« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

2015年6月

2015年6月28日 (日)

C12

 今日の地元新聞に1面まるごと使ってかつての鹿児島県内の鉄道の様子が写真で紹介されていました。どれも昭和中期の頃の懐かしいものばかり。これは保存版ですね。切り取ってとっておかねばなりません。その中に南薩鉄道関連のものが2枚。一つは知覧線の蟹ヶ地獄の鉄橋。もう一枚は伊集院駅での様子。伊集院駅では旧塗装のキハ300が写っていました。導入間もない頃の写真で、その頃の賑わいが伝わってくるような写真でした。
 昼前から雨が上がったので、自家用車の車両整備。車庫から引っ張り出し、洗車とワックスがけ、窓への撥水剤塗布を行いました。しばらく桜島の降灰の洗礼と受け、洗車の効果も台無しでしたが、最近はおとなしく今日も澄んだ大気の中で作業を進めることができました。それでも時々、ゴーと山鳴りのような音が響いてくる桜島です。
 写真はトラムウェイのC12とカトーのヨ。カトーからC12及びC56のサウンドカードが出ましたので、サウンド付きで運転を楽しめるようになりました。モーターの作動状況をモニターしながらブラスト音が出ますので、車輪をよく清掃しておかねければブラスト音が不規則になってしまいます。

Dsc_0094

Dsc_0092

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2015年6月24日 (水)

年次休暇

昨日は、父母を病院へ連れて行くために年次休暇を取りました。日本人の年次休暇取得率は欧米に比べて、かなり低いという実態があるとある本に書いてありました。日本の場合、他の人が働いているのに年休を取るのは後ろめたいという感情が生じます。何か理由があれば堂々と取得できるのですが、ライフワークバランスをとるために計画的に取得するとなるとかなりハードルが高いように思います。これまでどれだけ多くの年休をそのまま献上したことでしょう。年休0という年も複数ありました。
 今回は、父母を病院に連れて行くという大義名分があります。でも、少々悲しい大義名分。年老いた父母をやむにやまれず連れて行かなければならないという沈んだ気持ちでの取得です。しかし、午後は鉄道本を書店にチェックに行ったり、購入した仕事関係の本を読んだりと自分なりに有効に使うことが出来たような気がします。仕事をしているときより随分と一日が長く感じました。それだけ、非日常的なことが多く、充実していたということになるかもしれません。
 今年以降、できるだけ年休を有効活用していこうという考えです。もちろん仕事のパフォーマンスを上げた上での話です。仕事もできないのに年休はしっかりというのでは格好がつきません。

Dsc_0052_2

 鉄分がないのも寂しいので、畳の部屋に広げた模型鉄道の様子をば。ヤードに留置されているのはキシ80です。グリーン車に食堂車、そして長編成。この頃の特急列車には現代の特急列車とはまた違った華がありましたね。決して豪華ではありませんでしたが、この時代の中ではやはり豪華。豪華に慣れっこになり少々食傷気味の現代より、その価値はたかったかも知れませんね。
 製品のままのぴかぴかでは、どうも当時の印象とは違いますので、排気にまみれた姿を遠くない将来、実現してみたいと思います。ちなみにカトーの80系気動車ですが、58系ともどもいつ動き出したか分からないようなスロースタートをします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月22日 (月)

話題についていけません

日曜日、ちょっとした小さな飲み会がありました。2時間半ほどの懇親会でした。参加者はみんな男性。気が付くと、その中で私が一番年長者でした。小さな飲み会でしたので、語らいの話題はみんなで共有する形となりました。
 まずは、ラーメン。みんな詳しい。近くの店はもとより、少々遠方の店まで話題に。よほどのことが無い限り外食はしないのが我が家の習慣。まったく話題についていけないというか異次元の世界の話。私は単身赴任ですが、外食することはなく、自宅で食するのがいつものこと。みんな話題に乗っかってきていますので、私が世間知らずなのかもしれません。
 次は、パチンコの話。これも私には全く縁のない世界。ラーメンよりさらに話題についていけません。これも世間からずれているのでしょうか。
 2時間半ほどの時間はよく分からない話を聞くばかりの一方的な時間で、いったい自分は何者?と自問自答するばかりでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月16日 (火)

