南薩鉄道

2021年1月 2日 (土)

南薩線上日置駅引上げ線

 大晦日に訪れた南薩線上日置駅跡。31日に紹介したとおり、地元のNさんによってきれいに整備されています。上日置駅は退避のためにスイッチバック構造になっています。その引上げ線の末端にはレールが残っています。その他のレールは撤去されていますが、この部分のみ残存しています。理由はよく分かりませんが、撤去時に藪に覆われていたため作業が困難だったという可能性もあります。敷設された状態で残っている貴重なレールです。レールの先に見えているのは本線に面していたホーム。

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 腐食が進んではいますがレールの状態はよく、犬釘も確認できます。
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 こちらは継板。
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2020年12月31日 (木)

大晦日の南薩線上日置駅

 令和2年も今日限り。コロナ禍の1年となりました。歴史の中の出来事という認識のあった大震災、大津波、火山災害、大水害、そして原発事故。今年はとうとう疫病の世界的パンデミックが加わり、地球の歴史の中では一瞬のわが人生の中で、これだけの大災害が起ころうとは思いもよりませんでした。あとはカルデラ噴火、巨大隕石衝突でしょうか。自然の中では本当に人間は無力だと思います。しかし、一方でそれを克服する人間の力には圧倒的なパワーがあります。是非、コロナ禍を克服し、これまでよりよい世界を創造し、人間の力を後世に伝えられるそんな歴史を現世を生きる人々で遺していけたらと思います。
 今日、久しぶりに南薩線上日置駅跡に寄ってみました。地元のNさんが精力的に整備に当たっていらっしゃいます。この駅名標も復元されました。南薩線特有の書体を再現しています。私の母は、この駅から3年間高校に通っています。その途中で蒸気機関車けん引列車からディーゼルに代わったといいます。

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 伊集院側から見た上日置駅の全景。給水塔にホーム、右側はスイッチバックの引き上げ線。ホームも残っています。引き上げ線は永らく、藪に覆われてその存在すら認めることができないような状態でしたが、土木業を営むNさんの力で、見違えるようになりました。
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 日置駅側からの全景です。本線側は勾配途中にホームがあります。左側がスイッチバックの引き上げ線。構内でかなりの高低差が生じます。昨晩から雪が舞い、早朝にはここ上日置駅跡もうっすら雪に覆われていたと思われます。南薩線の遺構の中でもっとも現役当時の姿が遺っている場所です。
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 本年も、鉄分やや高めのNakachan日誌にお付き合いいただき、ありがとうございました。来年も、鉄分を補給しながらの日常を綴っていきたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。

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2020年8月 5日 (水)

キャンプ場柵のレール支柱

 今日も帰宅後、海まで歩いてきました。浜まで続く松林の道が心地よく、森林浴も一緒にできるような環境です。その道沿いに既に閉鎖されたキャンプ場があります。かつて、南薩鉄道の木造客車数両をバンガローとして活用した時期もあったようです。今でも管理棟が残り、施設自体はそのまま放置されているような状況です。そして、道路とキャンプ場敷地の間にはワイヤーロープが張られています。距離にして500メートルくらいでしょうか。その支柱に使われているのがレールです。工事用のトロッコに使用するような細いレールが延々と道路沿いに立っているのです。何に使われていたレールで、どのような経緯でキャンプ場柵の支柱として活用されることになったのか興味のあるところです。
 KATOから久し振りにヨ5000とホキ2200が再生産されますね。HPのポスターで知り、発売は8月から9月にかけてとアナウンスされていました。増備として各1両ずつ予約しておきました。再生産は有り難いのですが、そろそろ貨車の新形式も望みたいところです。

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2019年11月 2日 (土)

南薩線の勾配

 夕方、いつものように歩け歩けの時間を取った。スマホの表示では、距離8.8キロ、歩数12598だった。時間にして1時間40分ほど。日が短くなり、途中から懐中電灯のお世話にならなければならない。コースの中には、南薩線の廃線跡を転用した自転車・歩行車道もある。結構な勾配だ。枕崎線の縦断面図によるとここの勾配は24.8‰。調べてみると丘を登ったり下ったりする区間は24.8‰が多い。伊集院・加世田間の最大勾配はこの24.8‰だ。一方、後に開通した枕崎までの区間には25‰が2箇所に存在する。わずか0.2‰の違いだが、何か理由があるのだろうか。ちなみにレベルだと思っていた母の実家前の築堤には6.6‰の勾配がついていた。

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2016年9月16日 (金)

南薩鉄道100年企画展記念誌

 台風の進路が気になります。来週初め、こちらの方にやってきそうな予報です。

 さて、写真は南薩線が廃止時に作られたネクタイピンです。もう30年以上も前のことになります。当時は手に入れていなかったのですが、有り難いことにある方から2年ほど前にいただきました。

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 南薩線廃止30年開業100年を記念して数年前に南さつま市で企画展が開かれました。今年、その記念誌が完成し、市から販売されています。ふるさと納税の返礼品のひとつとしても取り扱われているようです。(下写真) 写真は市のホームページから。

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 記念誌のことは、南さつま市の広報誌7月号に紹介されていました。以下、広報誌から。

