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2019年8月23日 (金)

宮崎へ

 久々の更新。宮崎への出張があり、久々に鉄分を味わった。2泊3日。往路は「きりしま18号」、復路は「きりしま13号」。きりしまは、787系と783系で運用されている。ほとんどが787系で、783系は2往復のみ。選んだわけではないが、たまたま利用した便が双方とも783系だった。787系は4両編成、783系は5両編成だ。
 往路は通常の勤務を1時間ほど繰り上げて終了し、鹿児島中央へ。「きりしま18号」は、鹿児島中央発18:28。駅弁を仕入れて乗り込んだ。ちょうど、仕事や学校を終えて帰宅する時刻と重なり、乗客は多い。鹿児島中央・国分間は、300円を追加すれば特急に乗車できる。特急列車ではあるが、ホームライナー的な役割も考慮して、国分まではほとんど各駅に停車する。先を急ぐ人にとっては少々、おもはゆいところもあるだろうが、柔軟なダイヤ設定というか利便性向上により、通勤・通学客の足の確保と特急料金獲得というwin-winを目指した列車という意味では乗っていてなるほどと興味をそそる。
 国分で通勤・通学列車としての役割を終え、時間も遅くになる列車ということで乗客の数はかなり少なくなった。783系は、中央に扉があり、前後に分割されたA室とB室がある。ボギー車でありながら、マッチ箱客車に乗っているようなコンパクトな室内が特徴。その空間に4人となった。これから霧島越えに挑む。既に外は暗くなり、楽しむのはジョイント音とモーター音、それに在来線特有の揺れのみ。車窓を楽しむ時間ではなくなった。そこで鹿児島中央駅で仕入れた駅弁を広げ、夕食とした。車内販売があれば、冷えたビールを買うところだが、車内販売が廃止されて久しい。鹿児島中央駅でビールを仕入れても、この時間にはぬるくなってしまう。お茶に駅弁という、少々不本意な夕食。車窓を楽しめないといっても、そこはよく知った路線だけに、勾配やカーブ、トンネルの感触から、自ずと外の風景が浮かぶ。C57やDF50が、歩むような鈍足であえぎながら登った路も、軽いうなりのモーター音とともに軽快に駆け上がっていく。快適で俊足になったのはいいが、霧島越えの感動は失せてしまった。それでも、昔からの路線には変わりないので、鉄分補給の力は十分にある。
 霧島神宮駅を出てしばらく行くと、ぐぐっと前のめりになって列車が停車した。北永野田駅へはまだ距離がある。近隣に道路がないような本当の山の中である。もちろん窓の外は漆黒の闇。しばらくして放送があった。シカと接触したので、安全確認を行っているとのこと。5分経っても10分経っても止まったまま。そのうちに「シカと接触」という表現は「シカと衝突」に変わった。接触では、シカ生存の可能性も感じられるが、衝突となるとシカの命はどうなったことやら。停車して15分ほど経った頃、ブレーキが解除され、ほんの少し後退したような感触の後、列車はゆっくりと加速を始めた。次の停車駅、西都城駅へは16分の遅れ。そのまま遅れを回復することはできず、終着の宮崎駅へも同様の遅れで到着。途中、車掌さんが個別に宮崎から先の乗り継ぎがあるか聞いて回った。2つ後ろの席の女性は、延岡まで行く旨、聞こえてきた。乗り継ぎ客が少なかったからか、連絡するはずだった「ひゅうが」は、「きりしま18号」の到着を待たずに、定刻で発車し、連絡待ちをしないことが放送で告げられた。件の女性には、南宮崎で普通列車に乗り換えるよう説明をしていた。
 宮崎には2泊する。今回の出張目的は研究大会への参加。主催者からホテル等の斡旋が業者を通して来ていた。前回、少々割高だと感じたので、今回は個人で押さえておいた。もともと安い設定のホテルだったが、斡旋料金は1泊7500円。同じホテルをネットの早期割りプランなどで1泊3650円で予約することができた。2泊で7300円。これは破格。ポイントがあったので、差し引き5300円で利用することができた。部屋は少々狭いが、ベッドは広く、まったく問題なし。前回少し損をした分を取り戻し、さらにおつりまできた勘定。

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