通学

 県外に出てしまうとなかなか息子といえども連絡を取り合うことがなくなりますね。久々にメールをしましたら珍しくすぐに電話がかかってきました。3年から専門となりキャンパスが変わり、利用する鉄道も変わったとのことでした。郊外から都心へ、これまでは京王線を利用していたのが、南北線に乗り換えるために中央線を利用しており、特快はたいへん混んで座れないので10分余計にかかるけれでも座れる快速に乗っているという話。電車に乗っている時間は1時間余り。
 実物の鉄道に縁のない生活をしている身には、少々うらやましい話でありました。環境とエネルギーについて学んでいるそうなので、電車にも少しは興味を持ってくれるのかな、そうすると少しばかり親との共通の話題もできるのになと淡い期待を抱いたところでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月15日 (月)

かつての賑わいを知る?遺構

Dsc_0067

Dsc_0070

Dsc_0069
 随分前の話になりますが大型連休中、遠出もできないので近場でどこか行くことになり、指宿のそうめん流しに行ってきました。人出の多さは前日のラジオ放送である程度把握していました。30分待ちとのこと。11時過ぎには到着しました。それでも食券売り場には長蛇の列。すぐ近くの人が2時間は待つことになると話していました。2時間!! どうしようかという気持ちがよぎります。妻も他のところへ行く?と聞いてきます。妻と娘がトイレへ行きました。トイレも長蛇の列?だったのかなかなか戻ってきません。その間に列が少し進みました。全体の列の長さと進んだ距離、そしてそこまでの時間を考えるとあと20分もすれば食券売り場にたどり着けそうです。結局、前日聞いたラジオの情報と同じ30分待ちでした。長蛇の列の最後に並んだ際に耳にした2時間待ちの情報。人の言うことは簡単に信じ込んではいけないなと思う出来事でした。
 帰りにそうめん流しを出たところで販売していたマンゴーかき氷を娘が食べるために行ってみましたが、廃業していました。そこで池田湖に寄ってみたところ、そこにはマンゴーかき氷がありました。娘が食べる間、付近をぶらぶら。大型連休で人出は普段より格段に多いようでしたが、付近はかつての賑わいはなく、いくつかあったモーターボート遊覧店も廃業。客寄せのために展示しているうなぎの、それぞれに違いを主張している「巨大うなぎ」「大うなぎ」「お化けうなぎ」「世界一うなぎ」などの看板が色あせて寂しそうでした。いい意味でかつての賑わいを知る貴重な?遺構となっています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年6月13日 (土)

キハ35にウェザリング

Dsc_0670
 雨続きでよく見ていなかった住宅の周りの生け垣が、尺取り虫の大群にやられていました。去年は一部分やられたのですが、今年の被害はその数倍にもなります。薬を振ってはみたものの今後が心配です。
 さて、昼前には雨が降り出しましたので、草取りを中断して模型いじりをすることにしました。何をするか迷ったあげく、トラムウェイのキハ35に化粧をすることにしました。床下と屋根のウェザリングは一通り終わっていますので、車体に手を加えました。まだまだウェザリングは試行錯誤の状態で、ああでもないこうでもないと自問自答しながらの作業です。お手軽に雰囲気が出ればいいと考え、今回は墨入れとウォッシングをしてみました。茶系のエナメルを溶剤で溶き、面相筆で凹凸に流し込んだり、汚れそうな部分にさあっと色をのせたりして、最後に溶剤を染みこませた綿棒で拭き取りました。
 上の写真では左のキハ35が作業をしたもので、右のキハ30は未処理です。よく見ると拭き取りに荒さが目立ちますので、細い綿棒を使って仕上げていきたいと思います。

Dsc_0673
 サイドビューです。モールドの凹凸がはっきりして立体感が出てきました。全体の色調も押さえられて落ち着いた雰囲気になりました。しかし、少々汚い感じの部分もありますので、実物よろしく綿棒で部分的に掃除をしたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月12日 (金)

この橋梁は?

