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2013年1月 3日 (木)

歴史ある精肉店

昨日は駅伝大会終了後、新年会。昼間からの飲み会はめったにないだけに体がついていきません。夜でしたら帰宅後寝るだけなのですが、昼間だともうろうとするだけで寝るわけにもいかず、何にもできません。酔っていると手元が狂いますから何もしないの賢明です。これは大きな犠牲を払ってしまった末の教訓です。もっともお酒でだけではなく、加齢?による手元等の狂いにも十分に注意を払わなければならないことも最近の自身の行動から自覚しているところです。

一昨日初詣に出かけたときに目にしたお店です。かつて鹿児島市交通局の伊敷線が走っていた国道沿いにあります。壁面に記された屋号の下に電話番号も添えられているのですが、局番なしの4桁です。局番がなかった頃当時のままですから、どれだけ古いのでしょう。まだ営業しているのかは不明ですが、周りには花が飾られ建物は現役のようです。

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コメント

管理人様、こんばんは。年明けから地元紙で鹿児島港に関する特集連載が始まりました。5日付けには目が点に、昭和38年に住吉町辺りで撮影されたという国鉄臨港線と石積みの倉庫群。今はふとんと枕の専門店が店舗にしている辺りでしょうか。臨港線の画像写真、特に最盛期での記録は極めて少ないだけにスクラップ資料にするつもりです。今も一部が残る倉庫群もですが貨車からの荷を積んだトラックにも感激。臨港線最盛期と共に国鉄貨物輸送の量的全盛期の一端が垣間見れて勉強になりました。あの辺りは複線となり鹿児島港駅もありましたね、戦中戦後の各種貨車が写り込んでいますので時間が取れたら型式特定してみようと考えています。

投稿: 夢幻鉄道 | 2013年1月 6日 (日) 00時04分

新年からの南日本新聞の各種特集記事、私も楽しみにしているところです。県下一州駅伝の古写真の中にあった開通したばかりの指宿枕崎線、鹿児島港の歴史、その中で臨港線と石造り倉庫の写真は私も早速スクラップしました。40年代から50年代にかけて臨港線付近に行く機会が多く、写真にあったような光景はよく目にしていました。日通の三輪トラックも当たり前のように走っていた時代です。荷役のためでしょうか、かつては臨港線横の道路は一方通行だったように記憶しています。

投稿: Nakachan | 2013年1月 6日 (日) 05時51分

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