南薩鉄道100年企画展
記念誌を販売!
○内容=オールカラー
 ①歴史 ②おもいで ③展示
会の様子 ④講演会 ⑤演奏
会 ⑥企画展の展示より ⑦
協力者の皆様より ⑧廃線
跡めぐりツアーほか
○販売数量=650冊
○価格=1620円(税込)
○申込方法=ハガキに①郵便
番号 ②住所 ③氏名  ④電
話番号を明記
※ 一人1冊まで
○申込先
〒897- 0003
 南さつま市加世田川畑
 2627番地1
 教育委員会生涯学習課宛て
 「南薩鉄道記念誌購入希望」
 と朱書き
○お届け方法=代金納付書を
お送りします。最寄りの金
融機関でお支払いくださ
い。入金確認後、着払いに
て記念誌をお送りします。
問生涯学習課文化係
(内線2409)

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2016年4月18日 (月)

大田トンネル

 スマホで問題や解答を撮影、指南を仰いでいるのは兄2人。ほどなくスマホでアドバイスが・・・。東京と福岡にいる兄を家庭教師にしている長女。そんな様子を見ながら、おもしろい時代になったものだと思います。情報化時代といいますが、プライベートの世界でも情報のやり取りがどんどん進化。

 写真は南薩線大田トンネルの加世田側坑門。煉瓦のアーチが少し歪んでいます。レールを曲げたセントルで補強されていますが、設置後永らくなりますので、セントル自体も腐食してぼろぼろの状態。工事が始まり、1年ほどで部分開通した南薩鉄道。このトンネルも1年かけずに完成させたのでしょう。内部の素堀のように凸凹した壁面に当時の人達が当時の技術で一生懸命つくり上げた息吹が感じられます。

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2016年2月26日 (金)

「ちょっと昔」に南薩線

 毎月、地元新聞者が発行する「てぃーたいむ」が今日の朝刊に挟み込まれていました。いつも楽しみにしているのは1ページ目に毎号載るちょっと昔の写真。今回は、南薩線でした。メインの写真は永吉川の鉄橋を夕日を背に渡るキハ100。いわゆる丸型。乗客の様子が窓越しにシルエットになり、泣かせます。同じくシルエットになった特徴的な華奢な台車の様子も印象的。小さな写真は日置付近をいくキハ300(角型)の俯瞰写真。広々とした田園の中をいく単行気動車ののんびりした風景。最後の小さな写真は最終日の加世田駅の様子。大勢の人たちが最後の名残を惜しんでいる様子です。

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2016年2月17日 (水)

4号機関車

 昨日の夜は役員会があり帰宅したのは9時を回っていました。釈迦に関する本を読んでから、あまりストレスがたまらなくなりました。これは有り難い出会いでした。
 写真は南薩鉄道4号機。バランスのとれた好ましいスタイルをしています。この機関車はみんさんご存知の通り、太平洋戦争末期に上日置駅を発車して間もなく米軍機の機銃掃射を受け、乗務員や乗客に死傷者が出たときの牽引機です。

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2016年2月 3日 (水)

南薩線DD1201

 昨日は所用のため一日、特別休暇をとりました。先週末から鹿児島の自宅のネットがつながらなくなっているといいます。ひかり電話もつながりません。NTTに連絡を取り、いろいろやりとりしながら調べてもらうと、1番目の機器への接続は確認されるも2番目の機器への接続が確認されないとのこと。遠隔操作でそんなことが分かるのですね。有り難いような、ちょっと気味が悪いような。結局、2番目の機器を宅配してもらうことになりました。

 先日、加世田へ行った時に撮影した南薩線のDD1200です。2両導入されたうちの1号機にあたるDD1201。2号機のDD1202もバス車庫の奥に保管されています。キハ300が3両すべて解体となった一方、DD1200が2両とも保存されたのは会社が他鉄道への売却を考えていたからという話を聞きました。南薩線にあって昭和37年及び同38年に導入された最後の新製車両ですので廃止時に車齢20年ほど。残念ながら他鉄道で活躍することはありませんでした。

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2016年2月 1日 (月)

南薩鉄道保管車両のいま

 土曜日、鉄道関係の会合に出席してきました。南薩鉄道が廃止されて今年で32年になります。これまで鉄道愛好者有志の皆さんの自主活動等によって顕彰活動が行われてきています。今後も行政も一緒になって末永く活動を続けていこうという会合です。

 下の写真は現在の車両の姿。バスセンターロータリー付近に4号機関車とDD1201が展示され、バス車庫に1号機関車、2号機関車、DD1202、キハ103、そしてKATOの移動機が保管されています。また、運動公園に12号機関車が展示されています。KATOの移動機は後に南薩鉄道の経営を引き継いだ会社が重富に所有していた枕木工場で活躍していたもの。
 DD1201と4号機関車は現在、管理をしているいわさきコーポレーションの方々により補修及び塗装が行われ整備済み、車庫の車両も順次整備され、現在キハ103の整備が行われています。2号機関車はドイツから輸入された際、ドイツ仕様の足回り赤塗装だった可能性もあるとの遊び心から、赤色塗装が施されています。2号機関車は動輪のタイヤ交換がなされて間もないらしく、1号機関車に比べると明らかにタイヤが厚く下回りががっしりした印象を受けます。

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