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2013年7月21日 (日)

EF70

トラムウェイのEF70が甲種回送されてきました。特急牽引用に二次形を改装した1000番台です。鉄道模型を始めた小学生の頃、カツミのカタログに直流用ではEF60、交流用ではEF70が載っており、その堂々とした姿にいつかはこのような車両を自分の模型鉄道にも配置したいと思っておりました。カタログに載っていたのは前照灯が1つの一次形でした。その時、何度も眺めたEF70が40年以上の時を経てようやく我が鉄道へやってきました。

箱から取り出すと、正面ガラスが1枚付いていません。運転席の中に外れて落ちているのではと確かめてみましたがありません。ケースを調べてみると、そこにぽろっと落ちていました。外側からはめてみますが、今にもまたぽろっと落ちてきそうです。内側からはめるしかありません。分解するも屋上器機に細かいプラパーツが多く、非常に気を遣います。ボディを外し、運転席パーツを取り外そうとしますが、途中まで動くもそれ以上は恐ろしくて力を加えることができません。

結局、わずかにできた隙間から正面ガラスに傷を付けないよう爪楊枝を差し込み、表側からはめ込んだガラスを内側から押しつけて固定するという方法で何とかしのぐことができました。また外れる可能性も大いにありのいい加減な修理です。

車体の色は落ち着いた感じのする渋みのある赤です。手すりは金属パーツが取り付け済み、飾り帯上の手すりは銀色です。パンタを含め、屋上器機はプラ感たっぷりですので、塗装や色差しで質感の向上を図らなければ、このままではプラレール然としています。

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鉄道模型」カテゴリの記事

コメント

カツミの電気機関車は私も大変興味がありました。とくに茶色のEF60やEF61、EF70は当時の花形で、一層かっこよく見えたものです。模型としては当時なりの出来でしたが、鉄道模型社のEF58などしかなかった時代にカツミのこれらの機関車は非常に素晴らしく見えました。カツミの製品は前面のプレス部分と側板との合いが悪く、いかにもここで継いだという感じでした。当時は黒色クロームメッキ全盛で、屋根上がギラギラ光っていて、碍子の上部で配線を挟むのではなく、ハンダで配線を留めるというのが普通の時代でした。カツミもおそらく例外ではなかったと思います。台車は間違いなく黒色のクロームメッキでした。EF70などの新型電機は朱色に塗られており、実物の写真でも朱色に見えたのですが、実際はどうだったのでしょうか。Nゲージでも朱色のEF70などが昭和40年代前半の製品にはありました。古いカツミの製品は現在であれば比較的割安だと思いますが、どうしてもNゲージに目がとまり、注意してみていないので、購入のチャンスがありません。最も欲しいのはカツミの初代のC51です。すっきりしたボイラまわりに天賞堂のごたごたしたモデルよりも魅力を感じます。Nゲージもそうですが、どうもプリミティブな感じの古いモデルが好きなようです。ただしTERのブリキ貨車やカツミの20系もどきショーティ客車だけはどうしても受け入れられず、たまに見ますが気分の良いものではありません。

投稿: なんさってっとう | 2013年7月22日 (月) 02時38分

なんさってっとう様、コメントありがとうございます。
デパートのおもちゃ売り場の一角にあった鉄道模型売り場。そこに並んだモデルはひときわ輝いて見えたものでした。ショーケースの一番下の段でカツミの自由形EDが小編成を牽引して走り回っていました。私が最初に手にしたのが、カツミの20系もどきのショーティーが入ったEB58の入門セット。今思えばプラレールのようですが、小学生の私には立派な金属製鉄道模型でした。その車両もどこへ行ってしまったのか。実家の押し入れのどこかなのでしょうか。あの頃のモデルは実物らしくというより模型らしくという視点があったように思います。当時はそれがよさとして受け入れられていたのかもしれません。

投稿: Nakachan | 2013年7月22日 (月) 17時35分

カツミEB58に20系もどきの二軸客車、懐かしいですね。
私が鉄道模型に目覚めたのは半世紀以上前のことで、何処なのか場所は忘れたのですが、三線式のOゲージを間近に見たのが最初です。
その後、HOゲージの車両、前述したEB58やEB45、客貨車などを販売店で見た時、約半分の大きさに唖然としたことを憶えています。
何れにしても、当時の鉄道模型は、今から見れば幼稚な構造ですが、レールの上を走らせることが出来るという点に魅せられていたのかも知れません。

投稿: hvcc | 2013年7月22日 (月) 20時18分

三線式のOゲージとは時代を感じさせますね。私が16番の入門セットを手にする前、いとこから三線式のエンドレス一式と電気機関車1両を譲り受けました。車輪もモーターも失われた箱だけの機関車でしたが、プラキットの車輪を無理矢理取り付けて転がせるようにして楽しみました。レールの上を車両が転がるということ、それだけで嬉しかったんですね。

投稿: Nakachan | 2013年7月22日 (月) 21時25分

すみません。思い出の20系もどきをけなしてしまいました。当時は大型の動力付車輛はキットから作るのが普通で、完成品ばかりを唯一出していたのが天賞堂でした。もちろん米国型のカブースのキットなどや、やや時代が下って電気機関車のキットもあったように記憶しています。好きな車輛はDF50の茶色で、1個モーターだったと思いますが、両台車を駆動できるDD13の方が牽引力はありました。最も安い動力車はEB各種かエンドウのキハ02で、似ても似つかない形態や幕板に朱色が入っていない塗色の割にはよく売れていました。最初はレーシングカー用モーターが搭載されており、速度はこの車輛が一番高かったと思います。Oゲージも色とりどりの貨車も含めていくつか持っていましたが、逆転スィッチが機関車にしか付いていないのと、線路がS状につなげないなどの不満があり、HOは軌条も空洞ではなく、たいそう立派に見えたものでした。直線部分はべニア、曲線部分はラワン道床の線路をつないで遊んでいました。昭和40年代まではNゲージなど、おもちゃに見えてとても買う気になれませんでした。

投稿: なんさってっとう | 2013年7月22日 (月) 21時51分

手持ちの16番で一番の走行距離を誇るのはEB58と20系もどきの自由形かもしれません。飽きもせず、エンドレスをぐるぐる回りました。今主流のプラ製モデルにまねできないのが、自由形とはいあえ金属製車両であるが故のジョイント音です。20系もどきのボギーの中間社を増備し、12系もどきにするために学校の購買部で購入した透明下敷きに中桟をマスキングの上筆塗りし、ガラス表現のない車両に貼り付けました。仕上がりはともあれ、加工する楽しさを味わった最初だったと思います。なんさってっとう様の思い出を読みながら、あの頃それぞれ持っていた想いを思い起こすことができました。

投稿: Nakachan | 2013年7月23日 (火) 21時02分

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