鉄道

2018年5月 8日 (火)

子鉄

 職場でもらった金時草にアサギマダラが集まってくるようになりました。昨日の朝は、2つの鉢に10頭近くの個体が集まっていました。普段はあまり見かけないチョウです。よくここに食草があることがピンポイントで分かるものだと感心します。別の場所でツマベニチョウも見ることができました。

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 昨日、NHKのニュース番組で「子鉄」を取り上げていました。○○鉄と最後に「鉄」を付けて類型化するのが昨今の流れのようですが、「子鉄」という言葉は遅ればせながら初めて耳にしました。単に話題として取り上げたのではなく、親子の関係作りや教育的意義に踏み込んだ内容でした。以前は鉄道好きはオタク的イメージが強く、市民権を得ていなかったように思います。時代は変わったものだと思います。ようやく光が当てられるようになり、嬉しくもあります。
 以前購入した本にこういうものがありました。残念ながら私は賢くありませんし、子どもたちも鉄道を好きにはなりませんでした。例外もあるようです。

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2018年5月 6日 (日)

鉄道誌

 昨夕、床屋に行ってきました。こちらの島は市街地に床屋が多く、道路沿いのあちらこちらで赤と青の回転灯がぐるぐる回っています。そのうちの一軒に行くようになり1年が経ちました。昨日行くと、いつものおじちゃんではなくお兄ちゃんがハサミを扱いました。おじちゃんは留守。このお兄ちゃんは跡取りなのだそうで、帰りがけに5代目であると知りました。創業は明治18年。小綺麗な床屋ですので、そのような歴史はまったく感じられない店舗です。日本の鉄道開業が明治5年。

 昨日、蒸気機関車EX32号と電気機関車EX7号が届きました。蒸気機関車EXは創刊から購入しています。電気機関車は今回、鹿児島機関区ED76機関士OB座談会が掲載されたことから初めて購入しました。蒸気機関車EXでは、鹿児島の入換機C5036・42の記事、山野線ループ線でのC56の記事、鳥栖機関区乗務員座談会などが注目記事でした。

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2018年2月23日 (金)

自動運転

 ちょっと前の新聞記事だったでしょうか。JR九州が在来線の自動運転技術の研究に着手していると伝えられていました。国鉄時代採用者の大量退職と人材不足に対応したものだとその理由が挙げられていました。
 発車から停車まで自動で行い、乗務員は安全確認等を担う業務を行うとありました。鉄道は決められたレールの上で運行されるという他の交通機関との特異性があります。すでに自動運転を行っている小規模な鉄道もありますので、これから先進むべき鉄道の姿なのかもしれません。蒸気機関車時代から職人技ともいえる運転技術で支えられてきた鉄道運行。鉄道員という多くの人たちの手で支えられてきた鉄道が、人の手から次第に離れていく姿には少々寂しいものも感じます。自動閉塞の導入等で駅の無人化が進み、合理化でワンマン運転が増え、鉄道という風景から鉄道員の姿がひとつまたひとつと減っていっています。こちらではこの春からは日豊線の特急もほとんどの列車から車掌さんの姿が消えることになりました。
 これからの世の中、AI時代に入り、人が行ってきた領域にどんどんコンピュータが入り込んできます。技術の進展とともに新たな人としての生きる価値と場所を見出していかなくてはなりません。

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2018年1月10日 (水)

鉄道本

 昨日帰宅すると新聞が届いていません。こちらは船に揺られてやってきますので、朝刊ではなく昼刊です。もしやと思ってフェリーの運航状況を調べてみると海上時化のため欠航となっていました。フェリーが欠航になるくらいですから高速船はどうだろうかとサイトを開いてみますと終日欠航となっていました。
 こちらに帰ってきたのが前日でしたので、危ないところでした。特に冬場は季節風で時化ることが多いですので気象情報をチェックしておく必要があることが分かりました。

 最近買った本にこんなものがあります。「完全版!鉄道用語辞典」。書店では気付きませんでしたが、帰宅して読んでみると、読んだ記憶が蘇ってきました。後ろの方を見ると「※本書は、2006年に山海堂から出版された『詳解 鉄道用語辞典』を大幅に加筆・修筆し、再編集したものです。」と記されていました。そのときに購入していた本でした。引越で段ボール箱の中に入ったままで、すっかり記憶から落ちていました。ちょっともったいないことをしたとも思いますが、大幅に加筆・修筆されているとのことですので、よしとするしかありません。

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 中は普通の辞典と同じように五十音順に記されています。本の帯裏に例として、◆「モ」①電動車の記号。語源はモーターの「モ」である。②戦後の短い間に使われていた、雨漏りのする有蓋車に付けられていた特殊標記符号。◆「うなぎちゃん」JR西日本の新幹線500系のこと。斜め上から見ると、うなぎに似ている。 などが挙げられています。
 鉄道ファンが使っている言葉もちりばめられているところがおもしろいところです。するめのようにしゃぶればしゃぶるほど味の出てくる本です。既知の用語や新たに理解できた言葉はマーカーで印をつけていくことにしましょうか。

