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2019年10月

2019年10月22日 (火)

福岡へ

 即位礼正殿の儀が執り行われた。古式ゆかしい儀式を見ながら日本の歴史の奥深さを感じることだった。軽薄短小の世の中だが、歴史と伝統が息づいていることに改めて身の引き締まる思いがした。自然災害など、国難と言えるような状況が続いている。人口減少も大きな課題だ。一人一人の力で日本という国を大切にし、国際社会での貢献度をさらに高め、よりよい社会づくりにみんなで取り組めていけたらと思う。
 最近、あまり車に乗らない。10月になって10日以上も稼働無しという日々もあった。先週の土曜日、福岡の大学のオープンキャンパスに行くために、久し振りに遠出をすることになった。郊外にあるため新幹線ではなく車で行くことにした。妻も一緒なので、こちらの方が費用的にもうんと得だ。車検を受けたばかりでベルトやフィルター、タイヤなど交換しているので慣らし運転という意味合いも加わった。九州自動車道から都市高速を経由して大学へ。説明を聞いたり研究室を見せてもらったりして有意義な時間を過ごすことができた。行きも帰りもそれぞれトイレ及び夕食のために1回サービスエリアに立ち寄ったのみ。あとはひたすら走るのみ。帰りは暮れゆく空を見ながらのドライブ。八代では花火も見ることができた。ほぼ高速道路のみの行程のため、平均燃費は20キロほどとなった。

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2019年10月14日 (月)

歩け歩け

 健康寿命を延ばすために、夕方を出来るだけ歩くようにしている。今日も1時間半ほど歩いてきた。いつも同じコースをたどることが多い。同じコースだと時間の見積もりがしやすいという利点はある。田畑の変化など見るのも楽しい。季節の移ろいとともに日が短くなり、帰る頃には懐中電灯無しでは歩けない。これから家を出るときから真っ暗という季節もやってくる。街灯が極端に少ない田舎故、より安全なコースの開拓をしていかなくてはならない。
 もっとも多いときで12キロほど歩いた。ほぼ6キロが平均的なところ。天気や会議などで歩けないときもある。直近1ヶ月の平均は5、3キロ。月の積算距離は165キロほど。

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2019年10月13日 (日)

山神(やまんかん)の響炎

 日中は市民運動会があり、参加してきた。かつて南薩線が砂地を駆け抜けた松林が一望できるグラウンドだ。廃止から35年がたち、そのような目でこの松林を眺めている人はいないだろう。9時に開会式が始まり、2時には閉会式。これくらいがちょうどよい。昼からの時間も少しばかり使うことができる。
 夕方より、山神の響炎という行事に行ってきた。既に17回目を数えるというが、今回が初めて。会場近くにはまとまった駐車場が確保できないため、数カ所の駐車場所を回る数台のマイクロバスによるシャトルバスの運行となる。会場までそれほど遠くなく、台数もあるのでそれほど待つことはないようだ。町おこしのイベントのようだが、思った以上の規模で来場者も多く、出店も多く賑わっていた。ステージも多彩で途中で花火の打ち上げもあり、飽きることがない。毎年楽しみにして訪れる人も少なくないだろうと感じた。ステージが始まり1時間ほど経った午後6時に松明への点火式があった。合図とともに辺りの田畑などに準備された松明に火がともされ、幻想的な風景が広がった。

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2019年10月12日 (土)

妙楽十二楽

 午前中は勤務。食事を済ませ、妙音十二楽を見に行った。鹿児島県指定無形文化財で中島常楽院で行われる。南薩線の旧伊作駅などがあった吹上町に中島常楽院はある。現在借りている住宅から近いので歩いて行った。そば畑などを過ぎ、少々薄暗くなっている切り通しの坂道を下ったところに常楽院はある。いつもは戸が閉まりしんと静まりかえっている場所である。のぼりが立ち、見学に訪れた人たちの車が道路にずらっと並んでいる。
 妙音十二楽は、建久7(1196)年、常楽院十九住職宝山検校が島津氏初代忠久に従って京都から薩摩に来たときに伝えられたという。妙音十二楽は、かつては南九州各地で盲僧たちによって演奏されていたが、現在ではここだけになっているそうだ。妙音十二楽は、琵琶、笛、太鼓、手拍子、妙鉢、銅鑼、大法螺、小法螺の8種で演奏される。(資料:会場で配布されたパンフレット)聞くところによると演奏できる僧が少なくなり、今回が最後になる見込みだという。

