフル編成で運用予定です。これだけ揃えても天賞堂のダイキャストカンタムC62とそう変わらない価格で実質購入できるのですからカトー様々です。というかカトーの手中にはまったというか…。

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鉄道模型」カテゴリの記事

コメント

欧米ではHOとNの価格差が小さくあるいはほとんど同じくらいの場合も多く、Nは非常に高い感じがします。日本ではHO?が高すぎるのか、Nが安すぎるのか、プラ製品でもかなりの差があります。20年近く前に某社の単純な値上げを機にNが高くなり始め、最近では他のメーカーも含めて特定編成仕様の製品販売や再生産が意図的にアナウンスされない”みなし限定生産”より価格はかなり上昇しています。鉄道コレクションも質の向上以上に価格は上がり、鉄道コレクションのコンセプトを徐々に失いつつあります。中国での人件費の高騰によるところも大きいと思いますが、一つは割引販売が定着しているので、その分だけ定価を上げている要素もあると思われます。買いたいものが高くて買えない、今買えなければもう買えないかもしれないというように、娯楽としてのマイナスの要素があまりにも強く、意欲を損なわれがちです。これはそのままメーカーにフィードバックがかかり、ユーザーもメーカーも将来的には鉄道模型は購入・生産ともに敷居の高いものとなってゆくのは自明です。KATOは日本でのNゲージ鉄道模型の普及やプラ製HO?定着化のパイオニアとして、他メーカーとは異なり、何かしら使命感を持っているように感じています。今回の企画も将来を見越してのアクションかと思われます。問題なのは、軌道に載ったところでコンセプトが明確でないモデルを生産し、上前を跳ねて利益のみを追求するメーカーの存在です。これは収益性の高い幹線のみを運行するディスカウント運賃の航空会社にも似たものを感じます。ただし、これを機に安いHO?が他メーカーからもたくさん生産されるのは大歓迎ですが、おそらく生産体制が異なるので不可能かと思います。むしろ逆にハイグレードを強調して同じ機種にごたごたと山ほどパーツを添付した”未完成”品を高値で製品化するものと思われます。必ずしもクオリティ/価格だけで評価されるものではありませんが、より精密なものを好み差別化をはかりたいと願う国民性ゆえに、ハイグレード仕様も結構売れるのかもしれません。カメラの販売戦略でも基本性能よりもスペック重視、テレビリモコンの異常とも思えるボタンの数、なにか”ハイグレード”に通じるものがあります。業務用というのはシンプルながら基本性能がしっかりしているものです。鉄道模型に限らず、”安い業務用”が出回ることを願っています。

投稿: なんさってっとう | 2012年5月13日 (日) 12時02分

Nゲージのことはあまり知らないのですが、それでも近年の車両と言うより列車に特化した製品構成には驚いています。特に某メーカーの製品化ラッシュには毎度のことながらよくこんなことが次々にできるものだとある意味不思議に思っています。
さて、16番ですが、カトーがEF58や12系、オハ35系を製品化してからようやく戻ってくることができました。それ以前はカツミやエンドウが金属製といえども定番と言える製品を何とか手の出る価格で送り出していました。ブリキ製の貨車などは子どもの小遣いでも買うことが出来ました。しかし、それがいつの間にか高級志向へと転換し、全てが天賞堂の模型のような存在になっていきました。
そんな中、出されたのがそれまでの水準を大きく超える表現力並びに走行性能を備えたDD51などでした。このプラ製の出現によって16番を継続できた人たちは少なくないと思います。私もその一人です。地方に住んでいるとパーツの入手などがままならず、完成品を基本とせざると得ません。プラ製の安価な製品は正に救世主でした。
製品のコンセプトをどこにもっていくか、コストと品質のバランスをどうとっていくか、これは製品化する立場となると非常に難しい問題なんだと思います。いろいろなメーカーがあって、最終的に選択するのはファンだとは思いますが、ユニバーサルデザインというか鉄道模型を愛する全てのファンにとってフレンドリーな模型であって欲しいと思います。

投稿: Nakachan | 2012年5月13日 (日) 21時40分

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