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 こんな本も買いました。交通新聞社新書117冊目。「電車が好きな子はかしこくなる」。このシリーズも117冊目になるのですね。こんなに続くとは思いませんでした。いろいろな視点で記されていますので、乗り物好きにはいい勉強になります。今回の本も京都大学大学院を出た教育関係の学者が記された本ですので、学術的な観点から鉄道趣味を分析した興味深い内容でした。
 教育に役立つ鉄道趣味ですので、今後は私にとって老化防止にも役立つのかもしれません。

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2018年1月 9日 (火)

臨港線跡

 今年の大河ドラマは「西郷どん」。初回放送日、鹿児島市の宝山ホールでパブリックビューイングが行われました。妻が以前入場申込をしており、たまたま所用で鹿児島入りしていましたので、知人夫婦と共にでかけてきました。
 原作著者の林真理子氏、西郷どん幼少時役の渡邉蒼くんはじめ出演者のみなさんのトークショーなどもありました。ビューイングはBSの放送時間18:00から19:00まで。1100人の人たちと一緒に楽しみました。
 翌日の新聞と撮影タイムに撮ったガラケーの画像。鹿児島活性化のためにも高視聴率の大河ドラマになってほしいと思います。

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 当日の午前立ち寄ったホテルにも西郷どんが。砂の祭典が毎年行われる南さつま市に依頼して作ったものだそうです。見事な出来の砂像です。記念撮影をする人も多く、放送終了後まで活躍してくれることでしょう。

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 港からこのホテルまで移動しました。移動手段は徒歩。いろいろ観察することができる徒歩は時間さえあれば、よい移動手段です。途中にこんなところも。鹿児島駅から延びていた臨港線の跡です。魚類市場が近い終端近くの部分です。再開発で飲み込まれ、末端のこの部分に面影を見ることができます。このような敷地として残っているのでしたら、数メートル分でも車止めとともにレールを残し、説明板でも立てておけばよかったのにと思います。壊すことは簡単ですが、歴史を残していくという観点で熟考して残しておけば、市内にあちこち見所ができるのになあと思います。

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2017年12月30日 (土)

昔の西鹿児島駅界隈

 鉄道ジャーナル2月号に「『旧型客車』の真実 高崎車両センターの客車7両 21世紀への適応と昭和の香り」という記事があり、旧型客車を偲びながら読み進めていきました。冒頭の定義に触れる部分で旧型客車の長所として「「1両単位の運用が可能で、列車の使命や性格に合わせて車内設備や等級の異なる車両を自由に連結することができ、車両の向きに制約がないのも客車の長所であった」と記されていました。これぞ荷物車や郵便車も含めて旧型客車の運用面でのおもしろさ。35系や43系、10系客車などが混結できたのもこの長所ゆえ。国鉄時代は全国的な転配が行われたり長距離列車や長距離運用の客車がいたりしましたので、駅で所属表記を確かめる楽しさがありました。

 昨日所用で出掛けた際、鹿児島中央駅の西口側の市道を通りました。往復とも頭上の高架を中央駅に出入りする新幹線がゆっくりと通り過ぎていきました。旧型客車が当たり前のように運用されていた時代からするとまるで未来都市に来たかのようです。

 子どものころも同じ場所をよく通りました。市道から西口を見ると開けた風景の中に木製の電柱が並んでいたのを記憶しています。その頃の風景と比べると同じ場所であるとは信じがたいほど変貌しています。
 さて、鹿児島本線が電化され西鹿児島駅に地下道が出来た頃には西口はあったのですが、それ以前はどうだったのでしょうか。ふと疑問がわき、国土地理院の航空写真閲覧サービスの画像で分かるのではないかと調べてみました。
 1962年(昭和37)の画像がありました。鹿児島市内のほぼ全貌が1枚の画像の中に収められていました。興味津々、鉄道沿線を中心に見ていきました。鹿児島駅には鹿児島機関区の扇状庫があり、広い構内には貨車とともに客車編成らしき長い帯も見えました。目を西鹿児島駅南方に向けてみますと、鹿児島工場はあるものの鹿児島運転所は影も形もありません。鹿児島本線も単線。時代を感じます。西鹿児島駅前の交差点はロータリーにより車の流れをコントロールしているようです。ウィキメディアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E5%85%90%E5%B3%B6%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E9%A7%85に当時のロータリーの写真が掲載されていました。
 さて、地下道ができる前の西口ですが、東口からつながる跨線橋が西端の線路外側まで延び、建物らしきものへと階段が続いているようですので、存在していたようです。また、現在の中央駅西口広場に相当する広場も確認できますので、駅前広場を有した西口として早い段階から整備されていたのかもしれません。