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 妙楽十二楽、そして琵琶の奉納が終わったところで、宝山検校墓前へ移動し、供養が行われた。
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2019年10月 9日 (水)

「ふしぎな鉄道路線」という本

 ようやく秋らしい朝となった。このひんやりとした空気に接すると、最初の赴任地、大口盆地のとある場所が思い浮かぶ。山間の盆地故、秋の訪れが早い。自然豊かな地で、米の一大産地。秋になると正に広々とした田んぼが黄金色に輝く。黄金色とはこのような色だったのかと、大地に広がる絨毯を見て納得するとともに、自然の織りなす風景に言葉を失ってしまった記憶がある。ここには山野線と宮之城線があった。美しい風景の中を短いDCが、軽やかなジョイント音を響かせて駆けていた。この地で3年を過ごし、その間に宮之城線、山野線の順に歴史となって去っていった。
 手元に「ふしぎな鉄道路線~『戦争』と『地形』で解きほぐす~」竹内正浩著という本がある。現在では当たり前のように張り巡らされている鉄道路線。しかし、白紙の状態からどのようにして路線が決定したのか。その経緯を当時の公文書などの資料をもとに追究したのが本書。地形や軍からの要請など、様々な要因から路線が決定していく過程が示されている興味深い本だ。西南戦争というとかなり昔の内戦のイメージがあるが、その兵員輸送に鉄道が使われていたという。読み進めるごとに興味が尽きない。

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2019年10月 8日 (火)

ヴィンテージ・レールズ

 先日、鹿児島市内の書店へ遠征し、意中の本ではなく特集の文字に一撃をもらって「蒸気機関車EXVol.38」を購入してきた。発行以来コンプリートしてきた季刊誌だが、支出の見直しに伴い関心のある号のみの購入に移行した。今回の特集は「南九州の蒸機Ⅰ日豊本線C57」。即決の購入。何度見ても見飽きない写真に記事。巻末の諸河久氏のc5749の形式写真も素晴らしい。
 そして今回の注目は表紙裏の広告。同誌の出版社から「VintageRails 昭和の鉄道趣味人、大いに語る」が創刊されるという。Vol.1の特集は「富士」「彗星」のDF、「日南」のC57だという。私の鉄道の原風景の1丁目1番地といってもいい。今後の展開が楽しみな雑誌だ。

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2019年10月 7日 (月)

キシ80の2番

 今日は職員が一人休んだのでイレギュラーな一日。しかし、その分新たなことができたのでオーライの一日。最近、帰宅してから極力歩くようにしている。これは健康寿命を延ばすため。スマホによると、今日の歩行距離は7.1キロ。歩数は12126。昨日の歩行距離は10.5キロ、歩数は16605。記録が残ると俄然、意欲が増してくる。これから日が短くなり、田舎を歩くには暗さと安全をどう確保するのかという問題が出てくる。新たなコース開拓の必要が出てきた。
 キハ80系のインレタ転写。昨日、キシ80にインレタを転写した。「いなほ」運転時に秋田区に所属した初期車改造ではないキシは2のみ。そこで、キシ80のみを転写し、そこへ単独の「2」を転写した。大きなルーペで大まかな位置を決め、さらに写真のフィルムチェックのためにかつて購入したルーペで最終的な位置確認。フィルムチェックをすることがほとんどなくなった今、こんな使い方をすることなど購入時は考えたこともなかった。少し余裕をもって切り出し、位置を決めたらそっと上から押さえ、仮定着したところで優しくこすってやるとずれることもなくその場に定着してくれる。

