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2013年6月10日 (月)

ハイテク化の影で

先日、書店で「危ういハイテク機とLCCの真実」という本が目にとまりました。ボーイング787が課題を抱えながら運行再開という時期と重なりましたので、購入しました。ラインでのパイロット歴が長い著者による操縦する側からの視点に立った見方が、これまでの航空評論家による著作とはひと味違った内容となっていました。

ハイテク化した機材は順調に飛行している間はよいけれども、ひとたびトラブルが発生するとパイロットのとんでもない操作を招いたり、飛行機が勝手な飛行を選択したりして、これまでに考えられなかった原因による事故が複数発生しているとのこと。具体例に触れると確かにこれまでの事故とは性質が異なっていることが分かります。

また、パイロット養成においてもシミュレーターの高機能化により実機によるコストのかかる訓練が少なくなっている現実が示されていました。非常時における失速からの回復という基本的な操作ができないパイロットが増えているという指摘には空の安全はどうなっているのだろうかという不安がよぎりました。

ハイテク化によりパイロットが航空機を手足として操るという技能から電子機器をオペレートするという技能へと転換が進んでいるようで、これまでのパイロット像とは違ってきているようです。

また、LCCなどに見られるように、効率的な運行を図るために一日にかなりの回数の乗務があり、疲労による事故も実際に起こっているとのこと。

ハイテク化と経済性の追求。その影で失ってはいけないものが失われているような気がします。

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コメント

民営化されて経営合理化が益々邁進され更なる効率向上やコストカットが至上命題となっているJR会社、それは現在も進行中です。都市圏主要駅には社員、途中多客駅には委託員を配しておりますが無人駅の何と多い事でしょうか。地方拠点となる町や田園漁村集落の駅は地域の大切な集会場、駆け込み寺、観光案内所などを複合的に担っておりました。パート女性や有志ボランティアを活用しせめてトイレだけは完備する鉄道であって欲しいものです。

投稿: 夢幻鉄道 | 2013年6月11日 (火) 00時39分

かつての鉄道の魅力は、鉄道の安全の確保、そして旅の演出を生身の人が行っていたところにあったと思います。合理化、省力化、効率化の波に呑まれ、鉄道の現場からどんどん人が排除されていきました。技術の進歩により、さらに加速され、世の中全体で人の働く場所が不足するといった何のための技術革新かというところまできているような気がします。人でなければできない部分を見いだし、都会ばかりではなく、地方も活気が出てくるような世の中になればと思います。

投稿: Nakachan | 2013年6月13日 (木) 21時48分

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