なお、前出のウィキメディアには1974年の西鹿児島駅の航空写真が掲載されています。これを見ると当然跨線橋は撤去されてありませんが、荷物をつるして運ぶためのテルハが写っています。冒頭の鉄道ジャーナルにもテルハの記事が載っていました。そしてそこで資料として紹介されていたのが1970年(昭和45)の都城での写真。荷物を満載した台車がホームに停車中の10系客車の上を移動している様子が写っています。列車は満員のようで見送り客も姿も。小さな資料写真ですが古き良き時代の鉄道風景に接することができました。ナハ10のサボには「京都行」と記されていますので、都城始発の急行日南ではないかと思われます。

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2017年11月12日 (日)

荷1042レ

 先日紹介しましたJrain秋号。鹿児島運転所OB元操車掛M氏の話の中に、西鹿児島から上る荷1042レの話がありました。確かに荷物列車に1両だけ客車が連結されていたのを記憶しています。M氏によると客車は出水まで連結され旅客扱いをしていたとのこと。しかし、時刻表への記載はなく、荷扱いのない駅は通過。まったく謎の客扱いです。当然、旅客扱いの車掌も乗務していたとのこと。ネットで調べてみると、熊本からは急行荷物列車となる汐留行き。川内・八代間で客扱いがあったの記されています。時期的なもので違いがあったのかもしれません。一応、荷物列車として時刻表には掲載されているようですが、客扱いの表記はどうだったか分かりません。
 新聞に載って叩かれて、このような列車の運転はできなくなったと記されていますが、どのようなことが問題として叩かれたのでしょうか。

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2017年10月 3日 (火)

103系引退

 今週末に行われる市民体育祭の地域の練習が昨日から始まりました。パート30連覇している地域ですので、はまりが違います。私は戦力外ですので、採点種目以外の参加で気楽なものです。しかし、選手が毎日そろうわけではなく、今日は代走としてリレーで出走することになりました。これまでも何回か自分なりの全速力疾走?はしているのですが、特段問題なしでした。ところが今日の2回目の出走中、次走者へのバトンパスが微妙にずれて、追いつかない感じになり、もう一踏ん張り脚を進めたときに、左足のもも裏にばきっと違和感。筋を痛めたのか肉離れをしたのか?時間とともに痛みが増すばかりです。無理をしてはいけないことを痛感するはめとなりました。

 今日は、大阪環状線から最後の103系の編成が引退したとの報道がなされていました。子どもの頃から絵本には103系が描かれていましたし、小学生の頃に103系の80分の1のプラモデルを組んだ覚えもあります。高校生の頃、東京に行った際にはどの線も103系ばかり。いまだに現役で運用されていたというのが奇跡的にも感じます。国鉄時代の車両は、頑丈で長持ちですね。大学生の頃に登場したキハ40系も自身が定年も遠くない時期に至っても現役ばりばりで活躍中です。現代登場の車両とは設計思想が違うとはいえ、ともに長く付き合える車両というのは魅力と愛着を感じます。

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2017年9月28日 (木)

こんなところに58654

 相変わらず湿度の高い状態が続いています。昨日は午前中、職場を離れて別の場所に出向きました。ある部屋の棚の上に蒸気機関車の写真がありました。どうしてこのような場所にこのような写真があるのか、私の職場と兼務でこの部屋で勤務する職員に聞いてみましたが、ずっとここにあって詳細はまったくわからないとのこと。20代の女性ですので蒸気機関車自体がまったく未知の世界と思われます。
 木製のパネルに貼り付けられた当時としては正統派の写真パネルです。鉄道のない島ということでどなたかが寄贈されたものかもしれません。まったく予期しない出会いに世の中どこで何に出会うかわからないとしみじみ思いました。
 ちなみに写真の機関車は58654。湯前線の下り貨物列車と思われます。

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 新聞のチラシに旅行もの。いつもは思い出したように降り立つプロペラ機ばかりの空港ですが、小型機ながらチャーターでジェットも来るのですね。広島まで55分だそうです。ちなみにこの空港、8月に訪れた知人の奥さんは道の駅と勘違いしたとか。広い駐車場にこぢんまりした建屋、そう言われると道の駅に見えないこともありません。

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2017年9月26日 (火)

惚れ惚れする作品

 彼岸花が咲き始め,秋本番を感じるようになりました。小学生の頃に憧れ,何度もページをめくった機芸出版社のレイアウトモデリングに掲載されていた摂津鉄道。稲の刈り取りが終わった晩秋の季節が表現されていました。わびさびを大切にする日本人にとって最も心に染みる季節かもしれません。
 注文していた本がメール便や宅配便で相次いで届きました。国鉄時代,RMM,蒸気機関車EX。じっくり読むのはこれからです。国鉄時代はC57特集。冒頭に廣田尚敬氏のカラー作品が掲載されており,ステージは九州。季節感,空気感,物語感,そして車両としての躍動感・・・ それがクリアな画像からストレートに伝わってくるところがはやり巨匠の作品だなと惚れ惚れします。

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