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2019年10月 6日 (日)

車両番号位置

 8時から自治会のウォーキングがあった。私は喜んで出かけていったが、参加者は少ない。私を入れて14人。その中には幼児二人も含まれている。さわやかな秋空が広がり、自然の中を散策するには絶好の日和だった。途中、南薩線の廃線跡も歩き、小野川の鉄橋跡では、ちょうどその下にエイが泳いでいるのを参加者が見つけ、注目の的となった。海が近く、満潮時には海水が上がってくるような場所である。小魚も多く泳いでいるのが見えた。
 小一時間ほど歩き出発場所の公民館へ。健康作りには補助金が出ており、参加するとペットボトルのお茶、食器用洗剤などがもらえる。近くで畑をしている人から里芋が出来ているのでもらっていってと声がかかり、畑で堀り上げ、袋に入れてもらってきた。一緒に近くになっていたナスも。さらにお土産が増え、両手にぶら下げて家路についた。さつま芋も箱一杯もらっており、有り難いお福分けだ。
 キハ80とキハ82900。後期形のキハ80には冷却水口が赤い裾の上にあるが、初期形のキロ80を改造したキハ82900には、それがない。手慣れた方なら、冷却水口を埋める加工をされるかもしれないが、私にはそのようなスキルはなし。模型の作業を進めながら調べる中で、知ることも多い。模型から始まる車両研究も鉄道模型の醍醐味の一つかも知れない。

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 車両番号のインレタ。トミックスは金属のしっかりしたものだが、KATOは普通のインレタが銀色になった感じ。過去に投入したキハ80系では、クリアで保護していなかったため、表面がはげ落ちるような現象が起こった。購入後寝かせておくとインレタの食いつきが悪くなることもあるので、インレタ転写だけはできるだけ早く済ませるように心掛けている。取り扱い説明書には、ある程度の転写位置は示されているが、詳細には示されていない。しかし、ここは車両の細かいディテールと同じく拘りたいところ。実物の写真をパソコン画面で大きく表示し、そこから寸法や位置を割り出し転写。冷却水口の関係からか、窓下中央ということでもなく、微妙な位置に配されている。実物写真にも限りがあり、正確なところに転写というわけでもないけれども・・・。
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2019年10月 5日 (土)

80系インレタ転写で課題が

 ようやく涼しさを感じるようになってきた。窓を開けて室温27度。湿度67%。外を歩くと、森からはまだツクツクホウシの鳴き声が聞こえてくる。地球温暖化を否定する指導者もいるが、ここ数年明らかに気候がおかしい。水害も頻発している。
 113系のインレタ転写が終わり、80系気動車のインレタ転写に取りかかっている。編成は、キハ81+キハ80+キハ82900+キロ80+キシ80+キハ80+キハ80+キハ80+キハ81。昭和47年3月に増結が行われ、同年9月までの短命に終わった「いなほ」の編成。間合いで「ひたち」にも投入されていた。増結により不足する電源をキハ82900でまかなっている。インレタ転写に先立ち、編成が所属していた秋田区の同系列の配置状況を調べ、車両番号を控えたところまではよかったが、ここで問題に気づくこととなった。秋田区に所属していた車両は、「はつかり」として投入された初期車で、冷却水口が車体下部分の赤帯の部分にあり、後期車が帯の上に設けられたのと違いがあるなどの、形態上の違いがある。キハ81はもとよりキハ82900も初期車のキロ80改造車なので、冷却水口は車体にはモールドされていない。これは問題なし。キシ80もキサシからの改造車である900番台が2両配置されているが、キシ802も配置されているので、これも問題なし。キロ80も42が配置されているので問題なし。問題はキハ80。仕方がないので、キハ80のみおかしな話しになるが、製品にある大ムコ所属として転写することにした。ということで、キハ80は向日町車、それ以外は秋田車として転写することにした。

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