Dsc_0356
 遠足のバスに同乗する機会がありました。乗っているのは古参の日野セレガ。いわゆるスーパーハイデッカー車で、車内のつくりから新製当初はかなりグレードの高いバスだったようです。運転手さんも古参?の人のよさそうな人でした。
 車窓風景を見て勘のいい人はどこを走っているか分かりますね。そうです。かつてパシフィック機やDF50が駆けた日豊線の大淀川橋梁です。いつ見てもこの橋梁は美しいですね。子どもたちは、海のような大河の水面がきらきら光る様子に釘付けでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月11日 (木)

貨物列車

Dsc_0559

 車扱貨物列車が主体だった頃の貨物列車が懐かしいですね。タットン、タットン、タタン、タタン、タットン、タットン・・・。小さな駅に2~3両留置されていたり、主要駅では入替作業があったり、鹿児島の臨港線にもずらっと黒貨車が並んでいました。ときどき、貨車に横付けしたトラックとの間で荷役作業が行われているのも目にしました。停車時に圧縮していた列車が、発車時に前の方から1輌ずつガシャガシャと引き出していく音も、その音の大きさにびっくりしながら聞き入るものでした。
 模型の貨物列車の運転も当時を思い起こしながら行うと味わいがあります。実物のような金属音はしてきませんが、そこはイメージでカバー。小さなジョイント音も頭の中で増幅してそのリズムを楽しみます。
 ヤードで出発を待つDD51牽引の貨物列車。プラ製機関車として我が鉄道に初めて配置された機関車です。模型としてもかなりの車齢になりますが、まだ元気です。黒貨車はほとんどウェザリングを終えていますが、それ以外の貨車はそのままです。重量感を増すために、いずれ作業をしたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 8日 (月)

解体後は?

 土曜日、鹿児島の自宅に帰った際、近くの専門学校ビルが解体されている様子が目に入りました。ここまではなんてこと無かったのですが、自宅から鹿児島中央方向を見てびっくり。ちょうど鹿児島中央駅の駅ビル「アミュプラザ」の屋上にある観覧車「アミュラン」の方向と同軸上にその解体中のビルが見えるではありませんか。
 付近ではマンション建設ラッシュが続いており、解体後はマンションが建つ可能性が高いのではないかと思っています。もしそうなるとこれまで100パーセント見えていたアミュランの一部が専門学校より高層になる可能性があるマンションで隠れてしまうかもしれません。今後の展開がたいへん気になるところです。
 ここへ引っ越してきた頃は、九州新幹線の高架橋がかなりの区間見えていたのですが、マンション等の建設によって、切れ切れになってしまいました。その他にも高層建築によって、ずいぶんと見える景色が違ってきています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 7日 (日)

機関銃のような・・・

 娘の中学校の日曜参観に行ってきました。私の母校でもあり、この中学校に通っていたときに南九州から蒸気機関車が消えました。娘も中3で下の子はもういませんので、母校に足を運ぶのもこれが最後かも知れません。
 当時は1学年21クラスの大規模校でしたが、娘の学年で7クラス。1クラスの人数定員も減っていますので、当時の3分の1ほどの規模になっています。市内中心部でこのような状況ですから、日本の少子化は深刻です。鉄道会社もこれからの人口減少による需要減を見越した経営をしなければならないと聞いています。
 担任の先生が国語の授業をしました。この先生は授業のテンポが早く、しゃべり方も早口。しかし、まったりとした雰囲気よりほどよい緊張感があってよいかも知れません。驚いたのは板書の速さ。こんなに早くチョークで文字を書く先生を初めて見ました。まるで動画の早送りのよう。機関銃のようにチョークが黒板を叩く音が響きます。黒板に文字を書くのは結構疲れるものです。手を上げながら書きますので、重力に逆らって手を持ち上げる筋力と、文字を刻んでいく繊細な筋力が必要になってきます。それをあの速さで!! 人間技とは思えません。ちなみにこの先生は女性。
 授業参観の後で行われた校内合唱コンクールでは、娘の学級は最高賞の金賞をもらい、いい思い出になりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 5日 (金)

生活必需品

Dsc_0592
 ずいぶんと日が長くなってきました。しかし、職場から帰るときはいつもこんな感じ。我がカマもシルエットラインにわずかに残った空の光がにぶく映るのみ。新製配置から2年半を過ぎ、7万キロ超を駆けてきました。そろそろタイヤの摩耗が限界に近づいてきました。先月は自動車税の支払い、そして10月には全般検査。車がなければ、模型がいくらでも買えるのにと思います。しかし、地方に住んでいると車は水や電気と同じ生活必需品です。これがなければ生活も仕事もできません。
 今夜は、地域の役員会とその後の懇親会。補助が出るので1000円でご馳走とお酒をいただき、帰りには余った缶ビールまでもらってきました。これは抜群のコストパフォーマンス。こんなこともなければ・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 4日 (木)

