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2013年2月 4日 (月)

人間ドック

人間ドックに行ってきました。今回も特に異状はなくしばらくは大丈夫そうです。

朝の通勤・通学時間帯に鹿児島市内を移動するのは久しぶりのこと。旧型車も多く出動し朝の輸送に精出す鹿児島市電の姿が印象的でした。仕事をしているとこんな様子を撮ることは難しく、何とか都合を付けて撮ってみたいという魅力的な光景でした。帰りには小学生や中学生で満員の電車と併走。積み残しも出る盛況ぶりに嬉しくなりました。

昨日の早朝、旧南薩線跡を走りました。気温が下がったため、辺り一面にもやが立ちこめる幻想的な風景に出会えました。HVCCさんの定番の場所でぱちり。

南薩線がまだ走っていたら…。シルエットに浮かぶ運転士さんに乗客の姿…。

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コメント

「次は北多布施~」年季の入ったスピーカーから響く車掌さんの声と共に小さな鉄橋を渡って進む103+105のシルエットが浮かびますね。緩やかながら登り勾配なので二人の運転手さんはブザー合図にギアチェンジ、車内では通学生やお婆ちゃん達のおしゃべりがはずんでいる事でしょう。「か芋をふかせっきたど‥たもいやらんな‥」、。

投稿: 夢幻鉄道 | 2013年2月 5日 (火) 00時17分

 夢幻鉄道様、車内の様子の描写にしばし赤いディーゼルに揺られている気分になりました。
 早朝、車を走らせていますと山手よりこの辺りの方が気温が低いことが多いようです。空気の流れが少なく、放射冷却の影響を受けやすいからでしょうか。地面近くを這うようにゆっくり流れるもやに覆われる風景の美しさは日中では味わうことができないものです。もし今でも鉄道が残っていたら、どれだけ魅力のあるものになっていたことか。指宿枕崎線・鹿児島本線と結んで環状になりますので、ファンや観光客の乗車も多かっただろうにと悔やまれます。

投稿: Nakachan | 2013年2月 7日 (木) 07時54分

幻想的にも思える風景ですね。
初めて、この場所から金峰山を望んだのは、1996年10月のことでした。
今世紀に入り、線路跡を訪問する度に必ず訪れる場所となりました。
広域農道の工事で、用水路に架かる橋桁が撤去された直後の痛々しい姿は、未だに忘れることができません。

投稿: hvcc | 2013年2月 8日 (金) 21時04分

線路跡は奥の方の築堤でしょうか?何度が日の出前後にこのようなアングルで写真を撮影したことがあります。105mm、開放F2.5、1/60か1/30でぎりぎりの露出でした。ブルーの金峰山に空が一面朝焼けのピンクに染まり、色彩はかなり美しかったです。

投稿: なんさってっとう | 2013年2月11日 (月) 18時47分

hvcc様
南薩線はなくなりましたが、季節や時間帯によって様々な表情を見ることができる場所ですね。はっとするような光景に出会う度に、今でも走っていたらと思うことです。

なんさってっとう様
手前が線路跡を転用した広域農道です。奥は南薩線現役当時からあった道路です。日の出前後でしたら魅力ある光に包まれた鉄道風景を捉えることができたことでしょう。このような時間帯に撮影に臨まれたということは宿泊しながらの撮影だったのでしょうか。

投稿: Nakachan | 2013年2月11日 (月) 22時02分

日の出前後にこの地に立つのはさほど容易ではなく、撮影のために友人の車でここまで連れてきてもらっていました。ただし当時は週休二日ではなく、土曜日にウィークエンダーをみんなで見てからの出発となるため、現地到着時間に余裕がないことが多く、通常は日置がぎりぎりの6時30分となることが多かったです。私は車の免許を持っていなかったので運転はできませんでしたが、かといって寝れるわけでもありませんでした。複数の運転者の眠気防止のために久留米出身の某女性歌手の甲高い歌声が後ろで座っていた私の耳元で大音量で響き、南薩線に通っていた時期に脳細胞の多くを失いました。到着後は睡眠不足に加えて寒さや疲れで指も思うように動かず、カメラを構えるのがやっとでした。太陽が上がってくると徐々に元気になってゆきました。しかしこのような耐久試験とでもいうべき強行軍のおかげで南薩線の数多くの場面を残すことができたのも事実で、何人かの友人に今でも大いに感謝しています。

投稿: なんさってっとう | 2013年2月11日 (月) 23時45分

なんさってっとう様
素晴らしい作品の陰に、脳細胞が破壊されるような環境と強行軍があったとは驚きでした。久留米出身の歌手とは一世を風靡したあの方ですね。睡眠不足に大音量でのストレスなど、ただでさえ撮影にはエネルギーを使うものですので、帰られる頃にはへとへとだったのではないでしょうか。それでも青春時代のよき思い出ですね。ちなみにカーナビのハードディスクに放り込んだ手持ちのCDの中に久留米出身の歌手の歌も入っていましたので、南薩線の廃線跡広域農道を小音量で楽しみながら走っております。いつの間にか懐メロになってしまった曲ばかりですが…。

投稿: Nakachan | 2013年2月13日 (水) 07時46分

管理人様
南薩へは車に乗せていってもらう場合と一人で列車で行く場合との両方がありました。そのほとんどが日帰りで、夜明けから日暮れまで撮るのを徹底していましたので、夏場では前者は26時間程度、後者は夜行の「かいもん」で行って伊集院発17時過ぎ?の「有明」で帰るのでやはり同程度の時間を要していました。今でも脳裏に焼き付いているのは、某歌手の歌で曲名は当初より知りませんが、途中で突然歌詞を忘れたような旋律のみの部分のある曲です。今思うに、撮影も勉強や仕事とまったく同じで、クリアな思考力がないとロクな写真は撮れないということです。この一つの理由はアングルなどに気が付くかどうかの問題だと思います。もちろん少し土手に登ってみようとかこまめにロケハンするには睡眠不足では意欲がでないことももう一つの理由です。かといって週休2日制以前なので日曜日しか使用できず、土曜日の午後から出発すると実質的に宿泊費のみが余分にかかるので、得策ではないと判断していました。まれに現地の国民宿舎(おのずと特定できそうです)に泊まった翌日は結構良い写真が撮れることも事実で、春などは明るい南薩の雰囲気を満喫することができました。しかし現在、廃線跡をめぐるとなると、やはり朝出発には抵抗があり、夜中出発の習慣が抜け切れません。たしかに夜明けはほとんど撮影できませんが、廃線跡とはいえ朝は朝なりの表情があり、やはり太陽の角度の低い朝と夕方に勝負するというのは現役時と同じです。

投稿: なんさってっとう | 2013年2月13日 (水) 08時23分

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