博物館級DD51

 鹿児島でDD51に接する機会は鹿児島本線電化後、無煙化後の肥薩線でした。貨物や客車を牽引していました。箱形の機関車に比べると独特の重量感があり、何とも言えない存在感がありました。
 16番の模型でもその重量感は変わることがありません。当鉄道にも5両の16番DD51が在籍しています。
 この夏、アオシマから45分の1、OJスケールのプラモデルが「トレインミュージアムシリーズ第1弾」として発売されます。プロトタイプは北斗星牽引機として活躍するJR北海道のDD51。定価は税別14800円ですが、ショップによっては1万円ちょっとで購入できます。メーカーのHPやblogを見ると、その完成度は目を見張るばかりです。これほど細部を再現したモデルがこの値段で購入できるのは驚異的です。正に博物館展示モデル級です。 
 気になるのは、塗装。説明書にどのような形で塗料の指定や説明がなされているのか今のところ分かりません。塗装無くしてはこのモデルは完成しませんので、今後の注目点です。また、これに続く車両も気になりますね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年6月 3日 (水)

めがねと鉄道模型

Dsc_0563
 今日は、いつもより早めに帰宅できましたので、1時間ほど鉄道模型の運転を楽しみました。若いときとの違いは、遠近両用めがねで鑑賞?しなければならない点。裸眼で十分にどの距離でも焦点が合っていた頃に比べると随分不自由です。じっとしているものを眺めるのには困りませんが、動くものを捉えるのことには難しさがあります。
 人と話していているとこんな話題が多くなりました。歳を感じます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年6月 2日 (火)

D51撤去

 この春に鹿児島で長らく保存されていたD51714号機が解体撤去されました。与次郎にレジャー施設ジャングルパークができた際、シンボル的存在として通り沿いに鎮座し、以来長い間、いつもの風景として親しまれてきました。
 近くのスポーツ施設に長女を送りに行った際、機関車の周りに工事用の防護柵が巡らされていました。中の様子を伺い知ることはできませんでした。補修等の本格的工事かと希望的観測をしていたのですが、結果は解体撤去。
 主体であったジャングルパークはその後、縮小や建て替えを経て、すでにこの地では営業はなく、機関車だけが取り残された形になっていました。
 すぐ横が歩道、そして交通量の多い車道ということで、腐食等による落下事故を懸念しての撤去となった報じられていました。鹿児島県唯一のD51保存機だっただけに残念なことになりました。
しかし、これまで長い間保存してきた会社にも感謝しなければなりません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年6月 1日 (月)

ゆっくりと

 早いもので今日から6月。予報によると当地は明日からしばらく雨マークが続くようです。いよいよ梅雨入りでしょうか。湿度が上がり、塗装に適さない日々が続きそうです。最近の鉄道模型いじりは、プラ成形色部分の塗装や色差し、ウェザリングがほとんど。となると梅雨は作業が進められない時期となります。
 6畳間2間に敷きっぱなしになっているお座敷レイアウト。ここにきて新たな運転スタイルのよさに浸っています。これまではスケール速度での運転を楽しんでいましたが、少々年齢の進んだ身には、目が回ってしまいます。スケール速度ですから大したスピードは出ていないのですが、それでも車両をゆっくりめでる余裕はありません。
 そこで、かなり速度を落として運転してみました。明治村や梅小路の展示運転のごとく、ゆっくりと。そうすると車両をひとつひとつ楽しむことができます。適度な速度で走っていますのでジョイント音も急がず騒がずで心地よく響いてきます。
 ここで思い起こすのが、実物の鉄道車両をどんな場面で見ると、これまでときめいてきたか。それは、車両基地から駅にゆっくりと進む車両たちでした。ポイントを渡るジョイント音、フランジとレールのこすれる音、そして一両一両の車両が存在感をもってゆっくりと目の前を通り過ぎていく姿でした。
 ときにはゆっくりと走る模型を楽しむのもいいものだと悦に入っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »